第6話 裸のつきあい

 時間が過ぎ、夕食の時間になった。

 俺達は本邸に出向き、そこで神楽家の面々に俺が紹介された。


 普段はそれぞれの家で食事をとるそうだが、今日は俺のお披露目もかねて一族が本邸に集まったようだ。

 それにしても人数が多い。


 40名近くはいる。

 一度では顔と名前を覚えるのは無理だ。


 あとで、愛歌がリストを作ってくれるそうなので覚えようと思う。


 夕食後は当主にお風呂に誘われた。

 男同士、裸の付き合いをしようとの事だ。


「し、失礼します……」


 俺はタオルを腰に巻いて浴場に入る。


(広っ! 何十人が同時に入れるんだ、これ)


 浴場に入った最初の感想はそれだった。

 旅館の大浴場かと言うくらい広い。


「おお、来たか。そんなところに突っ立っていないで早く来い」

「あ、はい」


「なんだ、タオルなんぞ巻きおって、男同士で隠すものなどないだろう」


 タオルをひったくられた。


「なんだ、良いモノを持っているではないか! これは愛歌も、今夜はヒイヒイ鳴く事になりそうだの! 別邸の準備をしておいてよかったわ! 孫娘のあの声は、さすがに聴きたくないからな!」


(おお、すげえ下ネタだ。今だとセクハラで一発アウトだな)


「安心しろ。外ではちゃんと猫を被っておるわ」


(え、俺、口に出してたか!?)


「口にせずとも、魑魅魍魎が蠢く世界で生きておれば、顔を見れば会話内容から大体は察するわ。それにしても君はいい体をしているな」


 俺はそんな事を言われ思わず股間を隠す。


「ははははは、そっちではないわ。筋肉だ筋肉。硬くしなやかであり、それでいてブクブクと膨らんでおらん。あやつと同じで良い筋肉の質だ。羨ましいぞ!」


(そっちか……。ってあやつって誰だ?)


「あの、あやつとは誰の事ですか?」

「ん、あ~。君にはまだ関係ない話だ。それより、いつまでもそんな所突っ立っていないで湯に浸かれ、今夜は草津から取り寄せた湯だ」

「え? 草津から?」


 何を言っているのか分からないが俺は湯に浸かる。


「そのままの意味だ。魔道具を使って草津の湯をここまで転送させている」

「え!?」


 魔道具とは、スタンピードがもたらした新エネルギー【魔力】を動力源とする道具類を指す。

 俺の腕に着けているスマートリングも魔道具だ。


 魔力の出現のお陰でスタンピード発生以前は、未来や空想の世界の中の技術と呼ばれていたモノが次々と現実となっている。

 とはいえ、まだ転送系の魔道具は目玉が飛び出るほど高価で一般人が手を出す事など出来ない。


 それを湯を運ぶために使うとは……。

 神楽家の財力、恐るべし。


(草津の湯か。温泉なんて十数年ぶりだな。楽しみだ)


 俺は湯船に体を浸す。


「どうだ、いい湯だろう?」

「そうですね~」


 本当にいい湯だ。

 体が癒される。


「そう言えば、1つ聞きたい事があるんですが……」

「ん、なんだ~」


「どうして俺が愛歌さんの結婚相手に選ばれたんですか?」

「そりゃ、君が我が家の聖剣を受け継ぎルークの勇者になったからだ。所持する聖剣をルークにまで成長させるのは神楽家の大願の一つ。君が婿入りすればそれが叶ったも同然だ」


「大願ですか……」

「ま、大願などと言っているが大層な理由はないぞ。他の聖剣十家に後れを取っているのが許せんと言うつまらん見栄が理由だ。まあ、そんな理由がなくとも女系一族の神楽家が聖剣を保持し続けるには、婿を取る以外にないからな。どの道、愛歌には家が決めた男と結婚する運命は変わらん」


 たしかに、勇者は聖剣士になれるのは男のみ。

 女に与えられた役割は、その勇者をサポートする聖女もしくは巫女だ。

 巫女とは勇者でいう所の聖剣士のような存在だ。


 要は女は勇者にも聖剣士にもなれない。

 だから、女系一族の神楽家が聖剣を保持し続けるには、婿を取るという道しかないか。


 って、あれ?

 ちょっとおかしくないか?

 始まりの十勇者――数十年前に初めて起こったスタンピードの際に天から授けられた聖剣に選ばれし十人の勇者の事――の一人は神楽家のはずだ。


 女系一族の神楽家から勇者が選ばれるはずが……。


「あの、神楽家は始まりの十勇者の一人を輩出した家ですよね?」

「ああ、その話か。言いたい事は分かるぞ。答えは女系一族と言っても百年に一人くらいは男が生まれるもんだ」


(そんなもんなのか。 まあそんな昔の事を気にしても仕方ないか)


「さて、男同士の裸の付き合いもいいが、新妻をいつまでも待たせるのも悪いな。この後に男と女の裸の突き合いがあるからな!」


 俺はその発言を聞いて顔を赤くした。

 そうだ、よく考えれば今夜は初夜だ。


 正直、怒涛の展開過ぎて頭が付いて行ってなかった。


「さて、そろそろ上がるか」


 体は既に魔道具で洗浄している。

 正確には、このお湯に特殊な水が混ぜ込まれており、浸かるだけで身体の汚れが落ちる。


 俺は当主に倣って湯から出て脱衣所に入った。


「え!?」


 そこで女中さんが待ち構えているのを見て俺は股間を隠す。


「と、当主様。これは!」

「ん、女中が体を拭くために待っておるだけだ。早く来い。女中が仕事を出来んではないか」


 当主に背中を押され、俺は女中さんに体を拭いて貰い浴衣を着せられた。

 これも神楽家の流儀なのか。


 俺は俺達の家に戻る為に玄関に向かう。

 玄関に付くと、女中さんがコンソールを操作し扉を開けた。


 扉の先は、外ではなく俺達の家の玄関に繋がっていた。

 この扉は、扉同士を繋ぐ魔道具だ。


 俺は扉を通って別邸に戻る。


「おかえりなさいませ。旦那様」

「ああ、ただいま。愛歌は?」


「まだ湯浴み中でございます」

「そうか」


 湯浴み。

 入浴中という事だ。


 愛歌が着物を脱ぎ、生まれたままの姿で風呂に入っている。

 この後の事を考えると、そんな当たり前の日常にすら、俺の股間は反応してしまった。


 俺は先に寝室で待つことにした。

 寝室に向かう道中、天井の電気は消され壁に設置されている和紙灯篭だけが妖しく光っていた。


(随分と薄暗いな……。が、なんかドキドキ感が増幅されている気がする)


 寝室に到着し中に入る。


 部屋の中には大きな布団が一つ敷かれており、部屋の光源も枕元にある和紙灯篭一つだ。

 俺はそんな部屋の中を一人であっちに行ったりこっちに行ったりと歩いていた。


 そうだ、落ち着かないのだ。

 と言っても、緊張とは違う感じがする。


 そうこれは遠足の前夜の小学生の様な感じだ。

 ワクワクして落ち着かない。


 恐怖心だけではなく、緊張感も失ったのだろうか?

 だとしたら、ありがたい限りだ。


 そんな事を考えていると――


「天成様。愛歌でございます」


 襖が軽くノックされ、愛歌の声が聞こえた。

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