6話『子供』
警察の去った一之瀬家のリビング。翔はやけに静かなそのリビングのソファーに座っていた。
開けたままの扉の向こうには、ついさっきまで両親が横たわっていた廊下がある。今は翔が綺麗にして何もない。しかし、ついさっきまであの場所に両親が殺されて亡くなっていた。
その場所を見つめるだけで、翔の目頭は勝手に熱くなる。やけに冷たい廊下のようにも見える程、あそこには確かに両親が居たという温もりがあったはずなのだ。
翔はいつも以上に静かなリビングが氷のように冷たく感じられた。もう戻ってこない。もう二度と戻る事はない。もう――会う事も、話す事もない。
それが翔には耐えがたく、先ほどまで泣いていたのにまた涙が滲んでくる。朝の事を思い出そうとするだけで、それだけで翔の心は耐えられなくなる。
そんな中で、トンッと音がして翔は労を振り向いた。そこには目を擦る優がいた。
「お兄ちゃん――お母さんとお父さんは?」
「優――――」
優の言葉に、翔はガクリと項垂れた。足元を見ていた視界が瞼を閉じると同時に真っ暗になる。その暗闇が心地よい程に、受け入れたくない現実を翔は口にする。
「父さんと、母さんは、死んだんだ――」
それから間もなく、優が泣き出した。はぁ、と溜息が零れ、翔は言う。
「優。これからお爺ちゃんとお婆ちゃんが来るから――」
嫌だ嫌だと泣き出す優に、翔は段々と苛立ちを覚える。
泣いていればどうにかなるとでも思っているのか。それともこれが現実じゃないと?
現実でなければどれほど良いか。そう言いたくなる言葉をぐっと飲みこんで、しかし、優の所に歩くまでの気力は翔にはもう残っていない。
「優、こっちにおいで」
泣きながら、グスグス鼻を鳴らして優は翔の元にやってきてソファーに座る。
「いいか優。僕もこんな現実受け入れたくない。でも、優が見た事も感じた事も現実なんだ。お兄ちゃんが居る事も、お爺ちゃんとお婆ちゃんが来る事も現実なんだ。これはどうやっても変えられない――現実なんだよ」
優はしゃくりあげながら、必死に理解しようとしているらしかった。嫌だと言う言葉に翔は優を腕で寄せる。
「今この温かさだけが現実なんだよ、優。僕も分かりたくない。戻せるなら今朝からやり直したい。それでも戻せないこの温かさだけが現実なんだよ、優」
翔はそう言って優を抱き寄せ、グッと腕に力を込めた。優は案の定、翔の腕の中で再度泣き始める。それでも翔は怒らない。
今はこれでいい。こうする事でお互いを癒し励ますしかない。優は必死に受け止めようとしている。泣くという事はそういう事だ。だからこそ、翔も受け止めなければならないと強く思う。
「警察の人が犯人がを捕まえるために優の話を聞きたいみたいなんだけど、協力してくれるか?」
「それで、悪い人は捕まるの?」
「ああ、きっと捕まる。必ず捕まる」
翔は嘘を吐きながら言った。必ずなんてない。絶対なんてない。それを理解しつつも幼い優を落ち着かせるためか、自分を落ち着かせるために嘘を吐く。
「うん――いいよ」
「ありがとう」
そう言って翔はお礼に今一度優を強く抱きしめる。
今ここで打ちひしがれている自分より、優の方がよっぽど大人だ。辛い中、受け入れたくない中、それでもこんな自分の事を信じて協力すると言っている。何も出来ない自分の無力さが嫌になる程に、優の方が大人だ。
そんな思いでどれくらい経っただろうか。玄関のチャイムが鳴り、翔は怠さもある体を起こして、優と共に玄関へと向かった。優が僅かに玄関のチャイムに怖がっているのを知りつつも――。
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