12話『呼び出し』

 凛が帰った後、翔達は落ち着きを取り戻した。その日の程なくした頃だ。


 再度チャイムが鳴り、貴美子婆が玄関へと向かった。優は一瞬体を強張らせたが、武爺が「大丈夫だよ」と落ち着かせる。


 貴美子婆が玄関から翔を呼ぶ声が聞こえた。翔が玄関へ向かうと、貴美子婆の前に凛が立っていた。


「翔ちゃん、竜崎さんがお話ししたいそうよ」


 凛は一礼して、「度々申し訳ございません」と謝る。貴美子婆が居間へと戻り、翔は凛の前に立つ。凛はキチンと立ったまま、話し始める。


「お呼びたてして申し訳ございません。よろしければ、翔さんのお部屋かどこかでお話しできますでしょうか?」

「構わないけれど、何か重要な事なのか?」

「はい――」


 凛の返事に頷いて、上がるように言うと、翔は自室へと凛を案内した。案内した先で、翔は勉強机の椅子を凛へと差し出し、自身はベッドに腰かけた。


「それで、重要な話って――」

「重要な話は二つあります。まず一つ目。あなたは何を拾いましたか?」

「えっ――?」

「あなたは昨日、何かを拾いましたよね? 何を拾ったのですか?」


 凛の率直な物言いに、翔は一瞬怯んだ。この少女、直感だけで物を言っているのではないと。


「なぜ、そんな事を聞くんだ?」

「否定しないのですね」


 翔は一瞬ムッとなりつつも、凛になぜかともう一度尋ねた。


「そうですね。強いて言うのであれば、鑑識からあったはずの物がなくなっていると報告を受けたので」


 それは意外な所から隙を突かれた。翔は言い逃れできそうにない気配を感じて答える。


「確かに拾った。けど、それが今回の件と何の関係があるんだ?」

「そうですね。今回なくなっている物が正直犯人の狙いだったのではないかと私は踏んでいます」


 なくなった物が関係している。それはつまり、あの試験管が今回のカギを握っているという事だろうか。そうなると、あの試験管の中身は――。


「それなら、ノーコメントだ」

「そうですか。分かりました」


 あっさりと答える凛に翔は良いのかと確認するが、凛はこう答える。


「はい、構いません。お答えできない事もあるかと思うので」


 何かを含んだ言い方に、翔は警戒心をそのままに二つ目の問いは何かを尋ねた。


「二つ目は、そのお答え次第だったのですが、ノーコメントという事であれば、聞く意味を持たないので割愛致します」


 翔はなんだか狐に摘ままれたような気持ちになる。それと同時に、やはりこちらの出方を見ていたのだなと改めて感じた。


 話しが終わる、かのように見えたが、凛はこんな事を言った。


「少し話が脱線しますが、お爺様とお婆様が一緒に暮らす事になって幸いです」


 翔が「えっ」と驚くと、凛は淡々と言葉を続ける。


「正直、この手の事件の場合、引き取り手が居ない事もしばしばあるので安心しています」

「それは、その、ありがとう……」

「いえ。一先ず、大丈夫そうなら私達や行政の出る幕はないので、その事は喜んで良いのかなと思っています。犯人については追う事は止めませんが、捕まえられるか分からない事だけは念頭に置いておいてください」

「分かった――」


 翔が理解した上で頷くと、凛は「それでは」と言って立ち上がる。


「私は仕事の続きがあるのでこれで。お時間いただきありがとうございました」

「別にそれはいいけど――」


 凛は深々とお辞儀をして、翔と共に階下へ下りていく。


「あの、さっきはごめん。感情的になって」


 翔が謝ると、凛は首を横に振る。


「いえ、こういう時ですからお気になさらないでください。それでは私はこれでおいとまします」

「うん――ありがとう」


 失礼します――とお辞儀をして凛は帰っていく。翔は、この瞬間凛への印象が変わった。


 掴みどころはないが、それでも悪い人間ではないのだろうなと。

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