14話『事件の概要』

先ほどの事はどういう事なのか。翔が尋ねると、凛は落ち着いた様子で答えた。


「不可抗力です。一般市民を人質に取られた状態で強行して捕まえればあなたに危害が及ぶ。逃がしたというよりも逃がさざるを得なかったというところです」

「でも、あいつが犯人なんじゃ――」

「一度接触した限り、あいつは今回の犯人じゃない。下っ端の駒――真犯人は他に居る」


 翔は落ち込んで項垂れた。犯人は他に居て、隠れているのかと。


「顔が割れた以上もう無謀な接触はしてこないと思います。ただ、あなたには全容を話します。それを家族に話すかはあなたの意思に委ねます」


 全容。その言葉に翔は顔を上げて凛の方を見た。凛は翔の顔を見てからゆっくりと話し出す。


「今回の事件、犯人の目的はあなたの持っている試験管です。正確に言うと、試験官の中身です」

「え、あの試験管の中身?」


 尋ねる翔に、凛は真っ直ぐ翔の顔を見たまま頷く。


「はい。恐らく、あの試験管の中にはMABに関する物――MABに成れる何かが含まれています」

「えっ、コレが?」

「はい。犯人はその中身を目的としている線が濃厚です。相手はMAB、異能力者の中でも特異な能力者ですから、その中身も他とは違うと思われます」

「それじゃあ、犯人は両親よりもコレが目的で――」

「そうなります。恐らくですが、犯人はソレの所在を確かめ、確証が得られなかったがためにご両親を殺害したというのが一番の推測です。ですが、見つける事が出来ずに逃走した。そしてあなたはソレを見つけたと思われます」


 翔は凛の推測にショックと同時に愕然とした。両親はこんなちっぽけな試験管一つ、試験官の中身のために殺されたのかと。


「でも、なんで父さんと母さんはこの事を言わなかったんだ?」

「それは私にも分かりませんが、恐らくは先ほど申し上げた通り、試験官の中身が特異能力者に成るための薬品だからだという事しか言えません」

「特異能力者――」


 はい、と頷く凛に翔はその言葉を頭の奥から引っ張りだした。


 MABという括りでは同じだが、より強力又はより個性の強い能力を特異能力と呼ぶ。それは両親に聞かされた事があり、翔は知っているが、普通の人間にはMABとしか伝わってはいない。


 即ち、特異能力はより強力で個性の強い、とっておきの、天下一品とも言われる能力だ。

 それを特異能力者が狙うのは、ある種自然な事と言える。より強力な能力を他者又は仲間に付与したいというのが垣間見えるからだ。


「じゃあ、コレは――」

「はい。私が推測する限りでは、特異能力者の犯人が一般人を殺害してでも手に入れたい能力だと思われます。そのリスクを無視してでも手に入れたい何かなのでしょう」


「……それって、コレは僕や優に残された遺産って事だよな?」

「そうなります。正直こちらとしては捜査協力として譲っては欲しいですが、何分ご両親の職業柄扱い方が分からないため、ソレは今の段階ではあなたが持っていてください」

「分かった。でも、そうなると、またコレを狙って誰かに襲われるって事でもあるよな?」


「その点は私達が警戒しているのでご安心を――。ただ、ご両親はソレを生み出した事によって元々狙われていたのかもしれません」

「どういう事だ?」


 翔が尋ねると、凛は視線を足元へと落とした。


「ご両親が所属している研究所の薬品――MAB関連の薬品が丸ごと盗難に遭っています」

「えっ!?」


 驚きのあまり大声を発する翔に、凛は渋々といった様子で話し出す。


「研究所にはあなた達に心配をっ掛けないよう連絡を控えるように言いました。ですが、事実としてご両親もとい、薬品は元々狙われていた可能性が高いというのが今言える事です」

「それじゃあ、この薬品は元々狙われていて、それが家に会ったって事なのか?」

「そうなります。余程大事な物だったのか、手元に置いておきたかったのでしょう」


 翔は分かりたくない事件の大まかな内容に愕然とした。


 両親はただ殺されたのではない。薬品――自分達が製作したMAB関連の薬品を狙われて殺された。そして、研究所も大規模な盗難の被害に遭っている。


 そうなると、犯人の狙いは間違いなくこの薬品。そうでなければ、先ほど襲ってきた男性の意味も意図も納得出来ない。いやむしろ、直接的に襲った所を鑑みれば、それが何よりの事実という事が裏付けられる。


「ですので、その薬品を私達に渡して身の安全をより確保するか、それとも形見として置いておくかはあなたに任せます。先ほども申し上げた通り、渡された所で私達には扱い方がまだ判明していないので、こちらはあくまで保管する事になります」

「でも、絶対に安全とは言い切れないよな?」

「――仰る通りです」


 頷く凛に、翔はガクリと項垂れた。手放しても犯人に狙われる危険性は付きまとう。尚且つ、所持していても危険性は付きまとう。


 それだったら――


「コレは僕が持ってる。どっちみち狙われるのなら、持っていた方が安心する気がするから」

「分かりました。大丈夫だとは思いますが、念のためにあなたと話したこの話は私とのオフレコ、秘密という事でも宜しいでしょうか?」

「なんでだ?」


「私以外まだ知り得ていない情報ですので」

「――分かった」


 翔は凛のお願いを受け入れた。どうやらこの少女、竜崎凛は相当仕事が早いらしい。他の刑事が掴めていない情報を仕入れて、尚且つ翔の身辺警護までしているのだから。


 最初に会った時よりも、翔の中での凛への信頼感は高まっていた。その証にと、翔は凛に薬品の写真を撮らせた。それがお互いの証拠であり、それでいて凛への信用という事もあったからだ。


「それではご自宅までお送り致します」

「ありがとう」


 そうして翔は凛に付き添われながら家に着いた。優が待ちかねていたかのように玄関へと走ってやってきた。

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