16話『接触交戦』

 翌日。翔は優達に断りを入れて、新宿の街へと向かった。


 翔が新宿に訪れた理由は、ここでなら何らかの情報を得られると思ったからだ。新宿は人が多い。故に、いつだって膨大な情報が行き交っている街でもある。そのため、翔はこの場所を訪れた。


 昨夜短時間眠った後に作成したチラシを元に、それで女王法収拾をする事にしたのだ。武爺と貴美子婆、優を危険に晒すわけにはいかないため、これは独断で行っている事だ。


 チラシを受け取ってくれる人もいれば、受け取ってくれない人もいる。話しを詳しく聞いてくれる人もいれば、話を聞かずにチラシだけ持って行く人もいる。


 事件の情報や目撃情報をあつめるのがこんなにも大変なのかと思いながら、それでも翔は単独でチラシを配り続けた。


 膨大な量のチラシがまだ手元に残ってはいるが、昼食を摂らないといけないと思い、腹ごしらえをしてチェーン店のハンバーガーショップに入った。


 適当なハンバーガーと飲み物をイートインで頼み、昼食を終えた後、場所を移してチラシを配る。その時だ。


 黒いサングラスを掛けた今時の若者がチラシを手に取った。チラシを手にする人の中では珍しいなと思いながらも、翔がお礼を言って声を掛ける前にその人物はこう尋ねてきた。


「順調ですか?」

「事件のチラシ配り」

「ま、まぁ……」

 気圧される思いと不審な思いが交じり合う中、翔はその人物に事件の事を話そうとした。


「えっと、この事件に見覚えはありますか?」

「あります」

「本当ですか!」

「ええ。だって――僕がやったから」

「え――――」


 その言葉に翔は硬直した。僕がやった――。


 目の前の、黒いジャケットにジーンズ姿。黒いサングラスを掛けてマスクもしている人物は、続けてこう言う。


「話があるのでついてきてください。ちょうどあのテラスでどうですか?」


 それは駅の上に造られた陸橋のようなテラスだ。翔は頷き、騒ぎにしてはいけないと一先ず着いていくことにした。


 その人物の先導は実にゆったりとしたもので、急ぐでも逃げる素振りを見せるでもなく、ただ翔を案内しているだけだった。


 階段を使ってテラスに上がる。人が行き交う中で、陸橋型テラスのガラスが嵌められた手すりへと移動する。


 そこに移動した人物の後に続きながら、翔は開口一番こう言った。


「お前がやったのか?」

「はい。僕がやりました」


 素直に認める人物に、翔はゾッとした。背も翔の頭一つ分小さい上に、声色もまだ幼い気がする。どう考えてもこの人物、中学生以下だ。その少年が両親を手に掛けた。その事も信じられないが、それをすんなり認める事ももっと信じられなかった。


「どうして……どうして殺したんだ?」

「ボスの命令で探し物に行ったんですが、答えてくれなかったので。探し物である試験管を探していたらあなたが帰って来たんで、これはマズイと思って逃げました」


 淡々と話す少年に、翔は段々と怒りが湧いてきた。沸々と湧くその想いを、ぐっと腹の底に押し留めて尋ねる。


「探し物っていうのはコレか?」


 そう言って翔は試験管を取り出した。それを目にした少年は、少し驚いたように「へぇ」と感嘆の声を発する。


「あなたが持っていたんですね」

「ああ。お前の探し物はコレなんだろ?」

「はい。渡していただけるとありがたいです」

「断る!」


 翔が怒ったように声を上げるも、少年は驚いた様子も見せず言う。


「仕方ないですね。あなたから渡してもらう事は諦めます――」


 その返答に、翔が気を緩めた瞬間だった。少年がポケットに手を伸ばす。


「あなたの死体から取ればいいだけなので」


 その直後、少年が折り畳みのナイフを取り出して、すかさず翔へと向く。翔は呆気に取られて身動きも出来ない中――


「捕まえたわ」


 凛の声が聞こえた直後、少年のナイフが翔の体の前で止まる。


「あー、”電光石火”さん」


 少年は凛の手を振りほどき、凛は翔の前に背を向けて立ちはだかる。


「久しぶりね。”ジャックナイフ”。あなた達が狙っているのはこの子の持っている試験管よね?」

「はい。ですが、あなたが邪魔です」

「邪魔で結構。邪魔しにきたんだから。一之瀬さん、それを仕舞って」


 翔は動揺しながらも、凛に言われた通りに試験管を仕舞う。


「知り合い、なのか?」

「ええ。国際犯としてね」


 その言葉に翔は何も言えずただ驚きを顔に表す。


 国際犯――? こんな少年が――?


「”ジャックナイフ”。今ここで大人しく引き下がってもらえるかしら?」

「それは無理だよ。ボスの命令は絶対だ」

「命令?」

「『彼を殺してでも、ブツを奪え』――それが僕に与えられた命令だからね」

「なるほど――」


 少年の言葉に翔は再びゾッとした。殺してでもこの試験管を奪えと言われている。ボスが誰か分からないが、それでも、自分は命を狙われている。


 その瞬間、翔の頭に優達の顔が浮かんだ。


「な、なぁ、優達は――」

「無事よ。私の仲間が見張っているし、明石さん達にも応援を要請してもらっているから」


 その言葉に安心する翔の前、凛と少年は話し始める。


「”ジャックナイフ”はここで見られるのかしら?」

「やるしかない。実行結果はボスの判断だ。僕はただ忠実に――」


 瞬間、凛が足に力を入れる。


「君達を排除する」


 途端に、少年は駆け出した。同時に、少年がポケットから大量の折り畳みナイフを空中にばらまいた。その数、ざっと数えても十はある。その二本を少年は手で掴むと、空中で縦回転して踵でナイフを蹴る。


「やらせない」


 その言葉と共に凛が前へと踏み出し、飛んできたナイフの柄を手で払う。そのナイフが地面にカラリと落ちた瞬間だ。


 テラスに居た通行人の一人が悲鳴を上げる。


「事件です。周囲に居る人は直ちに避難してください!」


 凛は、翔がこれまで聞いた事のないような大声でテラスの人々に呼びかける。翔が狼狽えている中で、テラスの人々の元へと数人の警官や警備ロボットが近づく。


 凛は少年と交戦しながら所持している無線のスイッチを入れた。


「こちら竜崎。新宿陸橋テラス上にて、国際指名手配の”ジャックナイフ”と交戦中……現在、保護対象の少年と居るため、至急応援を要請する。繰り返す――」

「さすが竜崎さん。僕と戦いながら喋れる人はそういないですよ?」


 少年の言葉通り、少年の動きはかなり――否、もはや人の動きではない。


 体を無理矢理捻るような動きや、そこからの乱回転など、体操選手すら顔負けの行動だ。しかし、それ以上に驚くのは、凛がそこから放たれるトリッキーな攻撃を”全て防いでいる”事だ。的確に、まるで少年の行動が全て見えていて、予測できているかのような防ぎ方だ。


 どちらももはや人並みの行動ではない。その事に驚きを隠せない翔の前で、二人は距離を取る。息をつく暇もない程の攻防にも関わらず、二人は全く息が上がっていない。


 それはまるで、運動前の準備体操のような、二人とも本気で戦っている素振りではないかのような、そんな具合だ。


「さすが竜崎さん。僕の攻撃で一太刀も浴びないなんて。正直、天晴れと言うべきか、はたまた心外と言うべきか……」

「悪いわね。こっちは並の犯罪者相手にしてないもんだから。それにあなた相手に護衛対象抱えて卑怯なんて――」


 凛は不自然にそこで言葉を切ると、片足を上げて地面を思いきり強く踏み鳴らした。途端に、火花と閃光が飛び散る。


 同時に、凛の姿”消えた”――と思った瞬間、少年の目の前に凛が現れる。


「言わないわよね?」


 凛が瞬間移動した途端、少年を思いきり殴りつける。少年はそれに対して反応できず、数メートル程吹き飛んだ。


 人が殴り飛ばした――と言うよりも、どこか巨大な車が突っ込んだような吹き飛び方をして、少年はテラスの端の方まで追いやられる。


「なんなんだよ、お前……」


 翔がその光景を見て呟くと、凛は電光と火花を散らしながら翔の方を振り向く。


「異能力者。あえて言うなら、人ならざる者――とりあえず逃げるわよ」


 そう言って凛は翔に近づき、振りほどかれた手を無理矢理繋いで走り出した。翔はただ、少女とは思えぬ力で握られた手に従って走るだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る