第4話 結婚

 俺は聖剣士様に手を合わせ、警察署に来た。

 凛音ちゃんの事が心配だったが、彼女は声を殺しながら一頻ひとしきり涙を流すと気丈に振る舞い、俺に警察に行くように促した。


 警察署に来た俺は、スタンピードで起こった事を報告した。

 取り調べと言う訳ではないので、話す事を話したら終了だ。


 次は勇者としての登録だ。

 勇者や聖剣士は国家公務員として扱われ、スタンピードに対応する義務を負う代わりに、安くない給料が出る。


 ま、彼らのメインの収入源はそこではないのだが、これで俺は無職から脱却できた。

 とはいえ、それが一人の戦士の死とその家族の悲しみを引き換えにしていると思うと、素直に喜ぶことはできない。


「それでは勇者登録は完了となります。後日、勇者証が自宅に配送され、それの到着を持って正式な勇者となり活動が許可されます。あと、こちらが勇者の義務が書かれておりますので、後ほどご確認をよろしくお願いします。特に旅行の際の申請は忘れずにお願い致します」


 俺は登録を終え、聖剣は正式に俺が所持する事になった。

 元は神楽家の人間が所持していたものだが、聖剣が俺を勇者に選んだ時点で法的に俺が所持する権利が発生する。

 仮に勇者に選ばれてなかったとしても、凛音ちゃんのお父さんが俺に聖剣を託した時点で、法的に俺が所持する事となる。


(さて、家に帰るか。この後も面接があったのだが、もう受ける理由もないので事情を話してキャンセルだ)


 俺はスタンピードに巻き込まれた事でドタキャンする形になった所も含め、面接のキャンセルをして家に帰った。

 そして、何事もなく一週間が過ぎた。




 ◆◇◆




「旦那様がお待ちです」


 俺は東京の高級住宅街に東京ドーム程の土地を保有する、とある富豪の家を前に呆然としていた。

 その富豪の名は神楽。


 今朝、突然、俺の家に神楽家の使いの者が現れ、あれよあれよという間にここまで連れてこられたのだ。

 なんでも、神楽家の当主が俺に会いたいとの事だ。


(まさか、聖剣を返せとか言うのか?)


 だとしたら、毅然と断ろう。

 家族を失い聖剣も失った悲しみは分かるが、それとこれは話が別だ。


 俺はそう心を鬼にして当主との面談に臨んだ。

 のだが……。


「私の孫娘と結婚する気はないか」


 当主の目的は俺の想像の斜め上を行った。


(今なんて言った? 結婚? 孫娘と? ん? まさか孫娘って凛音ちゃんの事か! いやいや、ダメだろう! それは犯罪だろう!)


「失礼ですが、いくら神楽家と言えど10歳そこらの少女と30歳のおっさんの結婚は非常識です! というか、法的に無理です!」

「ん? ああ、これは失礼した。誤解をさせてしまったようだな。亡くなったあれには娘が二人おってな、凛音には18歳になる姉がおるのだ」


(なんだ、そうなのか。って、それでも俺と一回りも違うじゃないか)


「いや、あのですね――」

「まあ、待ちなさい。まずは愛歌を見てから、それからでも結論を出すのは遅くなかろう。愛歌、入りなさい」


「いや、ちょっと――」

「はい、御爺様」


 その声が聞こえると自然と俺の口は言葉を紡ぐのを止めた。

 そして襖が開くと、女性が一人入ってきた。

 その声と姿に思わず見惚れた。


 なんせ、そこには着物を着た美女がいたからだ。

 いや、美女ではない。


 そうだ、これは絶世の美女だ。


 黒い艶やかな長い髪。

 妖艶だが意志の強さを感じさせる瞳。

 艶やかで潤んだ唇。


 その姿は目を奪い、その声は耳を奪う。

 そして、その身からあふれ出るオーラは心すら奪うほどの美女。


「どうだ。儂の自慢の孫娘の一人の愛歌だ。神楽家は女系一族であると同時に美女の一族でもある。愛歌はその中でも別格。神楽家においても千年に一人の逸材であり、一般に合わせれば一億年に一人と言っても過言ではあるまい。」

「御爺様……。孫バカが過ぎます……」


 いや、お爺さんの言う通りだろうと俺は思った。


「その様子……どうやら愛歌は君のお眼鏡に叶った様だな」

「あら、そうなのですか。それは嬉しゅうございます」


 こちらの心を見透かされた。


 彼女を見て、正直、心が激しく揺れた。

 こんな美女が俺の妻にと言われたんだ。

 心揺れない方がおかしい。


 だが、自分の事だけを考えてはダメだ。

 こんな美しい人が俺との結婚を本気で受け入れる訳がない。

 きっと、このお爺さんに言われて嫌々に決まっている。


 この薄幸の美女を救ってやれるのは俺だけだ。

 俺がガツンと言ってやろう。


「あの――」

「神楽家の力があれば、君の復讐も叶うぞ」


「な、なんでそれを……」

「10年もの時間を理不尽に奪われ、真犯人に復讐心が湧かんと言う方が不自然であろう。やられたら、やり返したい。それは生物として当然の感情だ。生物としての尊厳があるのだから。だが、現実にそれを実行に移す人間がいないのは何故か? 簡単だ、単純に実行するだけの力がないからだけ。弱さ故に泣き寝入りをして、正義と秩序を口にして自分を偽っているだけに過ぎない。だが、神楽家の後ろ盾を得れば、復讐も実行が可能だ。罪など証明できなければ罰せられない。神楽家が全力で君を護ろう」


 復讐。


 この10年間考えなかった事は1日もない。

 俺が人生を奪われ苦しんでいる間も、真犯人は罰せられることもなく自由を謳歌している。

 こんな理不尽を許せる訳がない。


 だが、実際には何もできない。


 拘置所に閉じ込められていた時は勿論、釈放された後も真犯人が俺が想像するような人物であれば、一般人の俺が太刀打ちできる相手ではないからだ。

 真犯人は、恐らく相当な権力を持っている。

 警察を動かせるほどの。


 そう思ったのは、俺の家から見つかった指紋が一つもついていない凶器と被害者の遺品だ。

 警察なら、誰にもバレる事なくそれを仕込む事ができる。


 そんな相手に一般人の俺が太刀打ちできる訳がない。


 だから諦めていた。

 それに俺には真犯人を突き止める力もない。


 唯一の手掛かりは首の後ろの蛇のタトゥー

 現場から逃げる真犯人の首はそれがあった。


 それだってもう残ってはいないだろう。

 俺が警察で何度も証言したからだ。

 取り合ってもらえなかったが……。


 復讐しようにも、犯人が誰かさえも分からない。


 そして、犯人捜しをしようにもその力も暇もない。

 日雇いの仕事をこなし面接を受ける日々。


 仮に分かっても、証拠がなければ罪に問えない。

 だったら、自分の手で殺すか?

 自分の人生を犠牲にして?


 無理だ。

 そんな事は出来ない。


 だからずっと復讐心を心の奥に沈めては浮かび上がり、また沈めるを繰り返して生きてきた。

 でも、神楽家の後ろ盾があればどうだ。


 勇者の立場と神楽家の後ろ盾。

 それらを利用すれば、罪に問われる事なく人一人を始末する事も出来る。


 分かってるさ。

 そこに正義はない。


 だが、それなら俺のこの怒りはどうすればいい?

 犯人が正当に罰せられても静まるはずもない、この怒り。


 無力な司法と言う正義は、そんな微かな慰めすら俺に与えてくれない。

 ただ被害者に怒りを収めろと理不尽を強いる。


 秩序を盾にして。


 それが正義なのか?


 何故、被害者ばかりが苦しまなければいけない。

 被害者に理不尽を強いる、そんなものが正義であってたまるか。

 そんなものは正義ではない、ただの理不尽だ。


 そうだ……、理不尽だ。

 紛れもない理不尽だ。


 そんな理不尽に屈する必要などないではないか。


 我慢などする必要はない。


 力さえあれば、全てが許される。

 この女性を結婚すれば……。


(ハッ)


 何を考えているんだ俺は……。

 自分の復讐の為に、目の前の女性の人生を犠牲にするつもりか。

 最低だ……。

 そんなの、真犯人と同類じゃないか。


 この人の口車に乗ってはダメだ。


「復讐を考えない日は一日もなかった。でも、その為の一人の女性の人生を犠牲にしたら、それは真犯人と同類になる。申し訳ありませんが――」

「お優しい方ですのね、天成様は……」


「え?」

「自らの欲望や願いよりも、わたくしの幸せを考えて下さる。ですが、天成様は一つ思い違いをなさっておいでです」


「思い違い?」


 何を思い違いしているというのか俺にはわからなかった。


「もし、私を政略結婚を強いられる不幸な女だと思っていらっしゃるのであれば、それは誤りでございます。天成様」

「え?」


「わたくしは政略結婚を受け入れております。神楽の家に生まれその恩恵を享受し続けた身。ならば、次の世代の為にお家の繁栄に尽くすのは道理」

「仮にそうでも。俺の個人復讐にあなたを突き合わせるわけには……」


「結婚をすれば夫婦は二人で一つ。苦しみも悲しみも二人で背負うものでございます。あなた様の怒りはわたくしの怒り。あなた様が復讐を望むのであれば、妻として全力でお支え致します。それと天成様は復讐を悪と思っていらっしゃるようですが、そもそも正義などこの世のどこにもございません。世が言う正義など、所詮は多数派による都合の良い価値観をそう呼んでいるだけに過ぎないのです。なれば、復讐もまた正義と呼んでも良いではありませんか」

「愛歌さん」


「それにあなた様が私のと婚姻を断っても、御爺様が用意した別の殿方を結婚をするだけ……。わたくしの幸せを考えて下さるのであれば、天成様がわたくしを娶り幸せにするという道もあるのではありませんか?」

「それはそうかもしれませんが……、それでも一回りも上で好きでもない男と……」


「お慕いしております」

「え!?」


「天成様のスタンピードでのご活躍は動画にて拝見いたしました。強い男性に女性が惹かれるのは自然な事。まして、それが妹を護り、父の仇を討ってくれた方であればなおさらです。あなた様に嫁ぎ、尽くす人生に何の不満がありましょうか。亡き父もきっと天成様とわたくしの結婚を祝福して下さるはずです」


 情けないな。

 女性にここまで言わせるなんて情けない。


 復讐に付き合わせる訳にはなんて、言い訳に過ぎないのかもしれない。

 単純に気後れしているだけなんだ。


 俺にとっても、彼女にとっても不利益がない話だ。

 本心かどうかは俺にはわからない。


 だが、本心を偽ってでも結婚しても良いと思える程には、覚悟か好意は持ってくれているのだろう。

 後は俺が腹を括るだけ。


「女性にそこまで言わせてしまってすみません。このお話し、ありがたく受けさせて頂きます」


 俺は愛歌さんとの結婚を受け入れた。


「おお、そうか! よくぞ決意した。おい、アレを持て」


 当主がそういうと、メイドさん、いや、女中さんが細長いテーブルとかを部屋に運び込んできた。

 そして、その上には婚姻届けが置かれていた。


「思い立ったが吉日。さすがに即日結婚式は無理だが、婚姻届けくらいは出せる。さあ、二人とも署名捺印し役所に提出してくるんだ」


 まさか、その日に婚姻届けを出せと言われるとは思わず驚きはしたが、いずれは出すのだから俺達は婚姻届けに署名捺印し役所に出しに行った。

 その道中、車内で愛歌さんから夫婦の初の共同作業ですねっと言われた時は、結婚を決意してよかったと改めて確信したのだった。

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