第8話 招かれざる客

「ん、んん……」


 目が覚めた。

 もう、朝の様だ。

 部屋の中には、外から光が差し込んでいる。


 体に重さを感じる。

 その重みが、昨晩の記憶を呼び起こす。


(あ、そうか。俺は昨日、愛歌を抱いたんだ)


 視線を向けると、愛歌が俺の腕と胸を枕にして寝息を立てている。

 その寝顔を俺はとても愛おしく思い、思わず頭を撫でた。


「ん……、天成……様?」


 愛歌が目を覚ました。

 まだ寝ぼけている。

 だが、すぐに覚醒した。


「あ、申し訳ありません。天成様より遅く起きてしまい」

「はは、いいよ。昨晩は疲れたんだろう。それにまだ起きる気分じゃないから、このままゆっくりしていよう」


「はい……」


 そういうと、愛歌はさらに体を密着させた。

 その表情も、昨日までとは違う感じがする。


 なんというか、心の距離がぐっと縮まったような、そんな感じだ。

 かくゆう俺も、愛歌への想いが昨日のそれとは違っていた。


 なんというか、昨日までは美人で金持ちのお嬢様と結婚できた事に、世俗的な興奮の方がはっきりと言えば強かった。

 だが、今は愛歌がとても愛おしく感じる。


 愛歌の為なら、なんでもしたいという気持ちが強い。

 同時に、誰にも奪われたくないという独占欲も強くなった。


 愛歌もきっとそんな風に感じてくれている。

 その表情から感じ取ったこの気持ちは、きっと勘違いなのではない。


 俺と愛歌はそんな風にまったりとした気分を味わっていた。

 のだが……、なんか外が騒がしい感じがする。


「外が……少し騒がしいですね」


 愛歌も同じ感想だ。


「ちょっと様子を見てくる」

「わたくしも参ります。あなた様」


 布団から出る。

 当然、二人とも情事の後なので裸だ。


 愛歌は恥ずかしそうに俺に背を向け浴衣を着る。

 その姿もまた男の欲情を昂らせる姿なのだが、本人はきっと理解していない。

 そのまま襲い掛かりたい衝動を抑え自重する。


 俺も浴衣を着ようとしたのだが、着方が分からん。

 昨日も女中さんに着せられたからな。


 どうすればいいだと試行錯誤していると、愛歌が着せてくれた。


「ありがとう」

「いえ、さあ、参りましょう」


 俺達は家を出て騒ぎのする方に向かった。

 そこには一人の男が、神楽家の黒服たちに取り押さえられている。


「放せ! 当主に合わせろ! 婚約破棄ってどういう事だよ!!」

「当主様はお前になどにお会いにならない。婚約破棄は元よりそういう約束だろう。神楽家から5000万もの婚約破棄に対する慰謝料が支払われたはずだ」


 一連のやり取りで、俺は男の正体を察した。


「愛歌、彼は……」

「はい、わたくしの元婚約者候補でございます」

「やはり、そうか」


 昨日のやり取りから推測可能な様に、愛歌には複数人の婚約者候補がいた。

 神楽家はその婚約者候補を競わせ、その中から愛歌の結婚相手を決めようとしていたのだ。


 だが、俺と愛歌が結婚した事で、婚約者候補は全員、元婚約者候補になり、それに納得できない元婚約者候補の一人が、こんな朝早くから乗り込んできたという訳だ。

 一見すれば酷い扱いに見えなくもないが、元よりそういう約束で婚約破棄に対する慰謝料として破格の金額が支払われている。


 それにあくまで婚約者候補であって婚約者ではないし、婚約者候補レースも自身の意志で参加している。

 勝負である以上は、自身が選ばれない可能性は最初から分かりきっていた事であり、正式な婚約者でもない相手に常識では考えられない慰謝料が支払われた。

 十分すぎる程、誠意ある対応だ。


「あ、愛歌!」


 男が愛歌を見つけた。


「俺だ、愛歌! 聞いたぞ結婚の話! ああ、分かっているお前の意思を無視した結婚だったんだろう! 酷い話だ。俺が当主に話しを付けてやるからな! お前が愛しているのは俺だもんな!」


 俺は愛歌を見た。

 そこには非常に不愉快と、文字で書いてあるかの様なレベルの表情をした愛歌がいた。


「何を思い違いをなさっているのか分かりませんが、わたくしは天成様と婚姻し、妻としてお支えする所存です。その事に何ら不満などありませんし、この思いは一夜を経て、さらに強くなっております」

「あ、愛歌。嘘だよな。その男の手前そういうしかないんだよな?」


「くどい……」


 愛歌は冷たくそういい放つ。

 俺は思わずゾクッとした。


「婚約者候補の一人として、将来の事を考えて愛想良く接した程度で何を勘違いしているのか。粗暴な言動に、こんな朝早くから家に押し掛けるその非常識さ。あなたには不快感以外の感情を抱いた事はございません。あなたが結婚相手ではなかった事を心から安堵しております」

「愛歌……」

「気安く呼び捨てになさらないで下さい。あなたの目の前にいるのは人妻ですよ」


「何事だ。朝から騒がしい……」


 当主様が現れた。

 寝起きの様でアクビをしている。


 当主と元婚約者候補の目が合う。


「誰だ、貴様は……」


 男を見て、当主はそういい放った。

 黒服が当主に耳打ちをする。


「ふっ、その内、一人二人は文句を言いに来るだろうとは思っていたが、まさか翌日の早朝に来るとはな! その無駄に高い行動力だけは褒めてやろう! だが、帰れ。決定は覆らん。そもそも、二人は既に籍を入れておるし、一夜も過ぎた! 名実ともに夫婦だ!」

「納得できない! 俺がレースのトップだったんだぞ! それをいきなり……理不尽だ!! 愛歌は俺のモノになるはずだったんだ! 簡単に諦められるか!」


 俺はその言葉にコメカミがピクリとした。


「しつこい男だ。おい、つまみ出――」

「君の目的はなんだ!」


 俺は当主の言葉を遮って声を上げた。


「ここに来た以上は、何か目的を達する為の算段を付けて来てるんだろう? 言ってみなよ」


 俺の言葉に男はニヤリとした。


「決闘さ。俺と決闘しろ! お前の聖剣はルークなんだろう。俺のもそうさ! スタンピードの英雄だか知らんが、あれくらい俺でもできる! 貴様との決闘を通して証明してやる!」


 スタンピードの英雄。

 俺は今、世間ではそう呼ばれている。


 スタンピードでの俺の活躍がドローンで撮影され世間に公開された事が原因だ。

 お陰で、外に出ると人に囲まれて神楽家のモノが家に来るまで引き籠って生活していた。


 釈放後は、金銭的な余裕もなくテレビは購入していなかったし、ネットは陰謀論の様な暴論を信じた輩の、俺への誹謗中傷が酷いから見ていなかったから、世間の情報に触れていなかった。

 その為、自分の現状を理解しておらず人に囲まれた時は状況がまるで理解できなかった。


 いや、今はそんな事はどうでもいい事だな。


「なるほど、決闘ね」


「馬鹿馬鹿しい。そんな決闘を受ける意味などないわ!」


 男の決闘要請を当主は一蹴した。

 ま、確かにその通りだ。


 こちらには何のメリットもない。

 だが、俺はこの決闘を受けたい理由があった。


「との事だ。どうする?」

「え?」


「え?じゃないよ。そんな一方的に君にしかメリットの無い決闘を受ける理由はないって当主様はおっしゃっている。だから、君が決闘を受けさせるには相応のメリットを提示する必要がある訳だ」

「メリットって……」


「あるじゃないか。その腰にぶら下げているものだ」


 男が慌てて聖剣に触れる。

 まるで奪われないように護るかのような行動だ。


「ハッキリと言えば、聖剣を賭けた所で、そんなものは愛歌に比べれば取るに足らないモノだ。だが、聖剣をかけるのであればその覚悟だけは認めて、決闘を受け入れても良いと思っている。当主様、如何ですか?」

「ルークの聖剣か。それならば一考の余地は生まれるな」


「との事だ。どうする?」


 男は即答しない。

 どうやらかなり迷っている様だ。


 てっきり即答すると思っただけに、俺はガッカリした。

 愛歌への想いも、俺に勝つ自信もその程度か。


 いや、正しい選択をしたと言うべきだな。


「勝つ自信がないのなら、帰りなさい。さあ行こう、愛歌」

「はい、天成様」


 俺は愛歌と、その場を後にしようとすると――


「う、受けてやる! その決闘を受けてやる!」


 男は乗ってきてきた。

 最後の最後に間違った選択を選んだか。


 間違いと言えば、もう一つ間違っている事があるな。


 決闘を受ける?

 決闘を申し込んできたのは君であって、俺ではない。

 言葉は正しく使うべきだ。

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