13.家族になろうよ、思い出を埋めて

 やっぱり適当な草じゃダメだったよ……

 全身草まみれで、しかも背中の痛みで目を覚ました。

 カルタはとっくに起きたらしく、ひとりで伸びをするわたしの背中から、まぶしい光が差し込んでいた。


「おはよう。カルタ、いるー?」

「あ、お姉ちゃん」

 声はすぐ近く、大岩の下から聞こえた。焚き火が燃えかすになっている場所だ。

 カルタはそこで、黒焦げになったビスケットをつまみあげて、不思議そうに眺めていた。

「なんで色が変わるとおいしくない?」

 そう話す口の中が黒い。

 あれって苦いだけじゃなくって、口の中じゃりじゃりするんだよね。


 大岩から降りて、カルタの背中をひと撫でする。

「カルタはなんでも好き嫌いせずに食べてえらいね」

「でも、これは無理」

「なんか、ごめんね」

「なんで謝るの? お姉ちゃん悪くない」

 それが悪いんだよねぇ。

 カルタの望むところを知りたくて、食べ物を粗末にしてしまったから。

「お姉ちゃん、おなかすいたよ」

 カルタは眉を下げた。

 そういえば、出会ったときはにこにこしながら同じ事を言っていたっけ。

 あれはたぶん、獲物を見つけて喜んでいた笑顔だった。


 カルタはもちろん単独ひとりで獲物を狩れる。

 わたしが寝ている間にひとりで行ってしまわないか心配していたけれど、思った通りわたしのそばを離れなかった。

 やっぱりカルタは群れで狩りをする生き物で、ひとりで生きてきたこれまでが例外なんだろう。


 カルタの動きはわりと読みやすい。

 それだけに、予想を外れて罪人を襲った一件が気になって仕方がない。


 わたしだって神社の子。

 たまには引こうか貧乏くじ。





「ねえ。カルタは……」

 石に座って話そうと思ったけれど、なんだか落ち着かない。話の展開に失敗したら、カルタのがわからないままになるし、もしかしたら致命的でさえある。

 どっちにしても、勘の鈍い私が、懐いてくれているカルタとも渡り合えないなら、この世界でだって巫女をやると死ぬ、ってことだ。


 焚き火の残骸を埋めるための穴を掘っていくと、カルタも手伝ってくれた。

 座ったままより、こうやって作業しながらのほうがいい。どうかカルタのが埋まっていませんように。


「カルタは狩りに行かないの?」

 わたしと行動を共にするようになってから、カルタがひとりになりたがらないのには気付いていた。きっと強くお願いすれば、兎でも熊でも獲ってきてくれるのだけど、自分からそうすることはないだろう。

「お姉ちゃん行ってきてよ」

 そしてさっそく疑問がひとつ。

 自分からひとりになるのは嫌でも、わたしがカルタを置いていくのはいいのか?

 きのう山崩れの場所を通ったときには、装束が歪むくらい引っ張って止めたのに。


「わたしたちもう家族でしょ? 行こ」

 そう言っても、カルタは首を横に振るだけ。

 きのう森で見かけた群れのように、カルタの家族は一緒に狩りをして一緒に眠るような関係のはず。

「カルタいちばんちっちゃいから、待ってるよ」

「寂しくない?」

「平気。カルタ泣かないよ」

 それを今にも泣きそうな顔で言うのだ。


 いちばんちっちゃいから、か。

 きっとカルタは大家族で、小さいカルタは巣穴で食べ物を待っていた。本当ならあの子供の群れと同じように、集団で狩りをしながら少しずつ成長していく。

 だけどカルタは、一番小さいときのままで止まっていた。もう身体も大きく、これまでひとりで生き残ってきたくらい強いのに、『家族』の枠組みの中で自分の役割が変わっていないのだ。

 たまには狩り場に連れ出されることがあったかもしれない。弱った獲物を与えられ、それを狩ったことだって。

 けれどカルタの中で、自分の役割は巣穴で待っていること。狩りは他の家族の仕事だ。


 そのうち槍でも作るかなぁ。

 いやいや、もしもわたしがちゃんとした槍や弓を持っていたとしても、ひとりで獲物を狩れる気がしない。植物だって食用かどうかの見分けがつかないし、山芋なんかも見つけられないだろう。

 かといって街まで買い出しに出れば、そのあいだカルタはひとりで寂しい思いをすることになるし、行動原理のわからない人食いの化け物を街に連れて行くわけにはいかない。


 うー、じれったい。カルタの望むところさえわかれば、わたしは安心してカルタを街にはなてるのに。

 それとも、破局おわかれかな。


 もうちょっと探りを入れよう。

「カルタはもう狩りに出られるはずだよ。わたしのことも狩ろうとしたし」

「してない」

 これは予想外。

 だって、あの軌道は確実に首筋を狙っていたし、牙がかみ合う音だって聞いたんだから。

 カルタの同族は熊の骨をかりんとうのようにかみ砕いた。ひとまわり大きいカルタのかみつきが直撃したら、間違いなく即死だったはずだ。

「あれは死ぬかと思ったよ」

「ふとももとか、おいしそうだった」

 にこにこもちもち。

「ほら! やっぱり狩ろうとした」

「カルタに狩れたら、お姉ちゃんじゃない」

 ぅわー……

 本当に、どこまでも捕食者なんだ。


「言っとくけど、わたしはカルタが生まれたときから一緒にいたお姉――」

 ――カルタの指が、わたしの唇をぴっ、と止める。

『知ってるけど聞きたくないよ』

 カルタの光る眼が、そう言っていた。

 へー、そっかぁ、そうなんだ。

「カルタってさぁ、んふふ……わたしのこと大好きだよねぇ」

「お姉ちゃん、大好き!」

 この関係が擬態の延長でも。たとえわたしが本物のお姉ちゃんじゃなくても。

 カルタの寂しさと、わたしと家族になりたがったのだけは本当だと信じよう。


 きっと、カルタは突然ひとりになったのだ。群れを追い出されたわけでもなく、成長に伴って群れを出たわけでもなく。事故か、戦いか、それとも置き去りにされたのか。

 違う。

 カルタは山崩れに怯えていた。ああいう大きな災害で、カルタの家族は巣穴ごと全滅したんだろう。

 そしてそれを思い出すから、別の群れとは家族になれない。


 焚き火の跡を穴に埋め、カルタと一緒に土をかける。

 カルタの家族はわたしだけ。いまからそれさえ失うかもしれない。

 わたしも無事に生き残れるか……

 そういう話を、これからするのだ。

 だけど家族になれたなら、ふたりで神社をつくろうね。


「カルタ、聞いて」

 告げる。

「わたしに狩りはできないんだよ」

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