21話『面接』
「お座りください」
男性が翔に座るよう促し、翔は気を取り直して「失礼します」と返事をした。面接室の真ん中に置かれた椅子へと腰かける。
「本日はお越しいただきありがとうございます。それから、先日の一次試験の合格おめでとうございます」
「ありがとうございます」
翔は体を傾けるようにして座ったまま頭を下げる。なぜ凛が居るのか。その事が気になり、翔は頭が真っ白になりそうな気がした。
「本日面接を担当するのは僕こと人事部長の長谷川と、端の女性が刑事課の長瀬、そして特別捜査部の部長の竜崎です。宜しくお願い致します」
お願い致します、と言いながら、翔は凄い面子に一気に緊張が押し寄せてくるのを感じた。
「まずは、一之瀬さんから簡単な自己紹介をお願い致します」
「はい――僕は一之瀬翔と申します。現在十五歳で高校生です。自身が警察に入職しようと考えた理由につきましては、両親が、事件の被害者になったためです」
「そうでしたか。それは大変でしたね」
「はい……自身としては、警察に入職し、一人でも自分達のような被害者を減らす事に尽力したいと思い、今回の選考を受けさせて頂いた次第です」
長谷川人事部長と長瀬刑事がうんうんと親身になっている様子で頷く。しかし、凛は頷く事も身動きする事もなく、まるで人形のようにそこにポツンと座っている。
「そうでしたか、若くして随分と苦労をなさっているようですが、警察に入職したからと言って当該事件だけを追えるという事ではないですが、宜しいでしょうか?」
やはりその質問が来たかと翔は踏んでいた質問事項に返答する。
「はい、構いません。当然ながら、事件の被害者である自身が家族の事件を捜査できる事はないと考えておりますので、問題ございません」
「それなら安心しました」
予想通りの言葉と長谷川部長の頷きに、翔は一先ず、第一の難関は突破したと感じた。しかし、次の難関はすぐに迫る。
「では、わたくし長瀬から質問がございます。あなたが警察に入職した上で、これは成し遂げたいという事はございますか?」
その質問に、翔は用意してきた言葉をそのまま正直に話した。
「具体的にはMAB関連の事件を減らしたいと考えています」
「それはなぜですか?」
「MABは一般の市民には突如世界で報告されている未知、また、危険性の高い存在です。確かにMABの能力を活かしている方も居ますが、それとは別に犯罪に使われている事も多いです。そのため、市民の安全を守る警察官として、最も対処しなくてはならないのはMABと考えているからです」
その言葉に長瀬刑事と長谷川部長が大きく頷いた。しかしながら、凛は微動だにしない。
「竜崎部長からは何かありますか?」
長瀬刑事の言葉にも凛は反応せず、翔を一点に見つめている。翔も凛を見つめ返す。
沈黙が少々舞い降りた直後、凛の口が開いた。何を言うのかと翔が身構える中、凛はこう言った。
「長谷川人事部長と長瀬刑事の手前で申し訳ございませんが、私の中であなたに合格を伝える可能性はゼロです」
「え――?」
「何か問題でもございますか?」
凛の本当に何か問題でもあるのかという言葉に、翔は面食らって固まる。長谷川部長も長瀬刑事もポカンと解せない様子で凛を見つめる。
「竜崎部長が推薦したのですよね?」
「はい。ですが、見当違いだったようです」
「なぜですか?」
二人の質問に、凛は指を立てて二を示す。
「理由は二つ。一つ目は、あなたのその意志では犯罪は減らせないからです。そもそも事件というのはMABだけでなく、多角的に拡大しています。軽微な犯罪も防ぐ必要があり、一点に絞る、即ち今警察が抱えている問題に絞るのはとても危険です。市民はそこだけに怯えているわけではなく、あらゆる犯罪に巻き込まれる危険性をはらんでいると考えるのが自然だからです。もう一つは――」
凛は意図的に言葉を区切り、翔を一点に見つめたままその答えを告げる。
「あなたの本音がそこにあるとは思えないからです」
「それを言ったらキリがないですよ」
「竜崎部長、さすがに厳しすぎます。相手は高校生ですよ?」
「お言葉ですが、私も彼と同じ年齢です。ですが、特別捜査、特質な部署の部長です。その事から、私はあなたのような生半端な人間を認める事はしません。ですので、不合格と思ってお引き取り頂いて構いません。何か言い残した事があるのであればお伺いしますが、そうでないならお引き取りください」
そう言って、凛は扉の方を掌で指し示す。その様子に、本当に受からせる気がないのだと翔は感じた。
「いや、僕は本気で――」
「それがあなたの本音なのでしょうか? 僭越ながら、私は生半端な覚悟と生半端な意志で来てほしくはないと申し上げました。確かに知識や勉強などは申し分ないですし、本日の面接官が私でないなら受かったかもしれません。ですが、本日の面接官はご覧の通りです。ですので、合格は言い渡せません」
そのあまりの言いように、翔は困惑と憤りを感じ始めた。自分から誘っておいて、自分から家族にまで頼み込んでおいて、この有様とこの結果はあんまりだ。
その思いが、つい口を出る。
「あんまりだ。誘ったのはそっちだろ!」
「はい。ですが、それはあなたが見込みあっての事です。ですが、私の眼が狂っていたのか、その資格はなかったようですね」
「なっ――」
ぶっきらぼうな言い方に、翔は呆れて言い返す。
「じゃあ、なんて言えば満足なんだよ」
「さぁ。私を満足させるかどうかの話ではないので」
「はぁっ?」
「あえて言いましょう。あなたは警察という組織に入って何がしたいのですか?」
「それはっ――――――」
言いかけて、翔は口を噤む。言ってはいけない。家族の仇を討ちたいなど。捕まえたいなど。それは一警察官としてあるまじき事だ。
「それは、なんでしょうか?」
「それは――――」
「考えがないという事でしょうか? 遊びで入りたいのでしょうか? お金ですか? それとも」
「だからそれはっ、家族の仇を捕まえたいからで……でも、それは許されなくて」
その吐露に、翔ははっとして顔を上げた。長谷川人事部長と長瀬刑事が数回頷いている。
しまった――と思うのはもう遅かった。凛の挑発とも言える口車に乗せられた。翔がそう感じた時には、二人は顔は少し険しくなっていた。
ただ一人を除いては――。
「それがあなたの本音ですよね? 罪を犯した人を憎んで、無力な自分を憎んで、何も出来ない所に一筋の希望が見えた。それを掴み取りたいと必死に藻掻いて今ここに居る。それが口にしてはいけない事なのでしょうか?」
「えっ……」
「ひとまず、それだけ聞けたのなら私は合格と判定します。あとの結果は審議のうえ出しますので、ご退出を」
「いや、でも――」
「ご退出願います」
凛の言い切った言葉とその場には居られない雰囲気に翔は外へと出た。
案内役の女の子がロビーまで案内してくれて、翔は渋々面接会場を後にする。
意味が分からない。本音が聞けたらそれが合格。残る二人は?
合格になるわけがない。自己満足のために、自身の願望のために警察に入りたいですなんてまかり通るわけがない。
そんな思いが翔の胸にこみ上げてきて、後悔の前に翔は一人涙しながら帰宅の途に着く。
こんな面接、ありえないと――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます