幕間6『夜は長し』

 新宿の街。ネオン街と言われていた過去だが、それは今も健在――否、今は更に進んでいる。


 ビルには3D広告があちこちに流れており、看板も3Dという賑やかさ。


 宙を漂うのは、配達用や撮影用のドローン、警備関係のドローンも飛んでいる。アスファルトやレンガ調の街路を行き交うのは人々の他、人工知能を搭載したロボットやアンドロイドだ。


 ここはいつだって日本の最先端を行く。繁華街として、単なる街という単位や流行でも、この街はいつでも先端を行かないと気が済まないのだ。


 昼の顔も夜の顔も好まれ疎まれる新宿という街。そこは異様な雰囲気を伴って、今日も人々を良くも悪くも飲み込んでいく。


 そんな新宿の大通りにして一番の繁華街、歌舞伎町。アーチ状の通りの名前がアンティークとして扱われているのが目印のその通りに凛は居た。


 凛はビルの谷間の裏路地に入った。裏路地をさらに左へ曲がると空き地がある。随分前にはビルが建っていたのだが、取り壊されたらしく、アスファルトの更地になっている場所だ。


 凛がそこに入っていくと、フードを目深に被った人物がいた。その人物は腕輪型の携帯端末から映写されている画面を弄っていた。凛側からは見えないようにフィルターが掛かっている。


「お待たせ」

「ああ、待たされた」

「――それで良い情報っていうのは?」


 凛が単刀直入に問いかけると、フードの人物は凛をチラリと見て「今送った」と答える。


「パスワードは?」

「案件の名字」

「了解」


 凛は『一之瀬』だと受け取り、送られてきた情報の資料へとパスワードを入れて閲覧する。


「なるほど――どういう経緯でこの情報を手に入れたの?」

「当日の目撃者から直接聞いた」

「目撃者が居たの?」


 フードの人物がコクリと頷く。それと同時に、耳から提げているピアスが小さく鳴る。


「たまたまそこを通っていた目撃者で見つけるのに苦労した」

「分かった。報酬は弾むわ」

「了解――目撃者曰く、窓が割れた音がしたから振り返ったら、仮面を付けた黒ずくめの人物が走ってきたらしい。その時に血の付いた刀を持っていたとの事だ。何かの事件だとは思ったらしいが、巻き込まれたくなくて黙っていたらしい。ニュースで事件の事だと知って、情報提供の代わりに報酬を渡したらすんなり喋った」


 なるほど、と凛は頷いた。


「犯人は”走った”のね?」

「ああ。全速力で追い越したらしいから間違いない」

「了解。ありがとう。上出来ね。これで分かったわ」

「犯人は”アイツ”じゃないんだろ?」


「ええ――犯人は追っていた人物ではない。他に居る」


 凛の言葉を聞いてか、フードの人物が携帯端末の画面を片付けて歩き出す。


「ひとまず、俺は戻る」

「了解。ありがとうね。それこれは報酬よ」


 そう言って凛が紙袋を手渡す。フードの人物はそれをすれ違いざまに受け取り、そのまま空き地を出ていく。


 それを見送ってから、凛は携帯端末を操作して電話を掛ける。


「あ、私。情報は届いてる? ええ。その情報に切り替えて記録しておいて。それからこの情報は他の班や他部署には漏らさないように。ええ。この件は”私達”で片付ける。うん。そうね。聞かれても答えないように各自に連絡しておいて。ええ。ありがとう。私は捜査に戻るから。また進捗があったら連絡するわ」


 相手との通話を止めて、凛は路地裏の外へと用心深く出て行く。


 まるで、放し飼いの猫がこっそりと夜の散歩へ出て行くかのように。

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