7.戦のお供に下町ビスケット
子供を追って入り組んだ道を通るうち、建物はすっかり低くなっていた。ほとんどが一階建てで、長屋も多い。それも、みんなどこかしらに問題を抱えている。表通りみたいに堂々と立派な建物は一軒もなかった。
その低い建物のあちこちから、現代の電線のように細い縄が張られて、ところどころに洗濯物が吊ってある。
行き交う人々の服装も、薄い着物一枚に使い古したサンダル的なものが多い。
そして、見つけた。
いくつかの家の軒先で、縄とか履き物とか、蔦の編み物や小型の木工品が作られている。
間口の広い家は奥が作業場になっていて、家具や建物の一部のような、もう少し大きい物を作っている。
世間話、作業の音、子供の笑い声。わたしたち『よそもの』が通るとしばらくだけ静かになる。
あふれる生活感。ほんのり疎外感。これぞ下町。
ここまで来たのは理由がある。
大通りには、作業場のようになにかを作る場所はなかった。
だからって、宿でお茶菓子まで作っているだろうか。文化が発達したこの町では、料理の大半をよそから調達していても不思議じゃない。駄菓子屋や出店もそれは同じだ。
だとすると、どこから?
古い時代の製造業は家業として、文字通り家でやっているところが多い。
だから子供を追いかければ、きっと使い慣れた道をたどってこういう下町に行き着くと思ったのだ。
それはうまくいった。
「聞いて、カルタ。追跡はここでおしまい」
「わかった」
問題はこっちだ。
素直に返事はするけれど、本当ならちゃんと追いつけるのにという不満がだだ漏れになっている。
というより、拗ねている。
きつく繋いでいた手を離して、わたしはカルタと向き合った。
なぐさめるようにカルタのほっぺたを両手で包む。
「失敗したわけじゃないよ。はじめての場所だから、道案内してもらったんだ」
「うん」
もちろん納得の返事じゃない。
うまくやったなら成果が得られる。――狩るか、飢えるか。
カルタはそうして生きてきたのだろうから。
そんなカルタが空腹をがまんして、狩り場にならない
わたしはカルタの唇を親指で押し上げながら、そのほっぺたをもにゅもにゅと揉んだ。
「わぅ?」
もにゅもにゅ。
はじめは首を振って離れようとしていたカルタも、しばらくすると抵抗をやめて、そのうちなにも考えていない顔でされるがままになっている。
最後に鼻先を軽くはじくと、カルタはびっくり顔で跳びのいた。
ほい、リフレッシュ完了。
賢いカルタに通じるか心配だったけれど、注射とかで拗ねたタローにはなだめすかすよりこっちのほうが効くのだ。
そういうわけだから、地元のひとたちも「なんだこいつら」みたいな目で見ないでほしい。
いや、観察はお互い様だから見るのはいいけど、露骨に目をそらすのをやめてほしい。そんな態度を取られると話しかけられないじゃないか。
しょうがない。
このあたりなら、歩いていればなにか見つかるはずだ。
「カルタ、行くよ」
「おいしいもの、あるかな?」
「今日はわかんないけど、いつかシフォンケーキ焼いたげるよ」
「わぁ! なんのお肉かなぁ!」
喋りながら歩いていると、空気に香ばしさが混じった。
甘くはないけど、焼き菓子みたいな匂い。
「カルタ、この匂いわかる?」
「さっきのおいしかったのに似てる」
「この匂いが出るところに行きたい」
カルタは頷くと、わたしの手を取った。
たどりついた場所は、下町としては大きな建物だった。
間口が普通の家の3軒分はあって、広い奥行きが全部作業場になっている。
香ばしさと熱気があふれ出るその場所では、10人近くが働いていた。
ここだ。
目当てのお店とはちょっと違ったけれど、やっと製造所を見つけた。
入り口の右側から、手洗い場、材料や秤、丈夫そうなこね台、薪置き。
一番奥にあるのが大窯。
大窯のある左奥から、長テーブル、足踏み送風機、藁束、木のトレイ。
つまり右側で作った生地を奥の大窯で焼き上げる。
窯から出てきた製品は左側の送風機で粗熱を取って藁紐を通す。
完成した物がこちら。
四角い固焼きビスケットである。
職人さんが、まだ熱いビスケットを慣れた手つきでまとめ上げ、1セット単位で藁紐を通す。
テーブルでタンタンと端を揃えては、ちょっと深みのある木のトレイに隙間なく敷き詰めていく。
かなり頑丈らしく、ビスケットの上にさらにトレイを積み重ねていった。
「あれ食べられそう?」
口の中がぱっさぱさになるのをがまんすれば、わたしはいけるはず。
問題はカルタのほう。
カルタは右、左と顔を振りながらあたりの匂いをかいで、
「おなかすいた」
よし、ここで試してみよう。
「こんにちはぁ、今いいですか」
声をかけるのはもちろん仕上げ工程の職人さんだ。
「さっきこの町についた旅の者なんですけどぉ、この子、おなか空かせちゃったみたいで、そのビスケット分けてもらえないかなー、なんて」
上目遣いでいきたいところだけれど、無理だなコレ。栄養が偏っているせいか、この町のひと、ほとんどがわたしより頭半個分は小さい。これで上目遣いなんてしたら、完全に不良が凄んでる図だよ。
せめて威圧的にならないように、営業スマイルで攻める。
職人さんは作業を続けながら、首だけでわたしたちを見渡した。
「こりゃ兵糧だぞ。確かに食い物だが、お嬢ちゃんの口に合うもんじゃないし、勝手に融通すると上がうるさい。わかるだろう?」
「ですよねぇ」
細かい事情はさっぱりだけど、一応頷いておく。
もちろんタダでくれるとは思ってないんだ。横流しの言い訳を考える気になるくらいの対価は必要だろう。
「でも困ったなぁ。妹はあんまりがまんづよい方じゃなくってぇ……」
袴の隠しポケットから、素早く二本指で中身を引きだす。
それを勿体ぶって差し出した。
職人さんはしばらく迷っていたけれど、
「こりゃ、銀か?」
ためらいがちに受け取ると、通りを照らす太陽に透かすように、遠ざけたり近づけたりする。
そのうち他の職人さんたちも集まってきて、
「混ぜ物があるな――」「どこのお屋敷――」「細工が――」「俺らだけじゃ――」
有識者会議である。
そのうち結論が出たようで、最初に話をした職人さんが、トレイをぐっと突き出してきた。
こういうとき、普通は取りやすいようにトレイを下に傾けるものだと思う。けれどこのトレイは上に傾いている。
つまり……
トレイごと? 本当に?
「親方には俺から言っておく。持ってってくれ」
10枚セットのかたまりが3列。それが7組くらいある。せっかくくれる気になっているとこ悪いんだけど、カルタとふたりで分けても、絶対に途中でうんざりしてくる。
「ふたつでじゅうぶんですよ」
「じゅうぶんですよ」
カルタもわたしのまねをして取ってきたので、ふたつとふたつ、4つになった。
全部で40枚。一日ではちょっと食べきれない量である。
100円玉一枚でこの威力。
思った通り、ここでは金属の価値が高い。
これなら泊まるところもなんとかなりそうだ。
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