第6話


 遠巻きに人だかりをやり過ごして昼食を食べるとディミトリー殿下の執務室に出向いた。

 「失礼します。殿下のお手伝いに来ました」

 「ああ、これはクーベリーシェ嬢、お待ちしていました。早速ですが今日はこれをお願いします」

 ばさりと大量の書類がデスクの上に置かれた。

 私はいつもここに座っているんでしょうね。それに秘書官のローラン様も手慣れた様子でやるべき仕事を次々に置いて行く。

 「あの…まさかこれを今日中というわけではないですよね?」

 見たこともないように用紙が積み上げられて…

 「何をおっしゃっているんです?いつもこれくらい朝飯前だとおっしゃってるじゃないですか」

 これは…新手のいじめか?自分が通っていた学校でもこんな嫌がらせをする生徒がいた気がしたが、これほどまでは…



 でも、ルヴィアナはいつもこれをこなしているとしたら、ここで引き下がるわけにはいかない!

 でも本当に素直にルヴィアナがこんな仕事を…

 私は事情がよく呑み込めないまま返事をした。

 「ええ、そうでしたわ。ではさっそく」

 ルヴィアナは片っ端から書類を見ては片付けて行く。

 陳情書。教会への寄付のお願い。伯爵家の結婚式の招待状からどこかしら主催のオペラの招待状。それに剣術大会の出席の依頼までも…


 ああ…やってられないから。


 って思った瞬間ルヴィアナの学生時代の頃の記憶が蘇る。

 ディミトリー殿下と婚約が決まってもまだその時は10歳だったので、しばらくは家族と一緒の付き合い程度で顔を合わせても挨拶をして一緒に遊んだりする関係だった。

 王立学園でも建物が違うしそこまで彼を意識してもいなかった。

 でも王立学園の高等部になるとやっとディミトリー殿下と同じ建物になり、思春期ということもあり彼を男性として意識するようになった。



 そしてやり始めたのが朝一番に彼に挨拶に行くこと。

 ルヴィアナはそれまで知らなかった。

 教室という神聖な場所にもかかわらず他のご令嬢がディミトリー殿下の腕にべったりと張り付いている事や肌を摺り寄せ彼の耳元で何かささやいていたりする事、何人ものご令嬢に囲まれて彼女たちが黄色い声を上げている事などを。

 そのせいでこのままでは彼を取られてしまうのではないかと心配になる。

 だって私は婚約者ですもの。

 そしてディミトリー殿下に近づく者にはわざと意地悪をしたりありもしない噂をばらまいたりして排除するという手段に出た。

 おかげでルヴィアナは女子生徒から嫌われて誰も口を利かなくなった。


 ディミトリー殿下もいけないんです。だって私という婚約者がありながら他の女性と馴れ馴れしい態度をとるなんて!

 ルヴィアナは嫉妬に苦しんだ。

 自分が婚約者という肩書だけでなくディミトリー殿下をものすごく慕っていると気づいたのもこの頃だった。

 彼が他のご令嬢たちと仲良くして楽しそうな顔をするのがすごく嫌だったのだ。 

 でもそんなことをやめて欲しいなんて殿下に言う事はプライドが許せないのだった。


 そして彼が卒業して王宮での執務に当たるようになると、王妃教育として王宮に上がった時に必ず彼の執務室を訪れる事にした。

 とにかく彼に他の女性と一緒にいて欲しくなかった。

 でもディミトリー殿下に会いに行くたびに、面会に来られたご令嬢や若い文官に言い寄られているのを見かけた。

 ルヴィアナは、もう手あたり次第そんな女性に噛みついた。もちろん彼の前ではない。

 そんな事が続くとディミトリー殿下にも話が伝わっていて、「ルヴィアナここに来る女性をあまり怯えさせるな。これは仕事だ」というお小言を賜った。

 あの時の私はただただ殿下に誤ったのだが…

 だが時はすでに遅かった。ルヴィアナがやきもちを焼いてすぐに女性に噛みつくらしいという噂は王宮内に広まっていた。

 はぁぁ、ディミトリー殿下ごめんなさい。あなたに同情します。


 その結果。彼の書類仕事を手伝うことになった。彼はその間に別室で面会や陳情に来た人たちの仕事をするらしい。

 はぁぁ、これもあれも全部ルヴィアナあなたのせいよ。

 どうするのよ。こんなにたくさんの書類…

 ああ…もぉぉぉ!



 この書類は何?

 「えぇぇぇ!アバルキア国から特使が来るって?その接待をする手筈を整えるようにと…」

 思わず言葉に出して読んでしまった。



 秘書官にその書類を持っていく。

「違う書類が入ってましたわ」

 「はい?クーベリーシェ嬢、これはもちろんあなたにお願いします。アバルキアの特使は女性のようですし特使が好みそうなものやお部屋への配慮もお忘れなくお願いします。あっ、それから適当に視察出来そうなところを見繕っておいて下さい」

 「そんなことまで?」

 「何か?いつもの事でしょう。決めて頂ければ手配はこちらでやりますので、ではお願いします」

 「…」

 ルヴィアナはすごすごデスクに戻る。

 アバルキアってあの南にある大国だ。でもあの国の事何も知らない…

 どうしよう……

 ルヴィアナは大量の書類仕事を終えるとひとり王宮にある図書室に向かった。

 もちろん秘書官には伝えておいた。ディミトリー殿下に伝えて欲しいと。



 もう…どうして特使の接待の準備が私に…

 でも、そういえば王妃様は半年ほど前からはやり病にかかられて、その後容体がすぐれないと聞いたことを思い出す。

 王族には前国王の弟のシャドドゥール家があるけどご両親はすでに亡くなられていて息子だけらしく、国王の妹のオディールはベニバル国に嫁いだから王族で女性は婚約者の私だけらしい…

 何をどうするかは私が決めなきゃいけないって事なのね。指示を出して支度は侍女たちに任せるにしても‥

 もうルヴィアナがしっかり王妃教育を受けていないからよ!

 でも今更それを言っても仕方のないことで…



 王宮内の図書室でアバルキア国の事について調べる。

 アバルキア国はレントワール国の南側に広がる大国で、海に面していて他の大陸との交易もさかんで強大な国らしい。

 魔獣に苦しんでいる3国と違い魔獣の心配もないのだ。

 自国では広大な敷地を行かした穀物作りや鉱山資源も豊富にあるらしく他国を頼らなくても充分やって行けるのが強みだ。

 この国のご機嫌を損ねたら大変なことになるだろう。

 でも、そんな国がこのレントワール国に何の用なの?

 でもそんな事は私にはあまり関係のないことで、とにかく特使に満足してもらえることだけ考えればいいわよ。



 一生懸命に本を読み漁っていたせいで、外が暗くなっていることに気づかなかった。

 ご令嬢たるもの夜遅くまで野外で過ごすなどもってのほかで…



 いけない。今何時かしら?もう誰も呼びにも来てくれないなんて…

 ルヴィアナあなた一体どれだけ嫌れてるのよ。嫌われ過ぎでしょ!

 それにディミトリー殿下も殿下よ。執務室に戻れば私が図書室に行った事が分かるはずなのに、探してにも来てもらえないなんて…

 ああ、あなた完全に嫌われてるねルヴィアナ。



 ルヴィアナはもう帰らなければと散らかした本を片付け始めた。

 取りあえず明日もてなしに使えそうなお茶菓子を街の店で探してみようと決めた。

 後はお部屋の備品などの調整も必要だろうな。

 相手は大国の特使、ぜいたくなものには慣れているだろうしきっと大抵の事は経験済みよね。

 レントワール国でしかないものを使った方がきっと喜ばれるだろう。

 宝石なんかどう?そうだ宝石ならどの国にも負けないんじゃ…それに魔石を使えば滝みたいな空間も作れる?それともお風呂の湯をボコボコ沸かしたりするとか、癒しの空間を演出してみるのもいいかも…

 ちなみに日本人ならホストでもはべらせて…

 違うでしょ!



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