イースター
@d-van69
イースター
麗らかな春のある日、山の中を一匹のウサギが歩いておりました。
彼は仲のよい翁から、手を負傷したとの知らせを受け、薬を届けるためにその家に向かうところでした。
そこへ、行く手にひょっこりと子タヌキが現れたのです。
「やあ、ウサギさんじゃないですか。ちょうどいいところで出会った」
見知らぬ小さなタヌキは馴れ馴れしくウサギに歩み寄りました。
「ご存知ですか?西洋には復活祭という行事があることを」
「ふっかつさい?」
首をひねるウサギに子タヌキは自慢げに語り始めます。
「一度死んだ神様が生き返った日を祝うお祭りだそうですよ。その象徴がなんと、ウサギと卵なんですって。一説にはウサギは神様の使いで、卵は生命の始まりや復活を表しているのだとか。その二つが合わさって、その日にはある遊びが行われるのだそうですよ。これをぜひともウサギであるあなたにやってもらいたいのです」
「遊び……ね」
そこでタヌキは短い両手をいっぱいに広げました。
「ついさっき僕はこのあたりに幾つかの卵を隠しました。それらを見つけられますか?見つけた卵はあなたのものになりますから」
「それが、その遊びなのか?」
「はい。実際には大人たちがお菓子を中に入れた卵を庭のあちこちに隠すんです。それを子供たちが探して、みつければその中のお菓子をもらえるという遊びです。ちなみに卵はウサギが隠した、という設定で行われます」
「ああ、だから私にやれというのか。それなら隠すのは君ではなく、私のほうが適役では?」
「いやいや、ウサギさんは今この遊びを知ったばかりじゃないですか。まずは子供の立場で体験してみないと」
「ふむ。なるほど……」
肯いたウサギの視線はすでに卵を探して右へ左へ動いていました。
やがて草むらの陰に置かれた卵を見つけました。あったぞといってそれを拾ったウサギが割ってみると、中身は泥でした。
「なんだこれは。お菓子が入っているんじゃないのか?」
「ああ、残念。そういうこともありますよ。ささ、次の卵を探してごらんなさい」
ウサギが上のほうへ目を向けると、木の枝に卵が引っかかっていました。木を揺らしてそれを落としてみると、中から辛子が出てきました。
「おいおい。こんなもので子供が喜ぶかね」
「さあ、どうでしょうかね。ささ、まだ卵はありますよ」
タヌキの言葉でウサギはさらに辺りに目を向けました。すると今度は道端の岩のくぼみに卵を見つけました。手に取り割ってみると、出てきたのは短い木の枝でした。
「なんだ、これは」
「それは、薪を短く切ったものですね」
それを聞くなりウサギは卵を投げ捨て、タヌキに言いました。
「いい加減にしろ。下らんものばかり見つけさせて。もうやめだ」
立ち去ろうとするウサギの前に慌てて子タヌキが踊り出ました。
「ちょっとお待ちを。もう少しお付き合い願えませんか?卵はあと二つありますので」
ムッとするウサギでしたが、立ちふさがるタヌキの肩越しに、木の幹に開いた洞が見えました。その中にすっぽりと卵が納まっていたのです。
しぶしぶそれを手にしたウサギが割ってみると、出てきたのは火打石でした。
「ん?これはまあ役に立ちそうなものだな」
「でしょ?ささ、残る卵はひとつです。見つけられますかね?」
もみ手をしつつニヤニヤ笑うタヌキの視線が一瞬動いたのをウサギは見逃しませんでした。そちらを見るとお地蔵ざまの祠がありました。
所詮子タヌキの浅知恵だな。腹の中で笑いながらウサギは祠の中を覗き込みました。するとお供え物に紛れ込ませるようにして卵が置かれていました。
それを取り上げ、割って中身を確認した瞬間、ウサギは声にならない悲鳴を上げて放り出しました。
「な、なんだ。それは!?」
タヌキは地面に落ちたそれをおもむろにつまみあげると、ウサギに見えるように目の前に掲げて見せました。
「なにって、これはあなたがよくご存知のジジイの、指、じゃないですか」
そう言われ、ウサギは自分がこれから翁の家に向かう途中だったことを思い出しました。
同時にその老人の顔が脳裏に浮かんだことで、先ほどから目にした品々が、数日前に起きた出来事を暗に示していることに気づいたのです。
翁の恨みを晴らすため……
背中の薪に火を放ち……
火傷に辛子を塗ってやり……
泥舟で川に沈めた……
「そうだよ。やっとわかったか、このマヌケめ!」
それまでとは打って変わって、憎悪に満ちた表情で子タヌキが叫びました。
「僕はお前が殺したタヌキの息子だよ。いつか必ずお前を父ちゃんと同じ目に合わせてやるから、覚悟しておけ!」
捨て台詞を残し、子タヌキは藪の中へと姿を消しましたとさ。
イースター @d-van69
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