第11話

「っ………!!!」


暗闇の中、上手く呼吸が出来ずに咳き込めば、冷えた頬を新たな涙が伝った。喘ぎながらも身体を起こせばようやく慣れてきた自分の部屋にいることが分かり、全身から力が抜ける。

自分の息遣いが落ち着いてくるのに反して、思考は感情に押しつぶされていく。


(どうして……)


今のアンナをあれほど大切に扱ってくれるのなら、何故その態度を、言葉を僅かでもアンナに掛けてやれなかったのか。


俯瞰するようにアンナの記憶を目にし、自分事のようにアンナの感情を追体験することになった杏奈はやり切れない想いに胸が抉られるようだった。

幼い頃から晒されていた悪意と将来への不安、そして心の支えとなっていたクロを失う恐怖にアンナの心は限界を迎えてしまったのだ。


(アンナちゃんはもういない……)


クロと一緒に両親の下へ旅立ってしまった。身体が無事でも心が耐え切れなくなり、身代わりのように杏奈の魂が入ってしまったのだ。

事故の直前に聞いた助けを求める声とお礼を告げた声はとても似ていて、クロに呼ばれたのかもしれないと思った。大切にされた物には魂が宿ると聞いたことがあるし、そう考えるのが自然な気がした。


結局は助けてあげられなかったが、大好きなクロと再会し笑顔で両親の下へと向かうことが出来たのなら、せめてもの救いというものだ。


(でも、私はこれからどうしたらいいの)


クロがお礼のつもりでも、アンナの記憶を見てしまった以上今までと同じようにクロードと接することなどできない。自分がクロードに惹かれつつあることを自覚していただけに心が付いていかないのだ。


いっそクロードが悪人であったほうがまだ踏ん切りがついたかもしれない。

アンナは気づいていなかったが、幼いクロードはアンナを庇おうとしていた節があった。アンナが伯母に嫌がらせをされている時、クロードは無表情ながらいつも耐えるように拳を握り締めていたのだ。


それでもアンナを傷付けたことに変わりはない。幼い頃ならいざ知らず、たった一言だけでもアンナに本当の気持ちを伝えることぐらい出来たはずだ。


クロードの今の態度はアンナを追い詰めてしまったことへの罪滅ぼしの意味もあるのだろう。だがそんな贖罪をアンナが知り、受け取ることは二度とできない。


夜が明けるまで考え続けた結果、杏奈は熱を出して寝込むことになってしまった。



会いたくないと思っても体調を崩したアンナをクロードが放っておくはずがなかった。


「クロード、ただの風邪だから。……忙しいのに付き添ってもらうのは申し訳ないわ」

「仕事などどうとでもなる。それにアンナが心配で集中できそうにない」


ずっと側にいられると休みづらいのだとは言えずに、それとなく断ったつもりだったがクロードには通じない。アンナの過去を知る前であれば素直に嬉しく思えたのだろうが、心の整理も付いていない今は複雑な気分だった。


「アンナ、少し眠ったほうがいい」


髪に触れる手つきが優しくて、杏奈は緩みそうになる涙腺を抑えるため目を閉じた。

変えられない過去とこれからの未来に心が揺れる。アンナの気持ちとクロードの想い、そして自分自身の幸せのためにはどんな選択をすれば良いのだろうか。

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