第2話 勇者と聖剣士

「ぎええええええええええええええええ」


 モンスターの悲鳴が周囲に響く中、俺は地面に落ちた。


「痛え!」


 尻を地面に打ち付け、俺は声が漏れた。


「大丈夫か! 良かった、間に合った!」


 尻を擦りつつ、声の方を見ると、そこにはナックルガード付きの細剣を手にし、騎士の様なサーコート姿のおおよそ40代半ばの男性と先ほどの少女がいた。


「勇者……様?」

「はは、すまないね。私は聖剣士の方だ」


 勇者と聖剣士。

 それはモンスターから人々を護るために、天より授かった聖剣――見た目はナックルガード付きの細剣――を振るう者達だ。


 そんな人たちの事をひとまとめにして聖剣使いとも言われる。


 聖剣には身体機能を大幅に強化し、ステータスを付与する力がある。

 この聖剣を持つ事で、ようやく人間はモンスターを討伐する手段を得る。


 そんな聖剣士様が到着した事に俺は安堵した。


 周囲にはもうモンスターはいない。

 先程のモンスターの悲鳴は断末魔の悲鳴だったようだ。

 この聖剣士様が倒してくれたのだ。


(ああ、それなのに失礼な事を言ってしまった。聖剣使い様でいいじゃないか! 俺のバカ!)


「す、すみません」

「いや、謝る事じゃないよ。そんな事より、娘を護ってくれてありがとう。まさかトイレに行っている間にこんな事態になるとは……」


(娘?)


 どうやら、先程の少女はこの聖剣士様の娘だったようだ。


「おじさま、大丈夫ですか? 酷い傷です。 御父様、ポーションを……」

「ああ、そうだね、凛音。さあ、これを飲んで」


 俺は差し出された小瓶の中の液体を飲む。

 すると、体の傷は見る見るうちに治癒した。


「よし、これで動けるね。さあ、安全な所まで――」

「グガアーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 突然、その咆哮が響いた。

 俺達はその咆哮の方を見ると、空間の裂け目から腕が出て、裂け目を広げていた。


 ほどなくして、そいつは姿を現す。


「オ、オーガだと……」


 聖剣士は出現したモンスターに息を飲む。


「すまないが、娘と一緒にどこかに隠れていてくれ。奴をそのままにして逃げきるのは難しい。かと言って君達だけで逃がしてモンスターと遭遇したら、最悪の事態になってしまう」

「は、はい!」


 俺は凛音ちゃんの手を取って近くの建物に身を潜める。

 聖剣士様とオーガの戦いに目を向ける。


 戦いは既に始まっており、聖剣士様が押されている様に見えた。


「御父様……」

「大丈夫だよ。聖剣士様が負ける訳ない」


 そう言いつつも、素人目にも聖剣士様が押されているのが分かった。

 俺は聖剣士様の勝利を祈る。

 だが、戦況は期待通りにはならない。


 戦況は時間がたつほどに聖剣士に不利に傾いている。

 そんな中、彼は剣を鞘に納めた。


 諦めたのか。

 いや違う。

 これは勝負に出たんだ。


 バーストストライク。


 いや、正確には聖剣士様は恐らくナイト級の聖剣士様だ。

 なので、この場合はバーストブレイクだ。


 それは勇者と聖剣士の必殺の一撃

 リスクが高いが、決めれば格上のモンスターすら一撃で仕留められる。

 ただし、聖剣士ではその反動が大きく、使用後は確実に戦闘続行は不可能になる大きな賭けでもある。


 聖剣士は鞘に剣を収めると、ひたすら攻撃を回避し続けている。

 これもバーストストライクのリスクの一つ。

 チャージが完了するまで、ひたすらモンスターの攻撃を躱さないといけない。


「がんばれ、御父様……」


 凛音ちゃんが祈っている。

 俺も聖剣士の勝利を祈った。

 だが――


「うわーーーーーーーーーー」


 祈りは再び届かなかった。

 オーガの一撃を食らい、俺達のそばまで吹き飛ばされる。


 聖剣士様は聖剣を杖にして立ち上がろうとするが、相当のダメージを負ったようで倒れた。


「御父様!」

「聖剣士様!」


「凛音……ごめんよ……。お父さんは、もう……ここまでの……ようだ」

「御父様! いや!!」


「すま……ない。君達……を護る身でありながら……もう、戦えそうにない……。これを……君に……」


 聖剣士は俺に聖剣を渡そうとし、俺はそれを受け取った


「娘を……護ってやってくれ……」


 最後の力を振り絞る様に俺の手を力強く握り、俺に娘さんを託して聖剣士様は息を引き取った。


「御父様!!!!!! 御父様ーーーーーー」


 凛音ちゃんが、聖剣士の身体にしがみ付き悲痛な声を上げる。

 そんな姿をよそに聖剣は俺を新たな所持者と認め、俺の身体をサーコートが包み込んだ。


(俺が聖剣士になったのか……。俺がオーガと戦うのか? 勝てるのか? 俺より遥かに戦闘に慣れた聖剣士様が負けたんだぞ。素人の俺に勝ち目なんか――)


〈ならば、勇者になればよい〉


 脳内に声が響き、同時に聖剣が光り輝いき、その現象の意味を知る俺は驚く。


(この現象、俺がこの聖剣の勇者に選ばれたのか!?

 それにこの声、まさか……噂に聞く天使? 聖剣に宿ると言われている)


〈そう、いかにもわらわは聖剣に宿りし天使。

 勇者は聖剣士よりもより聖剣の力を引き出せる。

 そなたの特性を加味すれば、オーガ如き相手にもなるまい〉

(俺の特性?)


〈そなたも既に気付いているだろう。あの究極の異常体験を経て、自身の心がどうなったかを……〉


 天使の言う究極の異常体験。

 それが意味するところを俺はすぐに理解した。


 それは死刑執行をされ、死を体験して事だ。

 思い当たるのはそれしかないし、天使のいう異常にも心当たりがあった。


 あの日からずっと、俺の心には違和感があった。

 ずっとそれが何かわからなかったが、スタンピードに巻き込まれてその違和感の正体が分かった。


(違和感の正体。それは……恐怖心の欠如)

〈そう、そなたにはもう恐怖心がない。

 故に恐怖心による身体機能の機能低下を起こす事もない。

 それは戦士として致命的な欠点であると同時に、得難い才能でもある。

 どちらに転ぶかはそなた次第。

 さあ、戦うのだ。聖剣に選ばれし者よ。使い方は既にインプットされておるはずだ〉


 天使の言う通り、聖剣の使い方が分かる。


「凛音ちゃん。ここに居てね。君にお父さんの仇を討ってくるよ……」

「ひっぐ、ひっぐ……えっ……?」


 俺は聖剣を腰に差し、鞘から抜く――


「あれ?」


 が、鞘から聖剣が抜けない。


(ど、どうなってるんだ?)

〈先代の聖剣士がバーストチャージを行ったからな。成功するまで聖剣は抜けぬ〉


(マジかよ。チャージすぐに再開してくれ)

〈慌てるな。何事にも手順がある。まずは結界だ。範囲をしていろ〉


(最小で!)

〈了承した結界を展開する。その結界の中で敵から攻撃を受けずに20秒耐えよ〉


「20秒か」


 結界が張られた事で、オーガがこちらの意図を察し攻撃を仕掛けてきた。

 巨大な斧が俺を襲う。


 迫りくる斧に対して、俺はやはり何の恐怖も抱かない。

 そして、その斧を俺は紙一重で躱した。


(こいつを相手に20秒か……。案外余裕っぽいな)


 オーガを見ながら俺はそう感じた。


 聖剣は身体機能を大幅に強化する。

 その強化された俺の目はオーガの動きを完璧に捉えていた。


 スローモーションとか、そういう感じじゃない。

 そう、これはフレームレートだ。


 一秒で得られ処理できる情報量が桁違いになっている。

 連発されるオーガの攻撃。


 俺の目はその軌道を完全に捉えた。

 その攻撃の軌道もいつ当たるかもわかる。

 攻撃がいつどこを通るのか分かれば、必要最低限の動きで躱せばいい。


 そうやって、攻撃を繰り返している内に――


〈バーストチャージ完了〉


 20秒はあっという間に過ぎ去った。


 聖剣を抜く。

 刀身が光り輝いていた。


 これがバーストエネルギーだ。


 それを見たオーガは逃げ出した。

 だが、結界に阻まれる。


「バーストブレイク・クレセント」


 オーガに向かって聖剣を振るう。

 すると、聖剣の光は三日月の刃となってオーガの身体を両断した。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 響くオーガの断末魔。

 そして、その体は粒子と化して消え去った。

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