第16話 愛歌の思い

 翌日、俺と愛歌は神楽家の訓練施設に来ていた。

 来ていたと言っても、この施設も敷地内にあるので遠くまで来たわけではない。


「本当にいいのか? 愛歌」

「はい、天成様がお求めのダンジョンが日本に来るのは一週間後で滞在は1日。普通の特訓では間に合いません」


 ダンジョンは一つの場所に留まらない。

【落命の森】のダンジョンも、日本に一週間後に出現し、滞在は1日という予測がされている。


 その日を逃せば、次いつ日本に来るかは分からない。


 なので愛歌の言う通り、普通の特訓では確実に間に合わないのだが、だからと言って愛歌に向かって木刀を本気で振ると言う特訓はどうだろうか……。

 聖鎧を身に着けている為、どんな怪我をしようが死の危険性はないが、痛みは伴う。

 だが、愛歌はやる気満々だ。


 既に男になって聖鎧を身に着け終わっている。


(愛歌がやる気な以上は、俺も頑張るしかないか)


「愛歌、やる以上は絶対に手加減はしない」

「はい! 天成様、よろしくお願い致します」


 俺は愛歌から10メートルほど距離を取り――


「では、行くぞ!」


 そう告げると、駆け出し愛歌の脳天目掛けて木刀を振り下ろした。

 木刀は俺が出せる最高速度で愛歌の脳天目掛けて迫っていく。

 だが、愛歌はまだ避けるそぶりを見せない。


(まさか、しっかりと見えているのか!?)


 俺は驚愕し、愛歌には才能があるのかもしれない。

 っと思ったのだが、愛歌はその後も避ける事なく、木刀は愛歌の脳天に直撃した。


「&%$#)(’&”」


 声にもならない悲鳴を上げ、愛歌は白目をむいて倒れた。


「愛歌ーーーーーーーー」


 俺は慌てて愛歌に駆け寄る。


「おい、愛歌! 愛歌!」


 聖剣の力で死ぬわけではない事は分かっている。

 だが、頭で理解していても、心はそれに追いつかない。


「ん、んん……」

「愛歌! 大丈夫か!」


「天成様――あぐうううううう」


 目を覚ました愛歌は直後、頭を抱えた。

 まだ、頭部に強烈な痛みが残っているのだ。


「な、なんで躱さないんだ! 余裕を持って交わす事くらいはできるだろう!」

 "「それでは特訓の意味がありません。これは恐怖心を克服するためのモノ。

 天成様に近いくらいの回避できるか、木刀を叩きつけられるかの二択です」"


(やっぱり、こんな特訓はダメだ!)


「愛歌、やっぱりこんな特訓は止めよう。俺も【落命の森】のダンジョンの攻略は見合わせるからさ。別に深い意味があって挑むのを決めた訳じゃないし」

「ダメです」


 俺の提案を愛歌は拒否した。


「愛歌……どうして……」

「天成様。わたくしが勇者に選ばれた時、最初に思った事はなんだと思いますか?」


「え? 神楽家の役に立てるとか……?」

 "「ふふ、惜しいですね。家……ではなく、あなたの役に立てると思いました。

 聖女として安全な場所からあなたが帰ってくるのを待つのではなく、あなたの隣で共に戦えることが嬉しかった」"

「愛歌……」


 "「わたくしの両親はとても仲が良かったんです。

 政略結婚でしたが、二人は結婚後に互いに恋をしていました。

 だからこそ、御母様は巫女となり御父様を支えました。

 ですが、巫女や聖女は前線で聖剣使いと共には戦えない。

 それを安全と呼ぶ者ともいるでしょう。

 ですが、御母様にとっては愛する方が生きて帰ってくる事を祈る事しかできない苦行でした」"


 愛歌のお母さんとは、俺はまだ会えていない。

 旦那さんが死んで寝込んでしまい、体調が戻った今も当主様と娘である愛歌と凛音ちゃん以外とは会いたくないそうで、特に俺とは何を口にしてしまうか分からないから、心の整理がつくまでは会いたくないらしい。


 愛歌の言う通り、ご両親がどれだけ愛し合っていたのかが、これだけでも痛いくらい伝わってくる

 そして、それ故に待つだけの身が、どれだけ辛いかも……。


「だから、嬉しかったんです。共に戦えることが、隣であなたを護り、あなたに護られる関係になれる事が……」

「愛歌……」


 "「ですが、弱いままではあなた様を護れません。それどころか隣で戦う資格すらない。

 天成様を一人で危険な場所に赴かせて、一人帰ってくるのを待つのは嫌です。

 そんな気持を味わうくらいなら、頭が割れる程度の痛みくらいなんでもありません!

 それに一度、挑むと宣言した以上は、それを翻せば天成様の名声に傷がつきます」"


 その覚悟を聞いて、俺は自身の覚悟の無さを恥じた。

 俺の提案は愛歌を想っての事だけじゃない。

 これ以上愛歌を自分の手で傷つけるのが嫌なだけなんだ。


 愛歌の覚悟に比べて、俺のそれはなんて情けない覚悟なんだ。

 いや、この程度を覚悟と呼ぶ事は、愛歌の覚悟への侮辱だ。


「愛歌……。そんな気持ちも知らずにごめんな。俺も覚悟を決めたよ。俺も全力で愛歌の特訓に付き合う」

「天成様……」


「それじゃ、続きを始めよう!」

「はい! あ、ですが少しくらい手加減をしてくれても……」


「愛歌……。モンスターは手加減なんかしてくれないよ」


 覚悟を決めた俺は愛歌にそう告げて特訓を開始した。

 それからしばらく、愛歌の悲鳴が訓練施設で続く事になるのだった。


 だが、その過酷な訓練は愛歌を急速に成長させ、そしてそれがついに実を結んだ。


 特訓開始から四日目。

 その日も俺達は朝早くから訓練施設にいた。


「愛歌、行くぞ」

「はい!」


 俺はいつも通りに、木刀を愛歌の脳天目掛けて振り下ろす。

 ここまではいつも通りで、いつもならこのまま脳天に叩き付けられるのだが、今回は違った。


 愛歌の目が木刀を捕らえていると俺は察した。

 そして、愛歌は振り下ろされた木刀を身を少しずらす事で躱した。


 特訓開始から4日目、ついに愛歌が俺の攻撃を躱したのだ。


 俺はその結果に驚き、愛歌はそれ以上に驚いている。


「天成様……」

「ああ、成功だ!」


 愛歌が俺に元に来て抱き付いた。

 俺もそんな愛歌を強く抱きしめる。


 辛い訓練だった。

 愛歌は肉体的に、俺は精神的に……。

 だが、それがついに実を結んだ。


 勿論、まだ完璧ではない。

 だが、それは成長の余地があると言う事であり、それに現状でも十分に実戦で通用するはずだ。


「よく頑張ったな。愛歌」

「天成様のお陰です」


 俺が頭を撫でて褒めると、愛歌は頬を染める。

 だが、すぐに俺から離れた。


「天成様。掴んだ感覚を忘れない内に特訓の続きをお願い致します」

「ああ、分かったよ」


 その後も、俺達は特訓を続けた。

 まだまだ、回避するタイミングにムラがあるが、それでも、もう脳天に木刀を叩き込まれる事はなくなった。


 その日はそのまま、同じ特訓を続け、翌日からは神楽家が所有する攻略済みダンジョンの中で、環境が【落命の森】のダンジョンと似たものを選び実戦経験を積んだ。

 そしてあっという間に一週間は経過し、【落命の森】のダンジョンが出現する日になった。




 ◆◇◆




 その日、俺達は出現ポイントでその時を待っていた。

 多数の報道陣と、俺達同様にダンジョンに挑元する聖剣使い達、そしてやじ馬たちと共に……。


 なぜこんな事態になっているのか。

 それは俺が思っている以上に俺は世間から注目を集めていた様で、あの配信での【落命の森】への挑戦も翌日にはニュースになっていたほどだ。


 まさか、自分がここまで注目されているとは夢にも思っていなかったので、愛歌との特訓の時はあっさりと挑戦の意志を翻したが、愛歌が言っていた名声の意味が今では分かる。

 もし、挑戦を辞めるなどと言えば、俺のアンチ達はこれ幸いと俺を臆病者だの口先だけの男だのと罵っていただろう。


「さあ、皆さん見て下さい。スタンピードを最短且つ最小の被害で収めた、かの【英雄】が、数多の聖剣使いを葬ってきた、通称【落命の森】の異名を持つダンジョンの出現を待っています。また、彼らに触発された聖剣使い達も続々と集まりダンジョンの出現を待っています」


 後ろから、女性キャスターの声が聞こえる。


 俺はスマートリングであのキャスターとつながっている番組の様子を見ている。

 丁度、コメンテーターがダンジョン攻略がされるとどういう結果になるのかと言う質問をした。


「はい。もし、【落命の森】のダンジョンが攻略されれば、その経済効果は2,600億以上と試算が出ております。何故なら、かのダンジョンには豊富な資源があると調査結果が出ているからであり、またダンジョンマスターの領域には、かのモンスターに破れて亡くなった聖剣使い達の聖剣が残っており、その数少なく見積もっても40本以上となっています。それらは経済効果では測れない利益を日本にもたらすとされております」


 キャスターが質問に答えた。

 以降も、スタジオからの質問にキャスターが答えるという展開が続く。


「勝率ですが、有識者やダンジョン業界では、かなり期待値が高いという感触です。ただ、初見殺しのダンジョン故、【英雄】も苦戦は免れないのではないかと思われます」

「奥様の同行が勝率にどう影響するかですが、これは有識者の間でも意見が分かれています。ルークの聖剣の勇者である以上は戦力として期待でき、不測の事態にもソロよりペアの方が対処しやすいという意見もありますが、逆に実力が未知数で、使い物にならない足を引っ張る可能性が高いのではないかという意見もあります」


 俺は愛歌が足手まといになるという意見にピクリとした。


(こいつら、愛歌の努力も知らずに好き勝手……)


「天成様」

「ん? どうした愛歌?」


「能ある鷹は結果で相手を黙らせるものです」

「……。そうだな。愛歌」


「天成様そろそろ時間です」

「ああ」


 時間。

 勿論、かのダンジョンの出現時間の事だ。


 後ろでキャスターがカウントを開始した。


「ダンジョン出現まで、残り10秒! 9! 8! 7! 6! 5! 4! 3! 2! 1!」


 目の前で空間が歪み亀裂が入った。

 その光景はまるでスタンピードの始まりの様に見える。

 だが、違う。


 その歪みから出てくるのはモンスターではなく迷宮門ダンジョンゲートだ。

 ダンジョンゲートはそれなりに大きく、人が5人くらい横に並んでも通れるくらいだ。


「出ました! ダンジョンの門です。【落命の森】のダンジョンゲートが出現しました!!」


 ゴゴゴと音を立て、ダンジョンゲートが左右に開く。

 開き戸ではなく、引き戸だ。

 扉が開くと、そこにマーブリングの膜が張られており、その先は見えない。


 だが、ダンジョンはその膜を越えた先に、確かに存在する。


「さあ行こうか。愛歌」

「はい、天成様」


 俺達は顔を合わせて頷き、共に抜刀してダンジョンに侵入した。

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