5.水族館の隣に回転寿司欲しくない?

 カルタに案内してもらわないといけないような曲がりくねった獣道が、山の中腹辺りになるとわたしでも見分けがつくような細道に変わっていく。麓に降りる頃には土が剥き出しになった道が増え、平地ではとうとう車輪の跡まで現れ始めた。


 そのうち人とすれ違った。背の低い男の人で、余裕のある布を帯でまとめる、和服に似た格好をしていた。

 すぐに人通りが増えて、今ではわたしたち以外に何人もが同じ方向に歩いている。

 和装っぽい人が半分くらい。あとは、洋装っぽいの、民族衣装っぽいの、それから、明らかに人間じゃない裸に近い『ひと』もいる。


 時計なし。眼鏡なし。ついでに手軽な魔法っぽいものもなし。

 こりゃ快適な生活にはほど遠いなぁ……

 わたしがテンションをずんずん下げていく一方で、カルタは目を輝かせてあたりをキョロキョロ見回している。


「お姉ちゃん!」

 すれ違った親子の、女の子の方を指さして、満点の笑顔を見せた。

 うんうん、そうだね。

 水族館で魚の群れを見たら、ついつい『おいしそう』って言っちゃうよね。

「町についたら、なにかおいしいもの探そうね。ところでカルタって雑食?」

 タローがときどき納豆ごはんを貪っていたのを思い出す。わたしも何度かやられた。


「お肉が好き」

「だろうね」

 あるかなぁ、お肉。

 もしこのあたりが肉を食べる文化園でも、時計が普及していないような時代には冷蔵庫もない。

 すると今の時期に手に入りやすいのは塩漬け肉。獣であるカルタにはよくない。

 塩漬け肉のかわりに卵や魚が手に入るといいけれど、まあ、カルタとはお互い寿命を縮めあう仲だ。

 いっそ煮豆でも……


「でも、さっきのはおいしかった!」

「レーズンサンドも探してみようねー」

 パイや揚げパンみたいなのでもいいかな。町を歩くときは気をつけておこう。





 町を取り巻く壁は、すぐ近くで見ると山の上から見た印象よりも、ずいぶん高く見えた。

 つまり町自体も想像より大きく、立派な門の前には門番とは別に入門審査担当がふたりもいる。

 わたしたちも含めて、審査待ちが20人ほど列も作らずに待っていた。


「わたしが答えるからね。カルタは笑ってて」

「こーぉ?」

 にこにこもちもち。うん、そんな感じでお願いね。


 門番は槍ではなく長い木の棒を構え、審査担当は警棒くらいの長さの……石か。石の棒を腰に吊している。どちらも和服のようだけれど、防具の一種なのか、一般人とは違って硬そうな布地とシルエットだ。

 先に呼ばれた人の審査を聞いて、ちゃんと言葉が通じそうなことに安心する。


 カルタはさ、ブレザーのこともあって、わたしの記憶かなにかを使ってそうな雰囲気だからね。


 ほとんどの審査は2~3の質問で終わり、みんな何事もなく町に入っていった。

「次、そこの姉妹」

「はーい。旅の者ですぅ」

 わたしたちの順番がきた。


 質問、2~30はあったよ……


 カルタが怪しまれているのかと思ってドキドキしたけど、ほとんどの質問が、要約すると『変わった服装だな』になる。それが2~30。多くない?

 カルタの服は確かに変わっているけれど、わたしの服なんて腰に巻いたダウンジャケット以外は紅白の和装なんだけどなぁ。


 最後には、審査官の上司っぽい人まで出てきて、服の仕立てについて何度も訊かれた。

「長々とお引き留めしてすみません。どうぞお通りください」

 上司は感じのいい人だったから、普段はVIP担当なのかもしれない。

 誰かに似ていたのかな? 貴族の家出娘とかさ。





 やっと門をくぐったところで、大きな太鼓の音が4回鳴った。

 太鼓が鳴るたびにカルタがびくっと斜めになるのが面白い。人間の姿だと耳動かないもんね。

「お姉ちゃん、なにがいるの」

「あれはほとんど音だけだよ。暇があったら見に行こうね」

「おいしい?」

「皮ばっかり」


 太陽が真上にあるから、たぶん正午の時報だろう。


 お昼時かぁ。

 地元には気取らないパスタ屋さんがあったんだ。

 安いわりに気合の入った中華のテイクアウトも。

 普段は家か社務所で、残り物をオムレツっぽくしたりの再利用が多かったけどね。

 思い出したらおなかすいてきた。





 門からまっすぐ伸びるのが大通り、のはず。

 道の両側に建つのは、江戸時代っぽい木造の建物だけど、石を多く使っているせいかほんのり西洋っぽくも見える。


 二階建てで間口の広い建物がずーっと並んでいて、雰囲気は商店街によく似ていた。

 実際、店ごとに布だったり雑貨だったりが積み上げてある。見た感じ、わたしみたいな一般人が買い物するような小売りとは違って、よそからの買い付けやプロが素材を仕入れるための問屋、卸売りの雰囲気だ。


 町の賑わいを作るほとんどは見慣れた人間だけれど、そうでない者もあたりまえのように行き交っている。

 カエルの頭をした上品そうな『ひと』が、大きな蓮の葉を日傘に一人歩きをしている。薄いマントを羽織っているのは人間サイズの鳥で、かけ声と共に荷車を牽きはじめる。布を扱う店の前では、カピバラのような集団がそろばん片手に商談をしている。


 そんな雑多な人通りに、人食いの化け物カルタが加わった。

 とりあえず問題なさそうだ。


 人通りは、ターミナル駅の周りよりもずっと少なくて歩きやすい。

 だけどカルタにとってはそうじゃないみたいで、短いあいだにも何度か人にぶつかって、わたしがかわりに謝ることになった。


 だってお姉ちゃんだからね。

 お姉ちゃんじゃないけどね。


 興味深いのが宅配の集荷場みたいな建物がいくつもあること。

 町同士のやりとりが盛んらしく、その証拠に、いくつもの宿らしい建物の前では客引きが声を張り上げている。

 文化的には栄えているみたいだね。


「けっこう賑やかだねぇ」

「カルタいい子にするよ」

 そうだね、『生き物は襲わない』をちゃんと守ろうね。

 わたしとは違った意味で、カルタもまた町のあちこちを観察している。

 にこにこもちもちの隙間に食欲をたぎらせながらも、初めての町を楽しんでいるようだった。

 ものめずらしさがカルタの空腹を上回っているうちに、食べ物を手に入れてしまいたい。


 宿に泊まれば食事もついてくるのかもしれないけれど、門の近くには食べ物だけを扱っている店はないようで、どこを見ても宿、問屋、集荷場。あ、おいしそうな肉、と思ったら豚バラみたいに見える高級石材だった。

 いまのわたしにとってありがたくないことに、都市計画がしっかりしている。





 それでも念のため、店を覗きながら大通り沿いを歩いていると、一軒の店の奥に、鳥かハムスターのケージのような金属のかごを見つけた。

 そのときは何とも思わなかったんだけど、少しあとになって、急に違和感が襲ってきた。


「どこ行くのお姉ちゃん」

 つい駆け出すと、カルタがまだ慣れない二足歩行でついてくる。

 わたしは卸売りっぽい店のひとつをじっくりと観察してみる。

 次は宿。

 集荷場。

 それからもう一件、別の問屋。


 あー……

 釘、どこ?

 正確にはね、木の釘はあったんだよ。窓枠とか薄い板は木の釘で打ち付けてあった。

 だけど鉄の釘が、それどころか金属製品自体がどこにもない。

 屋根くらいは頑丈に作ってあるだろうと思って上を見たら、屋根は縄で建物の本体に縛り付けてある。

 井戸の滑車も木製だし、そういえば門番や審査官が使っていた武器も木製か石製。

 この分だと、時報に使う太鼓の皮を固定するのも木で済ませているんだろう。


 面白いなぁ。

 こういう『なぜ』に惹かれるのはもちろんお祖父ちゃんゆずりだ。

 文化的に栄えていて、製鉄や加工ができるにもかかわらず、町並みには完全に金属が見えない。

 しかも大っぴらにかごを置いてあったとおり、宗教的禁忌ってわけでもないのだ。


 どうやったらこんな縛りプレイみたいな町が生まれるのかなぁ、などと、成立しそうな条件について考えていると、背中にそこそこ重い衝撃があった。

「おねえちゃぁん?」

 カルタがわたしの背中に顔をうずめて、ほっぺたをこすりつけてくる。

 後ろにはカルタ、前には困惑したお店の人。

 そして背中にまた『ごん』。地味に痛い。


「いや、ごめんて。もう置き去りにしないから、ね?」

「んぅ」

 それ肯定? 否定?

 とりあえず手を繋いで歩くことで、カルタの機嫌は直ったみたいだった。

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