第9話 決闘
木刀を持ち、俺と愛歌の元婚約者は対峙する。
周囲には騒ぎを嗅ぎつけた神楽家の面々が観戦している。
「負けを認めるなら今の内だぞ。そうすれば痛い目を見なくて済む。英雄だか何だか知らんが所詮はビギナーズラック! 聖剣使いとして年期は俺の方が上だ!」
「お気遣い痛み入る。だが、ここで負けを認めるなら、最初から決闘など受けないと思わないかい? それに、どちらか強いかは結果が示してくれる」
決闘のルールは木刀で最初に一撃を入れた方の勝ちだ。
当然、聖剣の使用はご法度だ。
「では、双方。最終確認だ。この決闘、
「はい」
「おう!」
「では、双方構え」
互いに木刀を構える。
「決闘開始!」
「先手必勝!!」
当主の開始の合図とともに、音虎が先に動いた。
距離を一気に詰め、俺の脳天目掛けて木刀を振り下ろす。
(おいおい、殺す気か?)
俺は脳天目掛けて振り下ろされる木刀の速度に殺意を感じた。
その木刀は紙一重で後ろに引いて回避する。
「はっ! ギリギリ回避が間に合ったか! だが、まだまだ俺の攻撃は終わらねえ!!」
その言葉通り、音虎の攻撃が続く。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、右薙ぎに左薙ぎ、右切り上げに左切り上げに逆風。
俺はそれらを紙一重且つ、最小の動きで対処する。
「はははは! 避けるので手一杯で、反撃に出る余裕もない様だな! 避けてばかりでは勝てないぞ!」
「おいおい、大丈夫なのか、彼は? 防戦一方じゃないか」
「拙いな……。このままでは体力が尽きていずれやられるぞ」
(さて、そろそろ俺も反撃に出るか)
音虎の突きに対して、上半身を仰け反らせて、そのままバク転をするついでに木刀を蹴り上げた。
「なっ!!」
まったく予想だにしていなかった反撃に音虎は驚きの声を上げる。
隙だらけのその体。
木刀を打ち込めば俺の勝ちだが、俺は敢えてそれをしなかった。
こいつには二つの事で非情に不快感を抱いている為、簡単に勝手終わらせるつもりはない。
実力の差をたっぷりと教えてやる。
「拾いな。さあ、続きをしよう」
「ま、マグレだ……。たまたま足が当たってだけに決まってる! 俺が押してたんだからな!」
再び攻勢を仕掛けてくる音虎に対して、俺は回避に徹しつつも今度は足を引っかけて転倒させた。
「うわああ! ク、クソッ!」
足を取られ地面に倒れる音虎。
それでも音虎は果敢に挑んでくるが、その度に何度も何度も転倒をさせた。
「ぼ、防戦一方だったわけじゃなかったのか……」
「むしろ、逆、完全に遊ばれていたという訳か」
神楽家の無辜達と同様に、音虎も同じ結論に達した事がその表情からわかった。
自分の動きは完全に見切られていると……。
防戦一方ではなく、遊ばれているだけだと。
「俺と君との実力差はもう明白だ。無駄に痛い目を見る前に降参したらどうだい?」
俺は、音虎に降伏を勧める。
だが、それは裏目に出た様だ。
「な、舐めるな!!」
音虎は激昂し木刀を振るう。
降伏勧告は無視、なので俺はもう勝負を付ける事にした。
音虎の攻撃を躱し、同時にその木刀を跳ね上げる。
「ぐうっ!」
その衝撃は手にも伝わり苦悶の声を上げる音虎。
そんな音虎の喉元に木刀を突きつけ、軽く突いた。
「勝負あり。勝者神楽天成!」
決闘は俺の勝利で幕を閉じた。
「さあ、その腰の聖剣を渡してもらおうか」
勝負がついたので、俺は早速、聖剣の引き渡しを要求する。
「い、嫌だ。これは――」
俺は咄嗟に後ろに跳んだ。
何故なら、音虎の目が尋常ではなかったからだ。
「俺のモノだ! 抜刀!!」
音虎は聖剣に手をかけ、あろう事か抜刀を行った。
だが、聖剣は鞘から抜けなかった。
「な、どういう事だ! 抜けろ! 俺に聖剣の力を付与しろよ!!」
音虎は必死に鞘から聖剣を抜こうとするが、ピクリともしない。
「お前、聖剣に見限られたようだな」
今なお、必死に聖剣を抜こうとする音虎に対して俺はそういい放った。
「見限られただと……?」
「そうだ、聖剣に宿る天使にな。当然だろう。モンスターから人々を護るために聖剣は天から授けられた。それを人間に向けるなんて本末転倒も甚だしい。見限られて当然だよ」
「そ、そんな……」
「さ、そいつは貰う」
俺は音虎の手から聖剣を奪おうとしたが、音虎は聖剣から手を放さない。
「ま、待ってくれ。返してくれ!」
「断る。これは決闘の結果だ」
「り、理不尽だ。俺はそっちが決闘を受けないから仕方なく聖剣を賭けただけだ! そうだ、強制されたんだ! お前らは俺の弱みに付け込んだ卑怯者だ! こんな理不尽が許されるのか!」
音虎の言葉に俺はため息が漏れそうになった。
なんて情けない発言だ。
「理不尽……。君はさっきも婚約破棄の一件で、そんな事を言っていたね」
「理不尽に対して理不尽と言って何が悪い!」
「悪くないよ。それが本当に理不尽だったらね」
「違うとでもいう気か!」
"「ああ、違うね。理不尽でも何でもない。
君のはただの選択の結果だ。君は選択を誤った。ただ、それだけの事だ。
理不尽でも何でもない。
理不尽と言うのは結婚相手を家に決められたり、ある日突然、無実の罪で死刑にされるようなことを言うんだよ。
でも、本当に良かったよ、君のような男が愛歌の夫にならなくて。君じゃ愛歌を幸せにできない。
選択の結果の責任も取れないような男ではね。
愛歌は俺が幸せにする。俺との結婚が運命だったって思えるくらいに……。
あと、もう一つ、もっとも重要な事を君に言っておかないといけない事がある」"
俺は音虎の胸ぐらを掴んだ。
「二度と人の妻を物扱いするな。いいな」
「ヒィ!」
声を荒らげた訳でもないのに、音虎は悲鳴を上げた。
俺が決闘を受けたのは、このためだ。
(あ~、スッキリした!)
「天成様!」
「愛歌」
「お怪我は有りませんか!」
「見ての通り怪我なんか一つもないよ。一撃も食らってないからね」
「よかった……」
愛歌は心底ホッとしたように胸をなでおろし安堵した。
「天成様……」
「ん?」
「愛歌は天成様の妻となれた事を、心より幸福と感じております。これが運命と思えるほどに……」
「愛歌……」
愛歌が俺に身を寄せ、俺は愛歌を抱きしめた。
その様子と黒服達に連行されている音虎が絶望の顔をしながら見つめていた。
(さすがにちょっと可哀想かな……。婚約者を奪われ聖剣も奪われ、挙句に惚れた女が別の男と仲睦まじい姿を見るのは……。いや、同情する価値なんかない。全ては彼の誤った選択の結果に過ぎない。自ら最悪の結果を手繰り寄せただけだ。)
「天成様、聖剣をお預かりします」
「ん、ああ」
(この聖剣も予定が狂ったな。彼から神楽家の人間を聖剣士にさせる予定だったが、聖剣に見限られた事でそれができなくなった。神楽家の人間から勇者が選定されなければ、この聖剣は所有者不在状態なり、その場合は確か政府の預かりになって、国民を対象の勇者の選定の儀式が行われるんだったか? まあ、なんにしろ神楽家の所有から外れる)
そんな事を考えながら、聖剣を愛歌に預けた時、ありえない事が起こった。
愛歌の手に渡った途端、聖剣が発光したのだ。
「は?」
「え?」
その現象に俺と愛歌は同時に変な声を出した。
そして、発光現象が収まると――
「あ、あの。わたくし、勇者に選ばれたようです……」
愛歌はそう告げた。
「「「「はあーーーーーーーーーーーーーー」」」」
その言葉に、その場にいた当主以外の神楽家の婿たちは同時に声を上げたのであった。
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