14.ただいま実家おはよう地獄

 狩りができない。

 わたしはそれが肉食獣カルタにとってどういう意味を持つか、ちゃんとわかった上で言ったはずだ。

 弱って食べ物を消費するだけの個体を、群れがどう扱うか。


「お姉ちゃんなに言ってるの……?」

 カルタはしばらく理解を拒絶していたけれど、そのあとは静かにうつむいてしまった。

「カルタ?」

「なんで!」

 わたしに詰め寄ったとき、その顔にあったのは怒りだった。息を詰まらせ、目に涙を溜めて、わたしを睨み付けていた。

 カルタはわたしの手首をつかんで、痛いくらいに引っ張る。


「そんなことない! お姉ちゃん、なんでもできる!」

 わたしの手を、カルタは自分の顔に叩きつけた。

「できるよ、お姉ちゃん!」

 何度も、何度も。

 カルタの頬に赤い血がにじみ、溜まった涙と混ざってしたたり落ちても、カルタはそれをやめようとしない。

 その姿にわたしは、手の痛みも忘れて納得していた。


 きっとカルタは幼い頃に見たのだ。群れが弱った個体を追い出すところを。

 言葉を話すカルタの種族は、複雑な感情と意思を持っている。家族を想う感受性があるのだから、家族を追い出すのにも思うところはあったはず。

 それでも追い出す選択をするのは、群れを統制するために、合理性に基づいた権威があるから。


 なにをされても反応しないでいると、カルタはとうとう泣き崩れてしまった。


 カルタから見れば、たったひとりの年長の家族であるわたしの言葉は群れの総意とかそういうのなんだろう。

 わたしが、群れの総意が、わたし自身を追い出そうとするから、カルタはわたしが役に立つことを必死で証明しようとするのか。

 そういうこと……


 それで思い当たった。

「待って待って。それじゃカルタが『死ぬことになった人間』を襲ったのって、群れのため? わたし、あの人のことなんて言った?」

「あんなに金属が好きなら、好きなだけ触らせてあげたい、って」

 言った。確かに言ったよ!

 カルタにとってわたしの言葉が群れの総意なら、カルタは約束を破ってない。


 森の化け物が現れて自分をさらったと気付いたとき、罪人はなにを思っただろう。知り合いに首をさらしたくないと言っていた彼が、化け物に己を食うよう願うのは想像できた。

 そのあと、カルタは食べられない頭をちゃんと埋めて隠しただろうか。

 大丈夫。

 だって、カルタはいい子だから。





 そのいい子のせいで、カルタは苦しんでいる。

 カルタはわたしと家族になりたい。だけどカルタは群れの生き方しか知らない。

 これがカルタの望むところと、その障害。


「わたしだってカルタと家族になりたいよ」

 血まみれの手でカルタの頬をなでつける。

 けれどカルタが群れに囚われる限り、いつかまた今回のような過剰反応が起こるわけだねぇ。

 わたしの望むところは、もちろん面白おかしく巫女をやること。

 神社経営が軌道に乗った頃に、妹が人食いの化け物だと発覚して焼き討ちとかされちゃ困るんだ。


 だから。


「カルタ。群れを抜けなよ」

「お姉ちゃん……?」

「わたしも抜ける」

「お姉ちゃん」

「そんでいっしょに神社を作ってさ、んふふ……楽しいよぉ?」

「お姉ちゃん!!」

 急にカルタが立ち上がる。

 その勢いでね飛ばされた。

 距離、およそ3メートル。

「お姉ちゃぁぁんッ!!」

 電車みたいに突っ込んでくる。

 あ、無理!

 死っ――





 ……

 …………

 寝苦しくって、手探りで枕を動かした。

 鼻の奥に血の匂いが残っているんだから、寝苦しいのは当然だねぇ。

 それから、布団の中に毛むくじゃらの感触。

 ヘッドボードの明かりをつけて、布団をめくった。


「こーら、タロー。寝るときはダメだっていつも……」

 すごいでかい犬ッ!?

 見たこともない大型犬が丸まっていた。


 なんだ、カルタか。

 納得してそのまま寝直そうかと布団をかけ直したんだけど、ちょっと気になってもういちど布団を剥がした。

 カルタがもっと丸くなる。

 その前足を掴んでひっくり返す。

「うぉー、ちんちんついてる」





 いやまあね、わたしの記憶から引っ張ってきたなら、妹ってこうだよね。

 この解釈違いについては、あとでじっくり話をすることにして……


 いまはこの、階段を駆け上がってくる足音に対処しなくちゃね。

 ガチャ――

「――ミミ!」

 ノックもなしに扉を開けて、わたしの偽名なまえを呼ぶお母さん。

 怒りの巫女巫女オーラが見えるようだ。

「あー……おはよう」

「どこ行ってたの?」

 うわぁ、いまたって言った?

 こりゃごまかしてもダメそうだよ。

「ちょっと神様が見える場所に」


 …………この沈黙が怖い。

「いやっ、あのね、臨死体験とかそういうのじゃなくってね!? どっちかというと意図しない移動というか、異世界というか」

「神隠し」

「そうそれ!」


 騒いだせいかカルタも起きて「わぅ」と鳴いた。

「その子は?」

「カルタ」

「名前は別にいいけど」

「あっちで見つけた、その……妹」

「妹?」

「妹」

「妹!?」

 だよね! やっぱりちんちん見るよね!?

「この解釈違いについては、あとでじっくり話すとして」


 お母さんはベッドに近づいて、小さな身体でわたしを抱きしめてくれた。

「おかえり」

「ただいま」

「一月三日だから、よろしく」

 繁忙期!

 せっかく忘れてたのに、地獄にようこそされてしまった。

 なにしろ、うちって神社だからさぁ……

 じっくり話す気力が戻るの、何日後だろうね。

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