10話『夕暮れの涙』
家に着いた翔達は、再度家族会議のようなものを開いて話し合った。
概ね、武爺と貴美子婆と暮らし、時たま良夫爺と雪子婆も来てくれる事になった。翔達にとって幸いな事は、両家の祖父母も仲が良い事だ。故に、六人で話し合った結果としては良好なものになった。
転校も転居もしなくて良い。それは後々翔達にとって幸をもたらす事になる。
その会議が終わった頃、夕飯時になり、翔達は食事の支度をした。専ら翔を中心に雪子婆と貴美子婆が手伝ってくれた。
その間、二人の祖父は優の相手をしながらテレビを見ていた。一之瀬家の事件も取り上げられていて、残忍な犯行という事が報道されていた。それを優も見ていたのに、優は何も言わなかった。
その点に関して、優は強いなと翔は感じた。伊達に自分と同じ両親の血を引いているわけではない。優は今一年生ながら、国語の勉強は三年生の勉強をしているのだ。それだけ頭も心も発達しているという事でもある。
優は今日一日頑張った。怖い思いをして、不安ながら事件の事を話して、今もこうやって気丈に振る舞っている。それに対して、自分は何をしているのだろうかと翔は自己嫌悪していた。
そうして食事が出来た後、六人での食事となった。今日の晩御飯はハンバーグとサラダ。優のを一番大きくして、静かな晩餐を過ごした。
それから、優が翔と風呂に入ると言い出した。優はもう一人でも入れるのだが、寂しさと不安があるのだろう。翔はその点を加味して一緒に入る事を承諾した。
そのお風呂場で、優は涙した。それは体を洗った後、湯船に浸かっていた時の事だ。
「お兄ちゃん、どうしてお母さんとお父さんは死んじゃったの?」
問いかけてきた優に、翔は首を横に振って「分からない」としか答えられなかった。すると、優が唐突に泣きだした。
「もっとお父さんと遊びたかった」
「うん」
「もっとお母さんとお出かけしたかった」
「うん……」
「もっと、もっと一緒に居たかった」
「うん…………」
優が本格的に泣きだしたのを見て、翔は優の頭に手を乗せる。
「きっと母さんと父さんも裕哉僕と一緒に居たかったと思う」
「なんで、なんで、優のお父さんとお母さんが殺されないといけなかったの……」
その言葉に翔は言葉を詰まらせる。優の、小学生の本音だ。なぜ自分の両親なのか。なぜ自分の両親でないといけなかったのか。そう、子供のように喚けたらと思う翔が心の隅に居た。
優も一所懸命今の状況を受け入れようとしている。今、優は理解しようとしながらも、理解したくないのだと翔はその言葉で知った。
気丈に振る舞っていても、優は受け入れがたい現実に直面している。当然だ。翔自身が受け入れがたいと感じているのだから。
「優、お兄ちゃんは今優に酷い事を言う」
「なんで――?」
「これは、紛れもない現実、今の事なんだ」
優の目にまた涙が溜まるのを見ながら、翔は続く言葉を「でも」という言葉に繋げる。
「でも、今ここで生きているからこそ、優は泣く事が出来る。悲しむ事も辛いと思う事も。それは今優が生きているからで、僕達が生きているのにはきっと何らかの理由がある」
「どんな、理由?」
「それは分からない。でも、父さんと母さんは、もう悲しむ事も何もできない。そんな父さんと母さんの心残りは、きっと僕達なんだ。僕や優が生きていけるかどうかがきっと心配になってる」
「…………」
「だから、泣くなとは言わない。でも、優は二人の分までちゃんと生きなきゃいけない。いつか二人にここまで大きくなって、こんな事が出来るようになったって笑って言えないといけない。それが今は辛い事でも、いつかきっと良かったって思えるようになる。だから――」
それは優に言っているのか。それとも自身に言い聞かせているのか。
翔の目からは自然と涙が零れていた。
「優、僕達と一緒に頑張って頑張って頑張って、二人に生き抜いたって言えるようになろう」
「――――今は、泣いてもいい?」
「うん!」
優が翔に抱き着いて、翔はそれを受け止める。
二人にとっての辛い現実。その傷を舐め合うかのように、しかし、二人は強く思う。
生きなければいけない。両親に笑って、大きくなった事、生きた事を伝えなければならない。そう信じて、今は二人で泣く。
この現実の痛みが、少しでも和らぐのを待つかのように。
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