第10話 魔法
「遂に現れたか……」
「どういう事ですか、当主様」
俺は愛歌が勇者に選ばれた事について事情を知っていそうな当主に問いかける。
「ふむ。どうやら神楽家の秘密を明かす時が来たようだな。全員、本邸に集まりなさい」
そう告げると当主は去り、俺達は着替えを済ませ本邸に集まった。
「愛歌が勇者に選ばれた理由だが、それは神楽家の血統魔法が原因だ」
血統魔法。
それを説明するにはまず魔法についての説明が必要だ。
魔法とは、約50年前に世界初のスタンピードが日本で起こるよりも、さらに数年前から世界中で一部の人間たちに発現した力だ。
その中でも血統魔法とは、特定の一族だけに発現する特殊な魔法を指す。
「神楽家の血に宿った魔法、それは【トランスチェンジ】。性別を入れ替える力を持つ」
なるほど、俺は納得がいった。
愛歌は女性だ。
だが、魔法の力で男性になる事も可能。
それが女性でありながら、男性しか選ばれないはずの勇者に選ばれた理由だ。
「血統魔法の事は分かりましたが、何故、神楽家はそれを秘匿する必要があったのですか?」
婿の一人が当然の疑問を口にした。
俺もそこは疑問だ。
魔法が力が人に現れだして間もない時代ならわかる。
特殊な人間とは迫害の対象になりかねない。
神楽家の血統魔法は特殊性が高いから尚更だ。
だが、もう時代は変わり魔法は世間に完全に受け入れられている。
人々が魔法に適応には、十分すぎる時間が流れたからだ。
「ふむ。当然の疑問だ。それは神楽家から生まれた始まりの十勇者の一人、
(100年の一人くらいは男が生まれると言うのは嘘だったのか)
「そんな瀧臣にトランスチェンジの魔法が発現した。彼の者がどういう行動に出たかは言うまでもあるまい」
(当然、自身の身体を心の性別に合わせたという訳か)
「神楽家は当然、瀧臣に魔法を解除するように迫ったが、瀧臣はガンと聞き入れなかった。その上、スタンピードが発生し、あろう事か瀧臣が勇者に選ばれ一騎当千の活躍をし英雄と持て囃された。もはや神楽家に残された道は一つ。瀧臣の望みを聞き届ける以外になく、あらゆる手段を用いて瀧臣に新たな戸籍を与えた。その日、瀧子と言う神楽家の女が死に、女系一族に唯一の男が生まれ、神楽家は戸籍操作の罪を隠蔽するために、その原因となった血統魔法そのものを秘匿する事にしたのだ」
(褒められた行為ではないが、当時の価値観からすれば元女の勇者が世間に受け入れられたかと問われればNOだろうな。今の様にトランスジェンダーに理解がある時代ではない)
「だが、愛歌が勇者に選ばれた以上は、もはや秘匿し続ける事も出来ん。痛い腹を探られ他者の手で真実が白日の下に晒されるくらいなら、自ら戸籍操作の過去と共に全てを世間の公開する方がマシだ」
「戸籍の件に関しては隠蔽したままでも良いのではありませんか? 過去の事なので罪に問われる事はありませんが、世間の非難は免れませんよ。愛歌さんには女性として勇者としての活動をして貰えば、血統魔法も……」
婿の一人が隠蔽論を持ち出した。
神楽家を護るという意味では、そういう道もあるかもしれないが、俺は当主の案に賛成だ。
何故なら――
"「ダメだ、ダメだ。勇者の仕事は死と隣り合わせ! 身体能力で劣る女の身体で挑むのはリスクが高い!
愛歌の身の安全を考えれば、女として勇者の仕事に挑む理由はない。
それに今は公表する絶好の機会なのだ。何故なら、愛歌という世界初の女勇者が生まれたという吉報をセットで公表できるからだ」"
そう、この情報とともに公開すれば、世間の関心を分断する事ができるからだ。
勿論、先祖の罪を叩くものは出てくる。
だが、女性が勇者になったという事実に関心を向ける者達も出てくる。
単独で公表するよりも併せて公表する方が確実に批判は減る。
まあ贅沢を言えば、もう一つネタが欲しい所だが、そう都合良くは――。
(あ、もう一つネタを作る事ができるかもしれない)
俺は突然閃いた。
「あの……」
俺はおずおずと手を上げる。
「ん、どうした」
「こんな時になんですが、俺の聖女の件について話があります」
聖女。
それは勇者に指名された勇者をサポートする女性の事だ。
勇者の様に戦う力はないが、勇者をサポートする様々な力を有する。
「ああ、その件か。その事も考えんといかんな。本来なら妻である愛歌が適任であるが、勇者に……」
そこで当主はハッとした。
俺と目が合うと、こいつめと言う顔をした。
こちらの意図を察したようだ。
「いま、ふと思ったのだが、トランスチェンジの魔法の存在が愛歌を勇者にしたのであれば、元より女である愛歌は聖女の力も行使可能ではないか?」
「おお、確かにそうだ!」
「可能性は十分にある」
「さすがは当主様だ」
「いや、瀧臣様は聖女の力はなかったはずでは?」
「元女であることを隠していたのだ。使えても使えまい」
「たしかに、そうか……」
当主の言葉に婿たちが騒ぎ出す。
そう、これこそが俺が思いついた事だ。
女勇者より、聖女勇者の方がより世間の関心を引ける。
「可能かどうかの議論など無用。試せばわかる事だ」
当主の言葉で婿達は静かになった。
「愛歌。話は聞いていたな」
「はい、御爺様」
俺は横に置いていた聖剣を持ち、愛歌と向かい合う。
これから聖女認定の儀式を行う為だ。
「我、聖剣の勇者として汝を聖女に任ずる」
「我、聖女として勇者と共に魔を滅することを誓います」
祝詞を終えると、愛歌は両手を上にして差し出す。
すると、その手に1つのロッドが出現した。
それは聖女の杖であり、勇者の聖剣に当たる物だ。
「おお、上手くいったぞ」
「勇者と聖所の力、その両方を手にした存在など史上初だ!」
「これならば過去の醜聞など、吹き飛ばせる!」
上手くいって神楽家の面々は喜んでいる。
だが、愛歌はロッドをじっと見つめていた。
「愛歌、どうかしたの――」
「我、自らを聖女と任ずる」
その言葉に騒いでいた面々は静かになり、二本目のロッドが出現するや、それらが二枚の羽衣に変化した事で目を丸くした。
俺も含め、当主様ですら目が飛び出るくらいビックリした。
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