第3話 無双

「凛音ちゃん……」

「おじさん……、ありが……とう。御父様の仇、撃ってくれてありがとう……ございます」


 俺は首を横に振る。

 当然のことをしただけだ。


 聖剣士様は俺達を護るために命を失った。

 あのオーガは俺の命の恩人の仇でもある。


「凛音ちゃんはここで、お父さんを護ってあげていて。俺は残りのモンスターを処理してくる」


 そうだ、スタンピードはまだ収まってなどいない。

 既に多くのモンスターが拡散し、人々を襲っている。


 聖剣使いになった以上は、俺には果たさなければいけない使命がある。


「え、ダメです! モンスターはいっぱいいます。危険です!」

「大丈夫。オジサンはこう見えて結構強いみたいなんだ」


 俺は聖剣を鞘に収め、必殺と口にする。


〈バーストチャージ了承。結界を指定せよ〉

「この周囲にいるすべてのモンスターを包み込めるほどに」


〈その広さだと、チャージ完了に300秒必要になるが、よいか?〉

「ああ、構わない。それで全てのモンスターを処理できるか?」


〈可能だ。ルークへのランクアップをすればな〉

「じゃあ、それでよろしく。って、え!」


〈先程のオーガはルーク級のモンスターだ。

 アレを討伐した事ですべての条件が整った。ランクアップ可能だ〉


 聖剣にはランクがある。

 ポーン・ビショップ・ナイト・ルーク……といった具合だ。


 当然だがランクアップには厳しい条件があり――。


(いや、今はそんな事はどうでもいい)


「ランクアップを頼む」

〈了承。完了した〉


 ランクアップはすぐに終了し、聖剣と聖鎧――サーコートの事――が変化した。

 まあ、変化と言っても基本的な形は、そのままに細部に細かい変化があるだけだ。


 変化したのは外見だけではない。

 身体機能もさらに強化された事が感じ取れる。


 こっちは外見の変化とは比べ物にならない程の大きな変化だ。


〈結界を展開。バーストチャージ開始。完了まで残り300秒〉


 結界が展開されると同時に、凛音ちゃんと聖剣士様の遺体が消えた。

 結界外に転移したのだ。


 結界の中に留まれるのは、結界を張った聖剣使いとモンスターのみ。

 これで襲われている人々の安全も確保されたはずだ。


 もっとも、それは同時に結界内のモンスターが全て俺の元にやってくる事を意味している。

 現に俺の耳はこちらに向かう大量のモンスターの足音を捕らえていた。


 そして、程なくしてモンスター達は目視できる程の距離まで集まってきた。


 大量のモンスターが俺を取り囲む。


 周囲は静寂が支配するが、それはすぐに破られた。

 一匹のモンスターの行動を皮切りに、次々と俺に襲い掛かってきた。


 俺はそれらの攻撃を全て紙一重で躱し続けた。


 一手でも誤れば詰むギリギリの状況。

 肌に突き刺さるモンスターの視線と殺気。


 これ以上ない恐怖心を掻き立てるシチュエーション。

 だが、それでも俺の中に恐怖心は湧きあがらない。


 むしろ恐怖心を掻き立てるはずの殺気も、俺にとっては死角にいるモンスターの動きを的確に教えてくれるしるべと化している。

 まるで体中に目があるかのようだ。


 全ての状況が身体機能はフルに発揮させ、モンスターの攻撃を最小且つ、最適解の動きで躱す事ができる。


(いける!)


 どれだけモンスターがいようが、同時に攻撃を仕掛けられるのには限度がある。

 一見すると俺にとって不利な状況だが、多数であるが故にモンスターもフレンドリーファイアを避けるために攻撃の手段を絞る必要がある。


 それが俺にとって優位に働く。

 300秒だろうが、余裕で持ちこたえられる確信を俺は得た。


 そして、その確信が現実となり――


〈チャージ完了〉


 その天使の声が頭に響いた。


 俺は聖剣を抜く。

 光り輝く刀身の光量は先ほどの比ではない。


 その眩い光を見たモンスター達は我先にと逃げ出し始めた。


「今度はこっちのターンだ。バーストインパクト――フレア」


 クレセントが、チャージしたバーストエネルギーを単体にぶつけるのに対し、フレアは全てにぶつける技。

 一体へのダメージはクレセントに劣るが、大量のバーストエネルギーをチャージすれば一気に大量のモンスターを仕留める事も出来る。


 刀身の光が球体状になり天に上る。

 そして結界の中心点に達すると、光の玉は大きく広がっていった。

 逃げるモンスターを追う光の壁


 それに触れたモンスターは粒子と化して消滅していった。

 この光の玉は、結界と同様に球体状に広がっている。


 空にも地中にも、この結界の中にモンスター達に逃げ場はない。


 一体、また一体と、結界内からモンスターの生命反応が消えて行くのが分かる。

 そして、最後の一体の生命反応が消失した時、光の玉と結界はその役割を終え消失した。


「納刀」


 俺は聖剣を鞘に納めそう口にすると、身に纏っていた聖鎧が消え、身体機能が元に戻った。


(さて、モンスターは全て討伐したけど、これからどうすればいいんだ?)


 スタンピードを終結させた後の勇者や聖剣士の業務を俺は知らない。


(このまま直帰して……良い訳ないよな。

 特に俺は聖剣を託された訳だし、色々と手続きが必要なはずだ)


 どうすればいいのか分からないが、帰る訳にもいかない。

 そんな俺の取った行動は、とりあえず誰かが来るのを待つだった。


 スタンピードが発生した以上は周辺にいる勇者や聖剣士に鎮圧命令が下される。

 警察や消防などの機関も民間人の救助に動き出すはずだ。


 待っていれば、誰かが来るのだ。

 ならば、黙って待っていればいい。


 そう結論付けた俺は瓦礫に腰を下ろして、どんと誰かが来るのを待ち構える事にした。

 そして、予想通りスタンピードに駆け付けた勇者と聖剣士、そしてスタンピードが終結したと判断した警察や消防の人間が姿を見せだした。


「き、君は聖剣士か? 見ない顔だが……」

「あ、いえ、勇者の方です。あと、つい先ほど聖剣士様に聖剣を託されて勇者に選ばれました」


 一人の警察官が声をかけてきたので俺は対応する。


「なんと、と言う事は勇者もしくは聖剣士が一人戦死したのか!」

「はい、俺と娘さんを護るためにオーガに戦いを挑み、善戦しましたが力及ばず……」


「オーガか。

 ルークとしては最下級だが、ナイト級以下の聖剣士ではソロは厳しいな。ご遺体はどこに?」

「あ、結界を張った際に外に転移したので……。今どこに居るかまでは……」


「なるほど、こちらで捜索しよう。あと、何があったのかの説明を願う。スタンピードが発生してまだ10分かそこらなのに、何故、終結しているんだ?」


 俺は警察官に状況を説明した。

 その説明を聞いた警察官は驚愕の表情をする。


 それも仕方ないだろう。

 数百匹ものモンスターを相手にたった一人で結界を張って相手をして300秒を耐えきり、バーストインパクトで全てを仕留めた。


 何故、そんな事が可能なのか不思議でならないはずだ。

 普通なら、バーストのチャージが完了する前に、攻撃を食らってチャージ失敗でその後、強制再チャージ開始で、無限ループに嵌って、その物量に飲まれて死ぬ。


「信じられないのは無理もないと思いますが、恐らくもう動画とかが上がっていると思いますよ。モンスターの攻撃を凌いでいる時に、上空にドローンを確認したので……」


 マスコミか一般人かは分からんが、アレを撮影していたのは明白だ。

 その内、動画が投稿されるはずだ。


「とりあえず、君は署に来てもらいたい。

 スタンピードの詳細な調書に、それに勇者になった以上は色々と手続きが必要なんだ」

「はい、分かりました。

 でも、その前に亡くなった聖剣士様に手を合わせさせて下さい。

 あの方のお陰で俺は生き延びれたのだ」


「分かった。丁度、その聖剣士殿のご遺体が発見された報告が来た。こっちだ」


 俺は警察官と共に聖剣士の遺体が発見された場所に向かう。


「おじさま。無事だったんですね!」


 到着するや、凛音ちゃんが駆け寄ってきてくれた。

 父親が亡くなったばかりだと言うのに、毅然と対応をしていたようだ。


「さすがは神楽しがらき家のご令嬢だ。

 お父上を無くして辛いだろうに、毅然とやるべき事を為されている」


 警察官がそういった。

 そうか、この子は神楽家の人間だったのか。

 俺でも知っている名家だ。


 神楽家。


 神楽グループという、世界を股に掛ける日本を代表する大企業グループの一つであり、神楽家はその創業家で現経営者一族だ。

 女系一族としても有名であり、他にも聖剣十家の一家、始まりの十勇者の一家とも言われている。


「凛音ちゃん。御父様の事はその何と言っていいか……」

「御父様はご自身の使命を果たし殉じたのです。

 その崇高は行いは誇る事はあっても、その死を悲しんでは戦士への侮辱となります」


(強いなこの子は……。神楽の家に生まれてそういう風に育てられたのだろう。それでも……)


「泣いてもいいんだよ。大事なお父さんが亡くなったんだ」

「神楽の女は人前で涙など流しません」


 そう口にする凛音ちゃんの目には涙が溢れており、必死に流れ落ちない様にしていた。

 その姿があまりに居た堪れなくて、俺は思わず凛音ちゃんを抱きしめた。


「大丈夫。これなら誰も見ていないから……」

「が、我慢していたのに……おじさまのバカ……」


 俺の服はすぐに濡れそぼった。

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