死刑囚から名家へ婿入り、そして勇者へ。俺の人生、波乱万丈にも程がある。
シンリ
第1話 死刑執行
朝、それは俺達、死刑囚にとって地獄だ。
カツン、カツンと死神の足音が静かに廊下に響く。
その足音を独房に閉じ込められた俺達は祈るような気持ちで聞く。
近づくな、止まれ。
止まるな、遠ざかれ。
皆がそう祈る。
そんな中でも俺の祈りはその何十倍も思い。
当然だ。
俺は冤罪で死刑判決を受けたのだ。
他の自業自得な連中とは違うのだ。
カツン、カツン。
足音が止まらない。
どんどん近づいてくる。
そして、俺の独房の前で止まった。
扉が開かれる。
「出ろ、9912号」
死神が俺の番号を口にした。
独房から出された俺は執行上まで連れていかれた。
「やめて下さい! 俺は冤罪なんです! この執行は正当性は! あなた達は人殺しになってしまう!!」
「暴れるな! この死刑囚が!」
俺は必死に冤罪を訴えるが、死神たちは聞く耳を持たない。
彼らにとって、俺はただ死刑囚。
社会のゴミだと思っているんだ。
どれだけ必死に抗っても覆らない現実に、俺は死の恐怖から帰れた笑い声が出た。
そんな俺の視線の先には、スーツを着た男がいた。
明らかに刑務官ではないと分かった。
「あの、スーツの人は誰ですか?」
「ん? ああ、
(法務大臣? え、なんでそんな偉い人がここに? 立ち合い義務なんか無いはずなのに……、いやそんな事はどうでもいい。これは最後の希望かもしれない!)
「大臣! 俺は冤罪なんです! 俺は八人もの女性を殺してなんていない! 俺は罠に嵌められたんだ! この死刑を止めて下さい! でないと後悔する事になります!」
「見苦しい」
マイクを手にした大臣はそういい放った。
「君の死刑判決は公明正大な司法が出した結論。君がどれだけ喚こうが、それを覆す証拠でもない限り、結論は変わらない」
首にロープが掛けられる。
(死ぬのか……。本当に? なんで……俺は何も悪い事をしてないぞ。なのに、なんでこんな理不尽な目に合わないといけない……)
ガタガタと足が震える。
「9912号
そう告げられるとともに、俺の身体は浮遊感に包まれた後、落下し意識が途切れた。
◆◇◆
「では、小林天成さん。面接は以上です。結果は数日以内にメール致します」
「はい、ありがとうございました」
俺は面接を終え、会社を後にする。
同時に、俺の腕に着けているスマートリングにメールを受信が届いた。
「メール表示」
俺はリングに触れ、受信したメールを開く様に指示を出す。
すると、目の前に
(はあ、またダメか……)
その内容に俺は肩を落とす。
メールの中身はお祈りメール、不採用通知だ。
俺の名前は小林天成。
そう、数か月前に死刑執行された男だ。
そんな男が何故、就活をしているのか。
それは死刑執行と時を同じくして俺の冤罪が証明されたからだ。
どうやって冤罪が証明されたのか。
それはある男が証言を翻して、俺のアリバイを証言したからだ。
その男は最初は俺のアリバイを証言してくれていたが、裁判になるとそれを翻し、あろう事か俺に金で証言をしてくれたと頼まれたと言ったのだ。
俺の家から指紋が付いていない凶器と被害者の遺留品が出た事と、男の証言が決め手となり、俺は有罪が確定した。
そんな男が今になって証言を翻した。
その理由は男が末期がんに侵され、余命2ヶ月と宣告され死ぬ前に犯した罪の清算をする為だった。
そして、偽証した理由は何者かに金で頼まれたとの事だ。
その男は依頼主の事は最後まで口を割らず、俺の再審を終わるのと待つことなく地獄へ落ちた。
結果、俺は蘇生措置を受けて、今に至っている。
冤罪が証明された直後は俺は泣いて喜んだが、今ではあの時、あのまま死んでいた方が幸せだったのではないかと思っている。
何故なら、20歳から30歳までの10年を閉じ込められていた俺には、まともな仕事がないからだ。
しかも、冤罪とはいえ元死刑囚と言う訳アリであり、世間ではまだ俺の冤罪を疑う者すらおり、ネットでは平然と陰謀論じみた暴論がまかり通り、俺への誹謗中傷が行われている始末だ。
政府から支払わられた微々たる賠償金と日雇いの仕事で何とか食い繋いでいるが、それもいつまで持つか……。
本当にあの時、あのまま死んでしまっていた方が……そんな事が脳裏によぎる。
(だ、ダメだ、ダメ! 俺は生き残った。やり直すチャンスを貰った! 弱気になるな! 諦めるな!)
俺は自分を鼓舞する。
諦めなければ道は開ける。
諦めなかったから、俺の冤罪は証明された。
(天は自ら助くる者を助く。俺は自分を助ける事を諦めなかった! だから奇跡を起こしたんだ。死神ですら俺の命を奪えなかった。就活なんかに負けてたまるか!)
自分を洗脳するかのように鼓舞し、この数か月を生き延びてきた。
そして、これからも生き延びる。
「きゃあーーーーーーーーーーーー」
そう何度目か分からない決意を改めてした時、女性の悲鳴が響いた。
それはすぐ近くだった。
俺は反射的にそちらに顔を向けると、それが目に入った。
裂けた空間に、異形の怪物。
スタンピード。
その単語が俺の頭にすぐに浮かんだ。
それは世界最悪の災厄。
異界より、異形の怪物【モンスター】が攻め込んでくる事だ。
「す、スタンピードだーーー。逃げろーーーーーー」
誰かが叫んだ。
(拙い、逃げないと! 普通の人間じゃモンスターを倒せない!)
俺は周囲の人達と同様に逃げようとした。
だが――
「きゃっ!!」
俺はその声を拾った。
声の方に視線を向けると、10代前半くらいの少女が、逃げる人間にぶつかられて転んだのだ。
しかも、人の波に揉まれて起き上がれないでいる。
そんな少女に周囲の人間は目もくれずに我先にと逃げ出す。
こんな状況だ。
刻一刻と命の危機が迫る非常事態。
そんな状況で誰かを助けるなんて出来なくて当然。
少女を助けられず逃げるしかない無力な市民を誰が責められる。
(そうだ、仕方ないんだ。仕方……)
必死に自分に言い聞かせる。
折角、助かった命、こんなところで無駄に散らす訳にはいかない。
俺は目を逸らした。
見なかった事にしようとした……。
だが……。
(仕方ない訳ないだろう!!!!!)
「退いて下さい! 子供が倒れています!!」
俺は人の波をかき分け少女の元に走った。
「君、大丈夫か! 乗って!」
俺はしゃがんで背中に乗るように促す。
少女は一瞬躊躇するも、状況を的確に把握し俺の背に乗る。
少女を背負い俺は走った。
(く、後れを取った)
周囲にはもう人がいない。
いるのは俺達をモンスター一体だけだ。
他のモンスターは既に逃げまどう民衆を追いかけて行った様だ。
このモンスターは、どうやら今しがた裂け目から出てきたのだろう。
当然、モンスター達の標的は俺達となり追いかけられる。
俺は必死に逃げるが少女を背負っている上に、そもそもモンスターの方が身体能力が上だ。
(ダメだ。逃げきれない)
10メートル、9メートルと着実に距離を詰めてくるモンスターの気配を背中で感じながらも俺は走った。
走る以外に道がないからだ。
今は走って少しでも時間を稼ぐしかない。
1秒でも時間を稼いで、聖剣使い達が来るのを奇跡が起こるのを期待するしかない。
そう、このスタンピードに対抗できるのは、聖剣使いだけだ。
「うわ!」
何かに躓いてしまい、俺は顔面から地面にダイブした。
少女を背負っていたから、手を着く事ができなかった。
「痛ぇ……」
強烈な痛みが顔面を襲う。
だが、今は痛みで足を止めている時ではない。
俺は立ち上がろうとしたが、地面に影が差した。
俺は背筋に悪寒を感じ振り返ると、そこにはモンスターがいた。
(ああ、終わった。もう無理だ)
助からない。
奇跡は二度は起きなかった。
だが、俺にはまだできる事がある。
「逃げなさい」
「え?」
「逃げなさい! 俺が少しでも時間を稼ぐから、逃げろ!!!!!」
モンスターは一体でこっちは二人。
どちらかが囮になれば、もう一人は生き残れるかもしれない!
ならば、答えは出ている。
(こんな子供を囮にするなんて恥を背負って生きたくはない!)
少女は俺の言葉にビクッとさせたが、そのまま走り去った。
あとは少しでも足掻いて、あの子が逃げるための時間を稼ぐだけだ。
(ああ、もしかしたら、俺が生き延びた理由はここにあったのかもしれない)
あの時、死んだほうがマシだったかもしれないという思いはもうない。
俺が生き延びた理由を知ったのだから……。
俺は立ちあがりモンスターを見つめる。
「ギヒィ」
モンスターが俺を見る目。
それは敵に向けるそれではなく、餌に向けるそれだと感じた。
腹が立つが、実際に俺はモンスターの敵にすらなれない。
だが、餌は餌でも必死に抵抗してやる。
そんな決意をする俺に向かって、モンスターは腕を振り上げ振り下ろした。
咄嗟に後ろに跳んで躱した。
「ギィ……」
モンスターから苛立ちが伝わってきた。
餌が抵抗する事が不快らしい。
(はっ、ざまあみろ。楽しい食事になんかさせてやるか)
再びモンスターが攻撃を仕掛けてきて、俺は躱そうとするがそれはフェイントだった。
引っ掛かった俺は本命の攻撃が当たり、俺は何度も地面をバウンドしながら吹き飛んだ。
「ガハッ!!」
体を何度も打ち付け吐血する。
(クソ、抵抗もここまでか……)
少女が逃げた方を見るが、もうその姿はない。
多少でも時間を稼げたことに俺は安堵する。
(逃げきってくれよ……)
俺はそう祈り、自らの運命を受け入れた。
不思議と恐怖心はない。
モンスターは俺の身体を掴み、大きく開けた口を近づける。
(来世では、こんな理不尽の無い人生を送りたいな……)
そう願い、俺が目を閉じた時――
「抜刀!」
その声が聞こえ、俺の身体は地面に落ちた。
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