8話『署までの間に』

 武爺と貴美子婆に車で送ってもらっている間、優は不安そうなガラも翔のUパッドでアニメを観ていた。


 翔は事件の事がニュースになっていないか気になり、腕輪型の携帯端末で情報を探していた。既に何件か殺人事件として取り上げられているが、そう大きなニュースになっていなかった。


 翔は、それが少し悲しいような嬉しいような、複雑な気持ちに襲われた。


 嬉しいのは大々的に取り上げられていない事によって、今後の事はあまり心配しなくてもよさそうに思えた事だ。


 悲しいのは、人間が二人も死んでいるのに、世間はそこまで取り上げない事に腹が立った。


 その表裏一体の気持ちを抱えつつ、翔は家に置いてきた試験管の事を思い返す。


 透明な液体が入った試験管。あれはいつから優の部屋にあったのだろう。両親を殺した犯人が置いていったのだろうか。何のために。


 それとも優がどこかで拾ってきたのだろうか。いや、それなら両親に優が言っているはずだ。だとしたら、やはりあれは犯人が置いた物に違いない。何のためかは分からないあの試験管。いや、そもそも何の液体が入っているのか分からない試験管。


 少し探ってみる必要性がありそうだと思いながら、翔は窓の外を見る。


 穏やかな街並み。その中にARやVRの広告が踊っている。何事も変わっていない街の様子が、なぜか翔の心を寂しくさせる。


 我が家に事件があった事など何も気にしていない街並みに腹が立ちつつも、その方が良いのかもしれないとも考えてしまう。


 結局のところ、人の興味などその程度なのだなと卑屈にもなる。大々的に報じられたとしても、所詮は赤の他人。ワイドなニュースの一部に過ぎない。例えそこで人が殺されていようとも、世間の興味はその程度なのだ。自分達にとっては大問題なのにも関わらず――。


 溜息を一つ小さく吐き、翔は携帯端末の画面に視線を落とす。並び立つニュースの中に、自分達の事件は既に消えていた。


 それがより一層、翔の心に暗闇を落としているとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る