3話『絶望』

 警察が来るまでの間、翔と優は優の部屋で待機していた。警察にそこで待つよう言われたわけではないが、翔が階下に行くのを躊躇い止めたのだ。


 通報時には、両親が何者かに殺害された事を伝えた。そのためか、警官を乗せた警察車両は数分程度で到着した。


 それからだ。一之瀬家を中心とした住宅街が騒々しくなったのは――。


 警察車両や救急車が続々と一之瀬家の前に到着し、デジタル規制線が瞬く間に張り巡らされた。警官が家の前や道路に立ち、救急隊員や刑事達が家の中を行き来する。そんな騒がしさに満ちた家の中、二階の優の部屋で翔達はベッドに腰かけていた。


 目の前には女性の刑事と男性の刑事がいる。女性は名刺を翔に渡し、男性も続いて渡してくれた。女性は名前を明石と言い、男性は三橋と言った。


 二人とも刑事ではあるが穏やかそうな人達で、泣き喚く優を明石が宥めてくれた。優は泣き疲れたのか、今はベッドで眠っている。そのため、翔が代わりに対応する事になった。


 明石は携帯端末Uパッドに、男性は携帯端末にそれぞれメモを取りながら明石を中心に尋ねてきた。


「それで、もう一度警察を呼ぶまでの事を話してくれるかな?」

「はい。入学式を終えて家族にそれぞれ電話をしたら繋がらなくて。それで不安になって帰ってきたら、既に両親は殺されていて……両親に駆け寄ったら二階から物音がしたので、この部屋に来たら窓が割られていて。優がクローゼットから出てきて、それから警察を呼びました」

「話してくれてありがとう。今日の事はとても辛い事だと思う。でも、絶望に打ちひしがれないで」

「はい……あの、犯人を優が見たって言うんですけど、仮面を付けていて顔は分からなかったんだと思います」


 翔が言うと、三橋が首を傾げながら尋ねてきた。


「性別も分からなさそうだった?」

「はい。警察が来るまでの間、優に尋ねたら男なのか女なのかも分からなかったみたいで。ただ、長い刃物って言っていたので、刀とかそういう物を持っていたみたいです」

「なるほど……」

「それは優ちゃんも怖い思いをしたのね」

「そうみたいです……」

「分かったわ。一通り、聞きたい事は聞けたから私達の質問はもうないのだけれど、翔君の方から何か聞きたい事はあるかな?」


 翔は分かりきっている事ながら、しかし、聞かずにはいられない事を口にした。


「あの――犯人は捕まりますか?」

「うん。必ず捕まえる。だから安心して」

「……ありがとうございます」

「他に何か聞きたい事はある?」


 明石の言葉に、翔は今抱えている一番の不安を告げた。


「あの、僕達これからどうすればいいですか?」

「ご両親のお母様とお父様、あなた達のお爺様とお婆様にはご連絡したから、もうじき到着すると思う。その後で、どちらか、あるいは双方が力になってくれるはずです。だからそこまで心配しなくても大丈夫。味方になってくれる人達、だよね?」

「はい……ありがとうございます」


 項垂れて泣きそうな顔をする翔を見て、明石は一瞬視線をUパッドに落としてからこう言った。


「犯人は、必ず捕まえる。でも、それまでに何か不安な事があるのであれば、いつでも私達を頼って欲しい。今はまだ何がとは言えないけれど、力になれる事は力になるから。ね?」

「はい……ありがとうございます」


 そう言った翔の肩に明石は片手を置いた。温かな、しかし少しの力強さがあった。


 二人が出て行こうとするのを見て、翔は「あの」と声を掛けた。二人が振り向く中、翔は深々と頭を下げていた。


「必ず、必ず両親の仇を討ってください」


 明石は「うん。約束する」と言って出て行った。

 その言葉を信じながら、しかし、翔は今、絶望に打ちひしがれていた。


 両親が殺された。妹と二人きりになってしまった。何より、自分達はこの先どうなるのか。あらゆる恐怖と怒りと不安に打ちひしがれて、翔は一人泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る