5話『見立て』

 現場の捜査が終わった後。野次馬達を解散させてから、ほとんどの警官が署に戻ったところで、凛と明石は一之瀬家近くに停めている車内で話しをする事にした。


 車は明石の自前の車で、黄色いスポーツカーだ。


 明石はハンドルに両手を乗せ、その上に顔を置いている。凛は助手席に座り、Uパッドを操作していた。


 二人の会話は、専ら事件の事だ。


「――それで、明石さんは今回の件どう見ますか?」

「犯人が物取り――というのは否めないかなぁ」

「理由は?」

「夫妻を一刺しで仕留めてる。犯にと思しき痕跡は足跡だけ。指紋も何も出ない辺り、手慣れた犯行だよね。いや、"慣れ過ぎている"と言った方が良いかもしれない。窓ガラスを割って出て行った後にすぐに姿を消した辺りも計画的犯行な気がする。窓に置いてあった何かが気にはなるけど、それを誰が持ち去ったのかは分からない。一言間違いないのは、夫妻は狙われたって事かな」

「同感です」


 明石と凛の考えが一致した事を示す凛の言葉に、明石が「うん」と小さく頷く。


「あの子達は幸いにも祖父母が居るからひとまず良いとしても、残酷な現実だね。受け入れられるか心配だよ」


 本心か否か分からない言葉ながらも、明石は真っ直ぐ前を見つめながら言った。その視線の先には一之瀬家がある。警官が二人立っているその場所を見つめる明石に対して、凛はUパッドを見ながらそっけなく言う。


「そうですね――」


 凛はUパッドを操作して、「ああ、そうか」と呟いた。それに明石が反応する。


「凛ちゃんはさっきから何が引っ掛かっているの?」

「あの少年、私達に何かを隠している気がして」

「隠すって何を?」

「あまり多くは喋らない事から寡黙なのは分かりました。あと、ああいった事態なのに取り乱した様子もなかったです。勉強は優等生なのでしょう。机に並んでいた科学系の本がそれを物語っていましたから」

「それで?」


 理解しようとしながら尋ねる明石に、凛は一息吐いて言う。


「彼が隠しているのは、あの場所にあった何か。そして両親が殺された理由。つまり、彼を揺さぶれば今回の事件は一歩進展する――」

「なるほど。でも、傷心の彼が大人しく話すと思う?」

「そのための妹だと私は思います」


 凛の言葉に、明石は相変わらずだなと思いながらそれを口にする。


「相変わらず、酷だね。相手はまだ小学一年生だし、凛ちゃんと同じ十五歳だよ?」

「でも、事件の解決を彼らが望むのであれば、私は使えるものは使うべきだと思います」

「そうだけど――」


 冷静なのか、冷徹なのか。凛の性格を知りながらも明石は言うだろうと思う事を考えつつ、自身の意見を述べる。


「う~ん、私は気乗りしないな」

「だとしたら、取り調べは私に任せて頂けないでしょうか?」

「――いいよ。立ち合いは私と三橋です」

「了解しました。それではまた後ほど」


 凛が車から出ようとするのを見て、明石は尋ねる。


「あれ、送ってくよ?」

「いえ、別件の事件を調べたいので一旦この案件からは離脱します。二人が取り調べに応じて、日時が決まったら連絡をください」

「了解――相変わらず忙しいね」

「お互い様ですよ。それでは私はここで。ありがとうございます」

「こちらこそ。行ってらっしゃい」


 行ってきます、という言葉を残して、凛は一之瀬家とは反対の駅の方向へと向かう。それをサイドミラー越しに見て、明石は一人呟く。


「さて、どうなるかな?」と。

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