第16話

煌々と輝くシャンデリアや色彩豊かなドレスに目が眩みそうだ。


クロードの隣で淡い微笑みを浮かべたまま、ホールを移動しているとちらちらと視線が向けられるのを感じる。アンナは社交の場に姿を見せることがなかったため、どこの令嬢か興味を持たれているのだろう。

本来であればそんな風に注目されれば気後れしてしまうが、今夜の杏奈には重要な目的があり、それどころではなかった。


主催者である侯爵夫妻に挨拶を終えると、ちょうど演奏が終わったところだった。


「美しい人、俺と踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで」


クロードの言葉に微笑んで答えたものの、人前で踊るのは初めてだ。ダンスホールに立つと緊張感が高まり、足が震えそうになる。注目を集めなければならないとはいえ、悪目立ちしては意味がない。


「久しぶりだから上手く踊れないかもしれない。先に謝っておこう」


そう囁いたクロードは眉を下げながらも、どこか悪戯っぽい目つきで杏奈を見ている。緊張を和らげようとしてくれているのだと分かり、その優しさが嬉しくて、悲しい。

この場にいる理由を自分に再度言い聞かせながら、杏奈は笑みを浮かべてリズムに身を任せた。


無事にダンスが終わるとクロードは杏奈を空いている椅子へとエスコートし、ドリンクを手渡した。


「疲れていないか?挨拶は済ませたからいつ帰っても大丈夫だからな」

「まあ、まだ来たばかりですわ。メイユ夫人にもお会いしたいですし、クロード様もお付き合いがおありでしょう?」


近くに人がいないとはいえ、公の場のため呼び方を改めるとクロードは肩を竦めた。


「気にしなくていいと言いたいところだが、少し声を掛けたほうがいい相手を見かけてしまった。メイユ夫人のところに案内するから、俺が戻ってくるまで夫人の側を離れないでくれ」


好都合な展開に杏奈は素直に返事をしたのだった。





「ねえ貴女、クロード様とはどういうご関係かしら?」


(……なるほど。こういう展開は予想していなかったわ)


メイユ夫人と歓談していたところ、同じ年頃の令嬢に話しかけられた。親交を深めたいと言われ、杏奈としても情報収集が出来ればと快諾して場所を移した途端に態度が変わったのだ。


「従兄ですわ」


どう見ても嫉妬しているとしか思えない令嬢の相手をするのは、時間の無駄だろう。事実のみを伝えたのに対し、令嬢は納得するどころか更に険しい表情へと変わる。


「ただの従妹相手にクロード様があのような態度を取られるはずがないじゃない!惚けるつもりなの?!」


(あれ……?)


杏奈が少し違和感を覚えた時、背後から低い声が聞こえた。


「おや、このようなところで言い争いとは穏やかではありませんね」


漆黒の髪と鮮やかな瑠璃色の瞳が目を引く青年は、穏やかだがどこか警戒心を抱かせるような蠱惑的な笑みを浮かべている。


「お話を伺っていただけですの。失礼いたしますわ」


そそくさと立ち去る令嬢の態度に杏奈は自分の直感が間違っていなかったと確信する。


「こんばんは、可憐な妖精姫。私はシオン・ファルケと申します。お名前を伺っても?」


胸に手を当て優雅に腰を折る様は芝居がかっていて、正直かなり胡散臭い。


(ある意味当たりを引いたけど、対応を間違えれば危険な人だわ)


とある手段を用いて杏奈は今夜のために、有力な貴族の情報を頭に叩き込んでいた。

クロードと同等かそれ以上の権力を持つ後見人を見つけることが、今夜パーティーに参加した目的なのだ。今のままではクロードの庇護下から抜け出せず、対等な関係など望むべくもない。


ファルケ伯爵家は家格こそ同等だが、長い歴史があり国王からも信頼の厚い筆頭伯爵家だ。さらにシオンはクロードと犬猿の仲であることもあり、上手くいけば頼もしい味方となり得る。


「回りくどいのも試されるのもあまり好みませんの。時間がないので率直にお話ができれば有難く存じますわ。ファルケ様は何をお望みですか?」


先ほどの令嬢は杏奈に話しかける契機であり、どんな人物か探るための仕掛けだったのだろう。質問の仕方が少し強引だったし、シオンが現れた途端にあっさりと引き下がったこと、そして何よりタイミングが良すぎたのだ。


「深窓のご令嬢かと思えば、なかなか手厳しいですね。貴女とは気が合いそうですよ、アンナ嬢」

「そう願いますわ」


笑みを深めたシオンに杏奈は警戒しながらも淡々とした口調で返す。


だが貴族として生まれ幼い頃から嫡男として教育を受けたシオンとでは力量の差は明らかで、そつのない対応と巧みな話術に翻弄され、杏奈は早々に白旗を上げることになったのだった。

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