8.死属性の罪人と火属性のハムスター
それから少し後。
「少々お待ちくださいっ」
店先で応対してくれていた店員さんは、わたしが神社掃除お役立ち小物セットの和ばさみを渡すと、慌てて店の奥に引っ込んだ。
「んふふ、いい感触だねぇ」
「仕留めなくてもわかるの? お姉ちゃんすごい」
肉食獣らしいツッコミを飛ばすカルタをなで回しながら、わたしは自分の読みに満足していた。
ここは町の中心にほど近い、中規模ながらいかにも歴史と格式ある商店。
主に扱うのは布地であり、落ち着いたデザインと緻密な織りは、高級なスーツや儀仗隊の制服を思わせる。
一着作ってみたいけど、
チョーカーくらいの布地でもお小遣いが消し飛びそうだ。
あんまり見ているとボロが出そうなので、店の中は見ずに、自分とカルタの服を整えておく。
カルタの場合、毛並みなのかな……?
上に着てるブレザーなんか隙間に手が入るんだけど、どこで体と繋がってるんだろう?
そのうち店員さんが戻ってきて、和ばさみを返してくれる。
「お泊めすることはできます。けど、その……ここに居るとわからないのでは、お付きのかたが困るのでは?」
ん?
お付きのかたって、お嬢様のお世話やスケジュール管理をする、あのお付きのかた?
「あの、わたしたちは旅の姉妹で……」
「ええ、ここではそれで
笑顔で返された。
あ、ダメだ。これいいトコの家出娘とかそういうのだと思われてるわ。
こっちのお金もないし、治安の良さそうなところに泊めてもらおうと思っただけなんだけど、どうしてこうなった?
「ねえカルタ、どうしよっか」
カルタは上品に微笑んで答えた。
「お姉様が意地を張るなら、
うわ擬態レベル高い!
今のって、はねっ返りの姉に振り回されるよくできた妹の擬態だよね。
なんでぇ? さっきまで幼稚園児みたいなしゃべり方してたじゃない。
擬態といえば、カルタの制服もどきは生地も仕立てもちゃんとしているし、ブレザーのボタンは金属製だとすぐにわかるくらいキラキラしていた。
わたしは薄っぺらい装束姿だけど、腰に巻いたジャケットには金属の部分が多い。パッチン留めだって銀色だ。
もう言い逃れできないくらい完っ全にどこかのお嬢様では?
さっき渡した和ばさみも『身の証を立てようとした』と思われたのか。
今から『旅の姉妹設定』を組み直そうにも、自分からいいトコのお嬢様を自称したら、こっちの法律によっては命が危ない。
カルタだけでもいっぱいいっぱいなのに、そんなリスクは背負えないかなぁ。
わたしが迷っていたのは一分もないくらいだった。
よし、泊めてもらおう。こっちが否定しているのに相手が誤解しているんだから、罪にはならないはずだ。
「ご親切にも、旅の姉妹に――」
わたしの言葉にかぶるように、近くで太鼓が鳴った。
『死罪死罪、死罪であるぞ』
張り上げる声に、心臓がキュッとした。
だ、大丈夫だ、わたしのことじゃない。わたしはこれでも地元では『もうちょっと顔に出せ』とか言われるくらい、なに考えてるかわかりにくいらしいぞ。
カルタだって、表情はくるくる変わるけどハイレベルの擬態持ちだ。
落ち着いたフリで、声のするほうを振り返る。
『職人ダイテツ、たびたび代官屋敷に忍び入り、鉄を盗み出したゆえ死罪とする』
馬の上に縛り付けられた罪人を、数人の衛兵や役人っぽいひとたちが取り囲んで歩いてゆく。
罪人は、痩せて筋肉質の男だ。手枷がはまった手には火傷が目立ち、顔なども強烈な日焼けのようになっている。うなだれているけれど、健康そうだ。
金属を扱う職人かな?
だけど、それなら職場から盗む。代官屋敷はリスクが高すぎるよ。
罪人がわたしたちのほうを見る。
その目はただの泥棒には似つかわしくないくらいぎらついていた。
目が合った。
罪人が意味ありげに笑う。
『死罪死罪、死罪であるぞ』
そのぎらついた目も、うっすらのぞく歯も、罪人一行がわたしたちのそばを通り過ぎて、すぐに見えなくなった。
これから死にに行くってのに、なんだったんだ?
「お姉さ……お姉ちゃん、あれなに?」
「悪いことをして、死ぬことになった人間だって」
「硬そうだね」
ああ、うん、肉質ね。カルタの頭をわしゃわしゃ撫でて、ビスケットを食べさせておいた。サクサクかみ砕いてるけど、このビスケットも相当硬いよ。
それにしても、
「ずいぶん罪が重いですね」
店員さんに尋ねてみると、
「まあ、なにしろ暴れ川がありますから」
ここでも川を鎮めるために大量の金属を使うことを教えてくれる。
わたしもこれからは、もうちょっと金属に慎重にならないといけないだろう。
さっき儀式を見たことを伝えると
「あれが代官様ですよ。惜しみなく鉄や銅を投じてくださるのはありがたい限りで」
言いながら、わたしとカルタをひととおり見回した。
「差し障りなければ、私から代官屋敷に話をいたしますが」
今日の宿は決まった。
こんなはずじゃなかったのになぁ。
流れのままに代官屋敷につれられていく。
さすがに断りたかったのだけれど、あまりに『常識的な対応』っぽく申し出られると、怪しまれないために従うしかなかったのだ。
到着してからはスムーズだった。
すぐに代官屋敷に引き渡され、世話係を紹介された。
食事は麦か米かと問われて、米を選んだ。
お風呂はなかったけれど、足湯みたいな熱いお湯で体を拭くことはできた。
カルタが服を脱いだときは、ちょっと驚いたけど。
え、なにこれ、カルタの生皮? え……?
やめよう、深く考えちゃダメだ。
体が冷えないうちに布団に入る。
カルタも一度は自分の布団に入ったけれど、しばらくするとわたしの布団に潜り込んできた。
首筋に鼻先を押し当ててきたときは緊張したけれど、カルタはすぐに寝息を立て始めた。
死ぬのは今じゃないらしい。
そうか、保存食か。
妙な納得をすると、眠気がどんどん押し寄せてくる。
代官屋敷にまで連れてこられてどうなることかと思ったけれど、何事もなく過ぎそうだ。明日になったら丁寧にお礼を言って、また『二人旅』に戻ろう。
カチ、カチ……という音で目が覚めた。
炊事場が少し離れたところにあるから、朝食を作る音かと思ったけれど、朝というにはまだ暗い。
カルタを起こさないように布団を抜け出すと、夜明け前の青い光を頼りに渡り廊下を伝って、音の源を探す。
炊事場の中だ。
カチカチという音のたび、かすかな光がひらめく。
炊事場に入る。
音は地面から聞こえた。
わたしは装束の裾をたくし上げてしゃがみ込む。
音を頼りに
ひらめく光の中に、小動物のシルエット。
それは丸々としたネズミに似ながら、特徴的な長い尻尾がない。
暗がりの中、ぼんやりとしたまだら模様が見える。
いや、ぼんやりしているのは模様じゃないね。その動物自体が、なんだかぼんやりしていて、うっすら透けている。
暗さに目が慣れてくると、それが火打ち石のようなものを打ち合わせて光と音を出しているのがわかった。
こっちの世界のことはよくわからない。
だけど、まさか小動物が炊事場で働いたりはしないだろう。竃も調理器具も人間に合わせたサイズだからだ。
そういえば『そばうどん』の店の前でハムスターの彫り物を見たとき、ああいうのって自然の風景や神仏を彫るものじゃないのかと思っていたっけ。
竃に火をつけようとする小動物を見て直感する。
ハムスター、
その目的は、放火。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます