第4話
馬車はすぐに王宮の周りにある城壁に沿って進み、大きな金色の門を向けた。お堀を通り過ぎて大きな木の茂みを通り抜けると、淡いグレーのお城が見えて来た。
あれが王宮…お、大きい。想像をはるかに超えた王宮はいくつもの尖塔がありアーチ型の窓がたくさん見えた。
まるで、あの小さなブロックを重ねて作るお城の世界みたい。
だってこんなお城見たこともなかったから…
入り口までは、オークの木の並木道になっていてその間を馬車が走り抜けて行く。
緊張はさらに膨れ上がって行き…
ああ、やばい。これだけでもさっき食べた朝食が戻って来そう。
ルヴィアナは大きく深呼吸をする。
やっと入り口に到着すると、御者が降りて来て下りるために手を取ってくれた。
「ありがとうございます」
ルヴィアナはお礼を言って城の中に入って行く。
振り返るともうすでに馬車は走り去っていた。
表には迎えの人もなく、さてどこに行けばいいのだろう?
警備の為に立っている近衛兵の人がルヴィアナを見て会釈した。
あっ、私っていつも見てる顔なんだ。
そうとなるとなおさら聞けない。
入り口を目指して歩き始めると…
あれ?このお城は入り口が一つじゃないの?
敷き詰められた石畳は、中央に真っ直ぐ伸びて大きな扉の前に続いていた。
だが左右にもらせん状に階段があって入り口の上にもさらに扉があるのだ。
はて?ルヴィアナ。あなたどの扉から入っていたの?
頭を抱えようとした時ふっと進む道が思い浮かんだ。あっ、これ上の扉だわ。
ルヴィアナは近衛兵の視線を感じて、脚を踏ん張って背すじをシャキッと伸ばす、そしてその石畳を進み階段を上がって行く。
きっと今日は帰ったら脚が筋肉痛で痛いだろうと思いながら扉を開けて中に入った。
大きなホールに出迎えられまたしても躊躇してしまう。おずおずと進んで廊下を進む。床は薄いグレーと白のツートンのお決まりの大理石。
もう大理石が高級なものとは思えなくなりそう…
そして一つの扉の前で立ち止まる。
何だかこの部屋の気がすると頭の中でこの部屋だと知らせてくる。
ああ、やっぱりそうだわ。ここがいつもルヴィアナが王妃教育を受けている部屋みたい。
「失礼します」
ノックをして声を掛けると返事があった。
女性がドアを開けてくれた。
「おはようございます。クーベリーシェ嬢。具合が悪かったと聞きました。お加減はいかがですか?」
「お、おはようございます。モントレー先生。ありがとうございます。もうすっかり良くなりました」
この人がモントレー先生?言葉が勝手に飛び出したがどうやら正解だったらしい。
先生はさっさとデスクに向かって言うと向かいの椅子に座った。デスクの上には何冊かの本もある。
そう言えば言葉…わかるし話せるわ。
これって何語なのかもわからないが困ることはなさそうで安心する。
早速、先生からレントワール国の歴史のついてというか主に王族関連の話が始まる。
レントワール国は今から950年ほど前に建国した国で、代々魔源の力を強く持っていた人たちが王となって来たらしい。
その人たちが次々に婚姻を重ねることによって王族には魔源の力を持つ人間が生まれるようになったらしい。
ここ5代はずっとロンドワール一族が王位を継いできていて次期国王はディミトリーにと決まっている。
次に魔源の力が多いのが三大公爵家と言われているシャドドゥール家、ガスティーヌ家、ダンルモア家と続いて行くらしい。
シャドドゥール家は前国王の弟の家で、ガスティーヌ家とダンルモア家はそれより前の王家の血筋の人だ。
ルヴィアナのクーベリーシェ家は伯爵家で、母親がガスティーヌ家の出身で魔源の力を持っている。
ルヴィアナ自身も魔源の力は大きいらしい。
魔源の力はほとんど瞳の色で判断されることが多いらしい。
ミシェルもアメジスト色でルヴィアナもそれを引き継いで同じアメジスト色だからだ。
一般的に金色こはくが一番魔源の力が強いとされ、次に赤紫アメジスト濃い青ラピスラズリと続くらしい。
ディミトリーとの婚約は彼の父親の現国王から立っての要請だったらしい。
それは国王ニコライがまだ王太子で、その数人いた婚約者候補の中でもルヴィアナの母親ミシェルが一番再有力候補だった。国王の承認も経て発表はされていなかったがすでにミシェルに決まっていた。
だが、急きょ国内情勢の問題でどうしても隣国のカルバロス国と婚姻関係を結ばなければならなくなる。
カルバロス国はレントワール国の北東にあって広大な牧草地帯を有していて主に毛織物が盛んな国だった。
そのためニコライはやむなくミシェルとの婚約を取りやめたということがあり、ガスティーヌ家からは次の結婚は必ずと頼まれていたのだった。
そんな訳でディミトリーとルヴィアナの結婚話は早くから打診されていたのだった。
そこまでの話でルヴィアナの気持ちもはっきり思い出した。
お互い国や貴族同士でも結婚はこの世界では珍しい事でもなく当たり前のことでルヴィアナもそのことを不満に思ってはいないらしかった。
むしろプライドの高くわがままなルヴィアナにとっては王太子の婚約者という肩書はとてもうれしいことだったらしい。
そしてルヴィアナ自身もディミトリー殿下が好きなことも。
ただルヴィアナの場合プライドが高いので、他の女性と同等に扱われることは我慢できなかったらしい。
それにしてもいきなりこんな世界に転生したと思ったら、まるでシンデレラみたいな気分だわ。
杏奈はそんな事を思いながらも先生こんな話をするのは日本だったら完全に個人情報保護法違反になるのでは…などと思っていた。
先生はその後も北西にあるベニバル国の話を始める。
この国は陶器も有名だが、何より穀物の生産が多くレントワール国もたくさんの小麦などを仕入れている事や、現国王の妹の嫁ぎ先だという事も。
それにわがレントワール国は鉄鉱石がたくさん在り、それに魔源を封じて魔石を作っている話。
魔源を持っているのは貴族だけで、それは貴重な存在だという話になり魔石の生成に携わるとも。
”へぇ、そうなんだ。モントレー先生の話すごく役に立ちます。”と思いながらルヴィアナは彼女の話に耳を傾けた。
魔石の原料には金や鉄、銅、白金やラピスラズリ、ダイアモンド、スピネルなどの天然石も使うらしい。この国では鉱石がたくさん採れるので、それぞれの用途に合わせて魔石を加工するのだ。
その魔石の原料は、北の国境の山のふもとに多くありその山の向こうには魔族の生息している地帯がある。
魔族は普段は人型の姿をしているが興奮すると魔獣に変化するので厄介らしい。特にここ最近は天候が不順な年があり魔族も食糧危機に瀕しているらしく、そのせいで国境の街や人里にたびたび魔獣が出没しているらしい。
魔獣は攻撃的で人を襲うこともあると…
嘘…日本ではテレビや映画でしか見たことのない怪獣みたいなものなのかな?恐い。そんなものがいるなんて…
と思っていると、国の北、国境を超えると魔族の森があってそこには昔から魔族が住んでいるらしい、ほとんど人間のいるところには現れたりしないが繁殖期や食料がなくなると人間の里を襲ったりすることもある。
まるでテロップが流れるみたいにルヴィアナのつたない記憶が教えてくれた。
もう…もっと確実な情報はないの?魔獣ってどんなものなのよ!
ルヴィアナあなたってひとは!
と思っているとさらにモントレー先生が話の続きを…
魔石は剣にも使われるし日常生活にも役に立っている。
剣にはめ込まれると、破壊力がアップする。風を起こしたり、炎や稲妻を引き寄せたりも出来るらしいがそれはかなり魔源の力を持っている人間に限られる。
他にも魔石は生活にための火起こしに使われたり、水の取水口、暖炉の火力を上げたりなど日常的に使われるらしい。
じゃあ、魔石って武器にもなるし燃料にもなるって事?
すごく便利じゃない。
あっ、でもよく小説なんかである治癒魔法とか転移魔法なんかはないんだ。
これだけ魔源の力があるならそっちにも使えるんじゃないかな?
そんな事を思うが、あれは空想の世界の話だ。
「さあ、クーベリーシェ嬢取りあえずこれで一通りの勉強は終わりです。結婚式もあと3か月後に迫ってきましたからこれからはいろいろお忙しくなられると伺いましたので。また何かあればいつでも私を訪ねて下さい。あなたにはまだまだ覚えて頂けなければならないことが山ほど残ってますけど…まあ、あなたが殿下のお妃として立派に務めを果たすのを楽しみにしています」
えっ?もう終わりなの?
「先生もう終わりですの?」
「あら?いつもは私の話など興味もなかったのでは?」
「いえ、すごくためになりましたわ。結婚式は半年後なんですね。また何かあったらお力になってもらえますか?」
「えっ?…も、もちろんです。いつでも頼って頂いて構いません」
モントレー先生が驚きの顔をする。
ルヴィアナ。あなた勉強にはほとんど興味がなかったらしいですね。
脳内を探るが、今聞いた以外の国の情報はほとんどなさそうです。ほんとになーんにも覚えてなさそう。
「クーベリーシェ嬢、今日は今から殿下の所に行かれるのですか?それにしてはお荷物がなさそうですが…」
ルヴィアナはいつもどのようなことをしていたの?
「ええ、殿下の所に…」
「お昼はお持ちになっていらっしゃらないんですか?いつもは殿下の昼食を持たれて私の授業が終わると急いで殿下のところに行かれるじゃありませんか。ああ、それとも今日は他の御用で?」
ああ、そうなんだ。殿下の昼食を用意してお昼はご一緒に食べるのか。まっ、婚約者だからそれくらいは…
「ええ、そうでしたわ。でも今日は少し支度が遅くなったもので…あの、モントレー先生、ランチはどちらでとればいいのでしょうか?」
別に今日昼食をもっていかなくってもディミトリー殿下は困らないわよね。記憶に寄ればいつも押しかけている感じだし…
それより私は他の場所も見たいし…
「ランチでしたらこの階に食堂がありますけど、でもいつもあのようなところは嫌だと…」
「いえ、構いませんわ。お腹が満たされればどこでも同じですもの。おほほ…」
モントレー先生が怪訝そうな顔をされた。
ルヴィアナはモントレー先生にお礼を言ってその場を素早く立ち去る。
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