第7話

 ルヴィアナは本を片付けながらも頭の中で今後の予定を考えていた。

 「誰だ?そこにいるのは!」

 「ヒェッ!」


 本棚の向こうから現れたのは男性だった。

 窓の外は薄暗く明かりも持っていなかったルヴィアナには彼の顔がよく見えなかった。

 男が近付いてくると、彼は明かりのついたランプを持っていて、そのランプをかざしたせいで彼の顔が光の中に浮かび上がった。

 「きゃーだ、誰。もしかして…あゎゎゎ幽霊?」

 恐いって、顔を下から照らすのはやめて…


 「何だ女か。それにしても失礼な。誰が幽霊だ。ちゃんと脚はある。ほらよく見ろ!」

 「ほんと…良かった…」

 ルヴィアナは驚き過ぎてその場にへなへな座り込んでしまった。

 「おい、大丈夫か?」

 男が近付いて来てルヴィアナの目の前に顔が見えた。



 杏奈の目が点になる。いやここはルヴィアナだけど。

 その男性はロッキーと同じ瞳の色と髪の色をしていた。美しい金色の瞳と銀色の髪を…

 「ロ、ロ、ロ…」どうして嘘。ロッキーがここにいるはずない。そんなことわかってるから、この人のどこがロッキーなんだ?

 でも、でも…あの宝石のような琥珀色の瞳、凛々しい眉もどことなく似ているし、銀色の髪までも。

 ルヴィアナは胸の奥がギュッと痛んだ。


 「ああ、僕はランフォード。ランフォード・フォン・シャドドゥールだ。怪しいものではない。あなたは?」


 やっぱりそうだ。ロッキーのはずがない。そんな事はわかっている。

 しっかりしなきゃ。ルヴィアナは深呼吸すると名前を名乗った。

 「失礼しました。私はルヴィアナ・ド・クーベリーシェと申します。調べ物をしていたらつい遅くなってしまって、驚かせてしまって本当に申し訳ございません」

 ご令嬢らしさ完璧!



 「そうでしたか。でももう暗くなります。僕が屋敷までお送りしましょうか?」

 「ありがとうございます。ですが、きっと王宮に連れが待っていると思いますので…」

 待ってるはずよね?ディミトリー殿下…私を置いて帰ってないよね?だって一応婚約者だよ。

 「では、そこまで一緒に行きましょうか」

 「はい、ありがとうございます」

 ルヴィアナは彼に手を握ってもらって立ち上がった。



 記憶の中でシャドドゥール公爵の事を思い出す。確か両親を亡くされて爵位を継いでいて、えっと…婚約者がいたような、いえ、妹だったか…まあそんな事はどうでもいいか。

 とにかく端整なお顔立ちでどちらかと言えばワイルド系な感じ。

 女性にはもちろん人気があるが、当人はそんな事にはちっとも目もくれないで仕事に打ち込んでいるとか、それに王直属の騎士隊の隊長で魔獣征伐にも出向かれるとか聞いた気がする。

 と記憶がそう教えてくれた。

 でも、どことなく冷たい感じもする。それに陰湿な方だとうわさでは聞いた気がするが…

 目の前の男性はとても優しくエスコートを買って出てくれた。

 やっぱり噂っていい加減だわ。

 って言うか。これがこの世界の常識って事かも…誰でも令嬢には紳士的な態度なのかも…



 一階に下りてディミトリー殿下の執務室のドアをノックする。

 返事がない。

 あれ?もしかして私置いてけぼりなのかしら?

 「失礼します」

 恐る恐るドアを開ける。と…ディミトリー殿下はいらっしゃった。

 その隣にはきっとどこかのご令嬢だろう風の方がいて、ご令嬢が積極的に彼の手を取っているのか彼の方からご令嬢を引き寄せたのかはわからなかったが、ふたりは確かに手を取り合っていた。



 何よこれ!婚約者がいながら私の目を盗んではこのような真似ばかり…

 プッチン!


 ルヴィアナの感情が切れた。

 「こんな遅くにこのようなところで何をなさってるんですの?ディミトリー殿下あんまりじゃありません?わたくしという婚約者がありながら…わたくし図書室に行きますと秘書官に言っておいたはずです。なのに殿下は迎えにも来て下さらなかった。おまけにこのようなはしたない真似をされているとは…」

 「何を勘違いしているんだルヴィアナ。彼女とは何でもない。ただ少し…その…仕事の事で聞きたいことがあって引き留めただけで」

 「あら、引き留めるのに手を取り合うんですの?わたくしなどこの数か月手を握ってもらったこともありませんのに…もう結構です。どうせ私たちの結婚は政略結婚でお互い何の感情もないのですからこのさい婚約はとりやめるべきですわ。どうぞ殿下のご自由になされば。失礼します」

 ルヴィアナの言葉はまるで機関銃のようにばらまかれた。



 ルヴィアナの本心はディミトリー殿下に振り向いて欲しくて仕方がないのだが…

 杏奈はそうは思わなかった。

 こんな人と結婚するなんて…ばかげてる。

 今日いきなりこの世界に転生したばかりだが、これからはルヴィアナとして生きて行かねばならない。

 だとすれば、この結婚を取りやめたいと思った。こんな愛もない結婚をして虚しい人生を送るのは嫌だ。

 そう思ってしまった。

 むしろ結婚するなら、さっき知り合ったシャドドゥール公爵の方がまだいいのではないかとも…






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