第15話

久しぶりの登城を終え馬車に乗ると、ようやく人心地が付いた。そろそろ出仕しなければならなかったが、アンナが心配で先延ばしにしたところ上司から呼びつけられたのだ。仕事自体は部下に届けさせていたものの、やはり効率が悪い。


(出仕する前にアンナとの婚約を正式に結びたかったが……)


書類自体は準備出来ていたが、アンナはデビュタントも済ませていない。他の貴族の前でお披露目をしないまま婚約するのは要らぬ憶測を招くことになる。それは将来社交界でアンナの立場が微妙なものになる可能性を示唆していた。


翡翠石の一件ではひやりとしたが、翌日アンナから子供のような振る舞いだったと謝罪があった。

記憶を取り戻す手掛かりになるのではと期待してしまったのだと肩を落とすアンナに罪悪感を抱かないわけではない。それでもクロードに嫌悪を示す様子がないことに安堵を覚えるほうが大きかった。


そんなアンナはこれまで以上に意欲的に学習に励んでいるようで、クロードは家庭教師として雇ったメイユ夫人の言葉を思い出す。


『アンナ様は大変優秀でいらっしゃいますわ。最近では特にダンスの練習を頑張っておいでです。クロード様といつか社交の場で踊るのが夢なのだとおっしゃっていましたわ』


確かに年頃の令嬢なら煌びやかなパーティに憧れる年頃だ。社交に連れ出すのは時期尚早かと考えていたが、婚約手続きを進めるためにも舞踏会に連れて行くというのは悪くないのかもしれない。

クロードは出席する会場の選定とドレスの手配を進めることにした。




「クロード、素敵なドレスをありがとうございます」

「ああ……とても綺麗だ、アンナ。今夜は俺から離れることのないように。他の男からダンスに誘われてしまうからな」


淑女教育を受けるようになって、以前のような満面の笑みではなく控えめな令嬢のそれに変わったものの、それでもアンナが嬉しそうに目を細めているのを見て、クロードは幸福感に満たされた。


乳白がかった柔らかな緑のドレスの胸元には野花のような可憐なレースをあしらっており、アンナの雰囲気によく合っている。


胸元を飾るネックレスはドロッブ型のエメラルドで、デザインこそシンプルだが透明度が高く緑色の濃い一級品だ。妖精のように儚げで清楚な姿は少女と女性の中間にあり、魅力的な姿に連れて行くのを躊躇うほどだった。


(もう少し小規模な舞踏会のほうが良かったか……。いや、それはそれで目立つことになっただろうな)


何度か仕事の関係で顔を合わせたことのあるゲルテ侯爵は、穏やかだが社交好きな一面もあり毎月パーティーを開催している。夫妻ともに寛容で侯爵家主催のパーティーは不慣れな貴族子女にも好評であることから今夜のパーティーへの参加を決めたのだ。


とはいえ侯爵家という家柄から高位貴族の参加も多く、毎回かなりの人数が集まるらしい。僅かな懸念を覚えたが、いまさら取りやめることも出来ずにクロードはアンナをエスコートして馬車へと向かった。

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