10.巫女追放! まだ巫女じゃなくない? 未巫女追放?

 掃除が進むにつれてハムスターは眠そうに丸まり、姿もぼやけてくる。

 わたしのほっぺたをてしてし叩いて、地面に手を伸ばした。


 ああ、そうか。

 もうここに居る理由がないんだな。

 わたしは膝を折ると、手に乗るようハムスターに促す。

 少し大きめの声で室内に告げた。

「神様、お帰りです」

 床に離すと、ハムスターはかまどの中へと走り込みながら、フッと消えた。


 天井を見上げて息をつく。

 知らず知らずのうちに緊張していたらしい。

 まあ、あんなのでも神だからね。


 神に呼ばれて、やりあって、対話して、そのを知って……

 さっきからのわたし、だいぶ巫女っぽいな。

 そう思うとなんだか顔がにやけてくる。

 やっぱり神が見えるのは大きいよね。もしかしたら、こっちでなら巫女をやれるかも。


 んっ、わたしが、巫女に……?

 おっといけない。

 ちょっと、見せられない顔だぞ。

 竃を盾にすると、両頬をはたいて普通くらいの笑顔を取り繕った。


 澄まして立ち上がる。

「竈の神が、お帰りになりましたー!」

 全員に聞こえるくらいの声で告げるのは、もちろん照れ隠しも込み。

 さておき、これで早朝の放火騒ぎは何事もなく解決したのだった。


 部屋の空気がゆるむ。

 代官も、少しだけ頬が緩んでいるように見えた。

「そうか。客人にとんだ手間を取らせたな」

「いえいえ」と営業スマイルで応じる。

「巫女の仕事ですから」

 巫女の! 仕事ですから!

 んふふ……いい響きだなぁ。


「あ、そうだ。これを」

「おや、なにかな」

 鉄の玉はまだわたしが持ってたんだ。返しておかないと後が怖い。

 忘れていたのは代官も同じらしく、鉄球を代官の手に乗せたとき、その重さに取り落としそうになったくらいだ。


「貴重な鉄が節約できてよかったですね」

「鉄……」

 代官がぽつりと漏らす。

 それはまるで、ここに鉄があるはずがない、とでもいうような驚きを伴った呟き。


「巫女殿……」

 わたしに問うときも、手の中の鉄球をじっと見下ろしたままだ。

「先ほど、神は帰ったと言ったかな」

「お帰りになりました」

「儀式の心得があるように見受けたが」

「かなり様式が違いますけど、一応」

「捧げ物なしにか」

「そうですね」

「穏便に?」

「いけません?」

「わけがわからん!」

 人間って、本当に頭を抱えるんだ……

 唸る代官はしばらく使い物にならなそうなので、かわりにこの部屋で2番目に権力を持っていそうなモティナさんを捕まえた。

「このあたりに巫女の仕事ってありませんか?」





 朝の街道を一緒に歩くのはカルタ。

「ごはん、おいしかったね!」

「そうだね」

 このあたりの信仰は仏教っぽくないらしく、朝食には粗挽き肉のガレット(みたいなもの)が出た。

 そしてそのあとすぐ丁重に追い出されたわけだ。


『神に触れるだけでなく、捧げ物なしに退散させるようなお方を、どう処遇すればよいのかこの町ではわかりかねます』

 あれから代官は姿を見せず、かわりに世話係さんを通じて代官の紹介状を貰ったけれど、『門までお見送りいたします』がお屋敷の門じゃなく町の門だったときは、やられたと思った。


 それから、並んで街道を歩く、昨日の罪人ご一行様。

 目的地が同じらしく、一緒に行くことになったのだ。

「ここには刑場がないからな」

 役人のひとりが教えてくれた。


 目的の街は、わたしが最初に目を覚ました森を突っ切った向こうにある。なにもなければ夕方までに着くと世話係さんから聞いた。

 山じゃなかったのか尋ねると、このあたりの人間は山裾の森を通るだけなので、ルートとしては森扱いらしい。

 それなのに、出るのは賊。しかも山の方まで行くと山賊は出ないという。


 同行している盗賊のほうがスジが通ってるね。なにしろ代官屋敷から盗み出したんだから。

 その死罪人ダイテツ曰く。

「昨日も会ったよな。姉妹揃って全身キラキラさせてたから、よく憶えてる」

 もちろんそんなに派手な服装ではないが、こっちの人間にはそう見えてしまうらしい。


 その後もダイテツはいろいろと話しかけてきた。

「それ、鉄だけじゃないだろう」

「合金かな。銅とかニッケルとか」

「ニッケル?」

「えっと、このあたりだと、たしか隕鉄に含まれてるやつ」

「永久鉄か! じゃあ、妹のは?」

 それは擬態。

 とも言えず、カルタを呼び寄せて胸元のボタンを触る。

 詰まってるのに軽いな。それに、すぐに体温で温まる。

 再現度が高すぎるけど、この服ってカルタのなんなの?

 昨日の夜に脱いでいたあたり、もしかしたら擬態じゃないのかとも思ったけれど、その割に雑に触ると「うしゃしゃしゃ」とかくすぐったそうに笑うんだよね。

「たぶんアルミ」

「聞いたこともない」

「わたしの故郷だと出回ってるけど、大量生産にはあと400年くらいかかるかもね」

「詳しいな。何の仕事だ」

「巫女」

 だいたいこんな感じだ。


 こっちから話題を振ることもあった。

「変な泥棒だと思ったんだよ。鉄なんてさばきにくいし、リスクも高い」

「返せる分は全部返したんだけどな、結局死罪だとよ」

「やっぱり代官屋敷はまずかったか」

「たぶん鉄のほうだろう。おまえは?」

 わー人聞き悪ーい。それじゃわたしまで犯罪者だよ。

 ま、ま、これまでの流れで、せっかく異国のお嬢様ワケアリふたり旅みたいな『わかりやすさ』で納得してくれているのに、余計なことを言う必要はないか。

「わたしは追放刑みたいなもんかな。カルタは一緒に来るって」

「お姉ちゃんひとりだと心配だからね」

 ありがとね。おかげで常に命の危機だよ。感謝してる。

「なにをやった」

「鉄なしで神様を追い返したら厄介払いされちゃった」

 ついさっきね。

「そりゃ無理もねえや」

 ダイテツの言葉に、護送の衛兵や役人も深々と頷いた。

 えっ、わたしが悪いの?

「言っておくが、代官屋敷も鉄の盗みも重罪だ。変な気を起こすなよ」

 と役人が訂正して、この話は終わった。


 まあ、おかげで退屈しないで街道を歩けたよ。

 昨日のあのぎらついた目も、大好きな金属を見つけて凝視していたのだと思うと、ちょっと気の毒に思えてくる。

 わたしはこの哀れな金属マニアに、ちょっとした贈り物をすることにした。

 隠しポケットから取り出したのは、大きめの硬貨。

 内側の円と外側の円で2色になった、500円硬貨だ。


「おー、すっげえ!! これでも塗ってないのか!」

 罪人は無邪気な歓声を上げて身を乗り出した。これから死にに行くとは思えない。

「でもどうするんだ? 俺は死ぬんだが」

「一緒に埋めてもらえばいいよ。おかみもそのくらいの慈悲はあるって」

 500円玉をくわえさせてやり、役人達にも宣言しておく。

「死罪人への施しがダメなら今言って。巫女の名において、死罪人ダイテツから命以外を奪う者はわたしが呪うよ」

「呪う、とはなんだ?」

 そこからか!

 こっちの人たちはファンタジックな世界の住人なのに妙に現実的で困るね。





 かなりの時間を歩いた末に、ようやく森が近づいてきた。

 カルタと出会った小山、その裾野を埋める森である。

「おい待て」

 役人から声がかかる。


「街まではこのまままっすぐですけど」

 わたしが登山のつもりで山そのものを見て言うと、役人は首を振った。

「山など論外。この森も山賊だけでは済まず化け物が出るらしいぞ。馬も怖がるんでな、我々は遠回りをする」

 役人は森を通る小道でさえなく、街道の続きを指さした。


「化け物ねえ」

 カルタを見ると、馬の首からぶら下がってビスケットを囓っているし、馬の方も迷惑そうにはしているが、怯えたところがない。他に化け物がいたら問題だ。

「ねえカルタ、お馬さんのどこが好き?」

「首のうしろー」

 うん。これはやってるな。


「森から行こうぜ」

 と罪人が言った。

「知り合いに首なんて晒したくねえ」

「馬鹿言うな。巻き添えは御免だ」

 罪人ご一行と別れたあと、わたしとカルタは森に踏み入った。


「ちょっと残念だったね」

「でも硬そうだった」

「んっ。そうじゃなくてさ、あんなに金属が好きなら、好きなだけ触らせてあげたいよね、って。減るもんじゃなし」

「ん~~~~」

 カルタは首どころか胴体までかしげてなにか考えていたが、そのうち考えるのをやめて森の奥へと進んでいった。

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