11話『翌朝の訪問者』

 翌日の朝。翔達は良夫爺と雪子婆を見送った。一先ず、二人の学校には暫く休学する事を伝えた。翔は自分の入学した学校へ、貴美子婆は優の学校へ連絡をした。


 両学校とも、事件の事を聞いていたのか、話はすんなりと進んだ。暫く学校は休学扱いとして承諾を得られた。登校できるようになったらいつでも連絡を入れてくれて良いと。その間の授業はオンラインで受けられるように手筈を整えておくとも言われた。


 翔は優に勉強するように言うと、自身は貴美子婆と共に家事をこなした。元々両親が不在の際などは翔と優で行っていたため、家事自体はそれほど難しい事ではない。その上、貴美子婆と武爺が居る時点で分担も出来る事から、尚更簡単な事だった。


 両親の遺体は、一度霊安室に預け、すぐにでも葬儀を行う予定を武爺が整えている。当面の生活費なども武爺と貴美子婆、良夫爺と雪子婆が補填してくれるという事だったので、生活全般で困るような事はなさそうだった。


 二人は一之瀬家に住んだまま、転居届やら転入届やらを出すようで、二人の保護責任者になる手続きなどもそのまま行うとの事だった。


 優は柵や貴美子婆と武爺と寝たようで、翔は一人で眠った。存外、あのような事があっても人は眠れるのだなと翔はなんだか難しい気持ちになった。よくドラマや映画などで眠れなくなると言うが、人は疲れ切ると自然と眠ってしまうらしい。


 それが脳や心の整理になる事は知っているが、それでも眠れた事に複雑な思いを抱く翔が居た。こうやって思い悩んでいる事も、いずれ過去の話しになるのだなと思うと、空しさが込み上げてくる。


 そんな中、翔と貴美子婆が洗濯を干し終えた所で幸か不幸か来客は訪れた。


 玄関の所までやってきて、二羽の翔と貴美子婆を見ると一礼した人物。長髪の黒髪に、白いパーカーとジーンズを履いたその人物は二人とハキハキした声で言った。


「おはようございます。少しお話し宜しいでしょうか?」


 凛だ。背中に斜め掛けのショルダーバッグを背負って、バッグにはキャラクター物のキーホルダーが付いている。貴美子婆が「今開けますから」と中に入っていく中、翔と凛は些少ながら会話する。


「昨日はよく眠れましたか?」

「え、ああ、うん……」

「何か不満げですね」

「いや――人ってああいう後でも眠れるんだなって」


 翔が物思いに言うと、凛は玄関の方を見つめて言う。


「仕方ないわ。そういう風に私達は出来ているのだから」


 あまりにも素っ気ない、あまりにも機械染みた事を言う凛に、翔はこの少女がどういう人物なのかよく分からなかった。礼儀正しく、優にも優しく、しかし、気味が悪い程冷静――。


 玄関の扉が開いて、凛はそのまま中へと入る。


 貴美子婆が出迎えて、凛を奥の居間へと通す。翔は洗濯を干し終えて中に入った。


 翔が中に入ると、武爺と貴美子婆と優が凛と雑談を交わしていた。翔が洗濯籠を置いて戻ってくると、武爺に座るよう言われ、翔は凛の目の前に座った。


「お忙しい朝早くに申し訳ございません。昨夜状況が一変しまして、その後報告と私個人としてお尋ねしたい事がありお伺いしました」


 礼儀正しく述べる凛に、武爺と貴美子婆と優は好感を持っている様子だが、翔は違った。先ほどの様子と昨日の様子からして、情緒不安定とまではいかないが、いくら何でも人が変わっている。


 何か危ないような怪しげな雰囲気がして、翔はあまり凛に好感を持てなかった。


 そんな雰囲気の中とは知らず、凛は話を進める。


「まず、率直に申し上げて昨夜私は被疑者と思しき人物と接触して取り逃がしました」

「え、取り逃がした!?」


 武爺の大きな声にも臆する事なく、凛は淡々と述べる。


「はい。犯人と接触したのですが、MABという異能力者の中でも特異な、瞬間移動をする能力者だったため取り逃がしました」

「異能力者……」

「瞬間移動――」


 武爺と貴美子婆が呟く中、翔はその言葉の意味を瞬時に理解した。


 MAB。それは近年よく見かける異能力者の名称だ。翔が今まで通っていた小学校や中学校にも特別クラスとしてそのような子供達が居た。以前は希少なようだったが、現在ではごくごく普通に見かける存在だ。


 ありがちな『ヒーロー』と呼ばれる職に就く者や、その固有能力を活かして一般社会で活躍する者など多方面に存在している。


 最近では、医科学的にも異能力者を増やす事が出来ると判明している。そしてそれを庶民でも活かせるようにしていたのが翔の両親だ。


 両親はその研究をしていた。故に、犯人はその類で両親を殺した――。


 それが今、凛から聞かされた事で翔の考えられる事だった。


「皆様には謝りきっても謝りきれる事ではございませんが、報告しないわけにもいかないため、ご報告させていただいた次第です」

「そう、ですか――」

「それで取り逃がした後はどうなったのですか?」

「現在目下捜索中ですが、すぐに見つかる可能性は低いと考えています。なぜなら、被疑者は瞬間移動を有する異能力者のためです。見つけたとしても、万全の態勢で挑まなければ、また逃げられてしまう可能性が高いです。そのため、現状犯人を逮捕するのは非常に難しいかと」


 その言葉に、沈黙が舞い降りる。優が「捕まえられないの?」と武爺と貴美子婆に尋ね、二人は沈黙している。翔も、そうなるだろうなと感じた。


 相手が瞬間移動の異能力者では、誰がどう捕まえれば良いのか分からない。むしろ、凛が接触出来たのが奇跡と言えた。


「そうなると、手立てはないのですか?}


 貴美子婆が絞り出すように言うも、凛は首を縦に振る。


「現状困難を極めます」


 凛の変わらぬ冷静な態度に、


「なん、だよ、それ……」


 翔は思わず怒りを吐露していた。


「お前昨日言ったよな。絶対に捕まえるって! なのに捕まえられないってなんだよ!」

「翔――」

「翔ちゃん……」

「ですのでお詫びに――」

「詫びてどうなるんだよ。捜査は行き詰まりましたで終わりかよ!」

「そういうわけではないです。捜索はしていますが」

「捜索して捕まえられなかったらどうするんだよ。僕達の親は――僕達の親は死んでるんだぞ!」


 そう言って、翔は堪えきれずに涙を零す。怒って泣いて、まるで子供のように――。


 優も翔の様子と言葉を理解してか、泣き出した。


「竜崎さん、悪いけれど今日は帰ってくれるかい?」

「かしこまりました。それでは、また進捗等があればご連絡致します」


 凛は貴美子婆に見送られて帰って行った。

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