第3話


 廊下はつやつやに磨き込まれ、壁には大きな肖像画がかけられて左右の扉はどれも大きく重厚なものでしつらえてある。

 一歩踏み出すたびにやっぱり引き返そうかと弱気になる。

 ううん、とにかくルヴィアナの生活がどんなものか知りたい。だってもうどうしようもないんだから…

 郷に入れば郷に従えってやつよ!

 投げやりなのか前向きなのかよくわからないそんな気持ちが何とか杏奈を奮い立たせた。



 回廊のような廊下の下には金色の柵で輝く螺旋の階段が目の前に広がっている。

 今までの杏奈だったら階段など駆け下りたはずだが、今回ばかりはおどおどしながら階段を下りる。

 目の前には大きなシャンデリアが高窓からの陽の光を浴びて輝きを放っていて。

 眩しい…

 これ本当に現実なの?やっぱり今も信じられないけど…

 心臓はこれでもかというくらい大きく脈打つ。


 「ルヴィアナ?顔色が悪い、大丈夫なのか?」

 ちょうどその時そう声を掛けて来られたのは、確か…お父様ですよね。

 少し顔が引きつった気がするが。


 先ほど蘇った記憶によると…

 この人は実の父親ではなく母親の再婚相手だったはずで。

 実の父親は7年前に病気でなくなったらしい。もっとも父親はルヴィアナが産まれるころに落馬事故で半身麻痺になっていたらしいが。

 そして母親は6年前にクーベリーシェ領内の炭鉱の鉄鉱石などを運ぶ際の監督官をしていた、元騎士隊長、男爵位を持っていたヘンリーと言う人と再婚したらしい。

 ヘンリー・イゴール男爵。

 おまけに母親はすでに妊娠していて生まれたのがリチャードだ。

 でも5歳になるリチャードは生まれた時からすごく可愛くてたまらないと思う感情が沸き上がった。


 海馬からの情報をもとにルヴィアナは一度深呼吸すると父に笑顔を向けた。

 「おはようございますお父様」

 すごいぞわたし、お父様ってすんなり言葉が出て来た。

 「ああ、お、おはよう。ミシェルから聞いた。気分が悪いなら休んでいなさい」

 父の反応がいまいちおかしい。

 あれ?何かおかしなことを言ったのだろうか?

 「あの、いえ、わたくしやはり王宮に行こうかと思っておりますから」

 何?勝手にお嬢様言葉が出てくるじゃない。良かったじゃない。これならこの世界で何の心配もないわ。

 などと独りごちる。


 「そ、そうか、大丈夫なのか?」

 「はい、すっかり良くなったみたいで…」

 「ではミシェルを呼んで来よう。それにその格好で行くつもりではないんだろう?」

 「えっ?…」

 あっ、そうか。王宮に行くんだもの。ドレスを着て髪も…着ているのは一番ゆったりとしたワンピースだったから。

 「は、はい、もちろんですお父様、でも先に朝食をと…」

 「ああ、しっかり食べて行きなさい。でもまだ無理は禁物だぞルヴィアナ」

 「はい、お父様ありがとうございます」

 私はまたにっこりと笑って答える。


 「ミシェル、来てくれ!ルヴィアナが変だ」

 お父様わたし何か間違ってました?

 父の慌てぶりに額から汗が…


 って私何かしました?


 お母様が急いで階段のところに来た。

 「まあ、ルヴィアナお部屋で寝てなくていいのですか?」

 「ええ…出来ればその…王宮に行った方がいいかと」

 「でも無理は禁物ですよ。それにヘンリーどうしたのですか?」

 「ルヴィアナが私をお父様とそれに微笑んでくれたんだ。おまけにありがとうって…やっと私の事を…」

 父親はもはや涙ぐんでさえいた。

 「まあ、ルヴィアナ。あなたやっとヘンリーをお父様って呼んでくれたのね。ああ…ルヴィアナもやっと私たちの事を認めてくれたって事ね。うれしいわ」


 えっ?それはどういう事で…父親との仲が悪かったって事?まあ、出来ちゃった婚だし、自分の父親が本当の父としか思えないわよね。

 でもこうなったらもうこのまま進むしかない。

 それにこれから仲良く暮らして行った方がいいし…


 「お母様、私、今までお父様にひどいことをしてましたわ。これからはきちんとお父様ってお呼びしますから心配しないで下さい」

 「もう、ルヴィアナったら、可愛いですわ。でも、もう大丈夫なのですか?もし王宮に行くにしてもとにかく何か食べないとさあダイニングに行って朝食を用意するよう頼みましょうね」

 「はい、そうします。お母様わたし大丈夫ですから今日王宮に行かせてください」

 「まあ、ルヴィアナったら…いいですわよ。では朝食を済ませたらマーサに支度をさせましょうね」

 「はい、お母様」

 はぁぁぁ…メイド喫茶にでも来た気分。

 いらっしゃいませ、ご主人様って言ってしまいそうな自分を何とか抑え込む。



 それから朝食を済ませてマーサにドレスを着せてもらう。

 ラノベで読んでいたけど、コルセットというものがこれほど締め付けるものだとは知らなかった。

 これじゃ、昼ご飯は食べれないかも、まってお手洗いはどうやってすればいいんだろう?

 あっ、だから飲み物もほとんど飲まず食べるもの取ることもままならないからこんなドレスが着れるんだ。


 「お嬢様すごくお似合いです。今日もディミトリー殿下のところに行かれるのでしょう?きっと喜ばれますよ」

 「マーサ、髪はどうすればいいかしら?」

 「そうですね、今日の予定は午前中はお勉強だったはずですので、髪は結っておいた方がよろしいかと」

 「そう、ではお願いするわ。他にも曜日によっていろいろ習い事があったのよね?」

 「はい、お嬢様がお持ちの手帳に詳しく書かれていたはずですが…やはり連日王宮でのお稽古や殿下のお手伝いでお疲れなのでは?それにそろそろお式の支度もありますし…」

 「ううん、大丈夫よ。勉強は得意だし、午後は殿下にお会いできると嬉しいんだけど」

 「そうですね。殿下の執務室をお尋ねになればきっと殿下も喜ばれますわ」

 マーサはそれはそれは心地良いほどに話を合わせながら髪を結い上げてくれた。

 マーサはルヴィアナとあまり年が離れていないので話もしやすかった。



 ほとんど支度が終わったころドアはノックされた。

 「マーサ。ルヴィアナのお支度は出来ましたの?」

 お母様が入って来た。

 「まあ、素晴らしいわルヴィアナ。今日は一段と美しいわ。この淡いグラデーションのドレスはなかなかいいですわね」

 「そう思われますお母様。でも何だかスカート部分のひだが多くて歩きにくいんですけれど…」

 「まあ、そのドレープが美しいんじゃありませんの。とても似合ってます心配しないで、さあ、もうすぐお迎えの馬車が着くころですわ。お待たせしては申し訳ありませんよ。下に下りて待ちましょうか」

 「はい、お母様」ってこれほんとに歩けるの?階段なんか下りれる?まさかエレベーターとかないわよね。


 ドレスは結構重量もありかさばるドレープが脚を乱すたびにこすれてカサカサ音を立てる。

 パンプスも履きなれていないし、一歩踏む出すたびに冷や汗が出そう。



 何とかマーサに手伝ってもらって下に下りたと思う間もなく馬車が付いたとの知らせ。

 はい、「では行ってまいります。お母様」ギギギと音がするみたいに頭を下げて挨拶をする。

 「お姉さま行ってらっしゃい」可愛い声が聞こえたと思ったら、金色の髪にブルーの瞳の可愛い男の子が走って来た。

 あっ、この子がウィリアムね。超、可愛いじゃない。

 「ウィリアム行ってきます。帰ったら一緒に遊びましょうね」

 「うん、お姉さまお約束して」

 「ええ、もちろんです。お約束」


 ルヴィアナはその場でかがんでウィリアムと指切りをする。

 かっわいい。こんな弟が欲しかったんだ。

 よし帰ったらお姉ちゃんがいっぱい遊んであげる。

 ギシギシに緊張していた脳が少しほころんで束の間のリラックスが出来た。

 ルヴィアナは迎えの馬車に乗ると王宮を目指した。

 王都であるシュターツには、公爵邸や伯爵邸などが王宮の近くにあるのが普通で馬車に乗れば10分ほどの距離だった。




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