第2話 再起動と違和感

 ピーッ、ピピッ。

 SYSTEM再起動……。

 肉体構成物質の正常再生を確認。

 神経回路接続……SEARCH……OK。ERROR確認されませんでした。

 TYPEディース201、個体名称レギンレイブへ動作権を移譲。

 これよりレイブン201は支援MODEへと移行します……


 暗闇の中、意識の外で無機質な言葉が響いていた。

 急速に覚醒していく私の意識と引き換えるように、意識外の声は息を潜めるように途絶える。

 ……意識外の声。

 レイブン……覚えている。


 女神ディース女性体アンドロイドガイノイドの補助機構。

 ナノマシンを操り、私たちの補佐をする存在。とは言っても、レイブンは私と共生関係にあるAI。


「ここは……?」


 私は起き上がって周囲を見回す。


『位置測位…………不能。衛星より信号受信できません』


 疑問の言葉にレイブンが答えた。


「でしょうね。ここは……洞窟?」


 ここは光が届かない場所のよう。

 暗視の効く私の瞳は、岩肌に包まれた周囲の状態を捉えている。

 ここは人が立ち上がっても十分に余裕のある壁面の高さがあった。

 ゴツゴツとした岩が露出した壁面。その岩肌はしとどに濡れていた。


「近くに人……そう、マスターは!?」


 意識が途絶えた瞬間の光景が脳裏に再生される。

 アングルボザを倒した直後。

 荷電投射砲同士が引き起こした爆縮現象。

 あの瞬間、私は次元断層への転移が間に合わなかった。

 転移中の半端な状態で巻き込まれたはず。


『マスターの生体反応は確認されません。私が機能を取り戻してから、破損した身体の修復に157482091秒を要しました。マスターの生存は絶望的だと推察されます』


 無機質なレイブンの報告に、私の身体を構成する疑似生体。その胸の内が軋むような感覚が湧き上がる。

 その感覚を振り払うようにして、私は今一度周囲を見回した。

 ここは、あの戦いによって破壊された瓦礫の下?

 最低でも五年近い年月がたったとはいえ、そう考えるには無理のある光景だった。

 あの決戦の場所であれば、どこかに金属的な人工物が見えるはず。

 しかしここは土塊つちくれと岩しかない。

 レイブンから送られてきたデータを確認すると、私がいるのは地中に出来た空洞のようだった。

 この空間にあった物質がナノマシンによって元素変換されて、私のこの身体になっているのだろう。

 私たちディース型アンドロイドは、僅かなナノマシンとそれを操るコアさえ無事ならば、たとえどれほどの時間が掛かろうとも再生することが可能なのだ。


『レイブン。分離行動を許可。遠隔探査を』


『了解』


 返事と共に腰まで伸びる私の銀髪が、毛先から首元へと黒く染まって行く。そして黒く染まった髪の部分が首元から分離した。

 切り離された髪は、みるみる形と色を変えてカラスの姿になる。

 一度カラスの形態を取ったレイブンはさらに姿を変え、溝の付いた紡錘状ぼうすいじょうの塊となると、高速回転をはじめてそのまま岩壁へと突き刺さった。

 ギュルギュルと壁面を削って壁の奥へと消えていったレイブンを見送って、私は自分の身体をあらためて確認する。

 手足の間接の動作。

 視覚聴覚をはじめとした感覚器官。

 戦闘型でもある私たちの身体に装備された武装。


「各種動作の異常なし」


 私が確認を終えるのと重なるように、いつもは感情を感じさせないレイブンから、困惑を隠せない声が届いた。


『……そんな……あり得ない……』


『レイブン? 何があった。正確に報告を』


『マスターが……マスターの生存を確認しました』


『マスターが生きて!?』


 それは理論的に考えればあり得ない報告です。


『ですが大変ですレギン。マスターが謎の大型生物に襲われています』


『レイブン! シンクロナイズを!!』


 レイブンの持つセンサー類からのデータを、直接受信した私は、武装の一つを展開して、最短距離で壁面を破壊する。

 スキャンデータによると、私が居る場所から比較的近くに、洞窟のような空間が広がっていることが分かる。

 未だスキャン探知の情報で、画像として捉えることはできていない。

 だがそこには一人の人間と、正体の判明していない大型の生物がいることはたしかだ。


「このデータは間違いなくマスターのもの」


 レイブンもまだ壁面越しにセンサーで捉えている状態なので、姿を確認している訳ではない。

 しかしそれは、確かに私のマスターとして登録された博士の遺伝子情報だった。

 マスターに襲いかかっているのは、シルエットだけを見ると四足歩行の犬種に見える。

 ただそのサイズが私の中にあるデータに符合しない大きさで、しかも遺伝子情報は犬種と別物だった。

 いやそれ以上に私に記録されているどの生物とも符合しなかった。

 マスターはその生物を短刀らしきモノで牽制している。

 大型生物のほうは、そんなマスターを前足でなぶっていた。 


『レイブン。マスターの援護を!』


 レイブンが回転速度を上げて、急速に掘削速度を上げる。

 近づいてくる掘削音に気を取られたのか、大型生物の動作が止まり、その首がレイブンの方向へと向いた。

 突然出来たその隙に対して、マスターは襲いかかるのではなく、逃げ出すことを選択した。

 戦力差を考えれば、生身の人間であるマスターが逃げ出す選択をすることは間違いではない。

 だが焦って動いたことは失敗だった。

 マスターの動作に気付いた生物は、異音への警戒心以上に、獲物への執着を優先した。

 大型生物がマスターを追いかける。

 人の足で稼いだ距離など、たった数歩の跳躍で追いついてしまうものだ。

 レイブンが壁面を貫いて、データを画像として私に届けたとき。

 虎とも猪とも形容しがたい凶暴な相貌をした獣が、逃げ出したマスターに追いすがり、その前足を振り下ろした。


「マスターーーーーーーーーーーー!!」


 マスターは逃げながらも、迫り来る獣を確認するように顔を向けたところ、頭を獣の爪で引き裂かれた。

 その勢いで吹き飛ばされたマスターが、ゴロゴロと転がって動きを止める。

 ピクリピクリと動いているが、マスターの額がパックリと割れ、脳漿が飛び散っている。


『レイブン! マスターの延命を!!』


 壁を抜けたレイブンは姿をカラス形態へと変えると、大きくひとつ羽ばたいた。

 レイブンは、一瞬とも思えるひとつの羽ばたきだけで、倒れたマスターの元へとたどり着くと、マスターの頭部に覆い被さるようにして取り付いた。

 次の瞬間、獣からトドメの一撃が振り下ろされる。

 だが、その一撃は見えない壁に遮られた。

 レイブンが、分離した私の髪の一部を操って防いだのだ。


 大型獣は、理解できない状況に、僅かな戸惑いを見せるが、すぐ苛立ったように両の足を交互に、見えない壁へと振り下ろす。

 獣がマスターに執着している間に、私も壁面を抜けて洞窟へと足を踏み入れた。

 その物音に気がついたのだろう、マスターへの攻撃の手が止まった。

 獣はその凶暴な顔で私を見詰め、のそりのそりと私に向かってくる。

 その動作は、得体の知れない私を警戒しているようだ。

 私は腿の外側に装備された柄を取り出してエネルギーを注ぎ込む。

 柄から光が伸びて刀身が作り出された。


 大型獣はその光のまぶしさに怯んだように顔を歪める。

 だが自分が怯んだことに怒りを感じたのだろうか、牙をむいて大きく咆吼した。

 グヲォォォォォォォォォォォォォォ!! と、叫びが洞窟の壁面が震えさせる。

 獣は四肢に力を込めると、私に向かってその力を解き放った。


「○×――○、○×△……」


 それはマスターからの意味を成さない言葉。

 ただそれが私の身を案じた言葉だということは理解できた。


「問題ありません。マスター」


 私のに記憶されたデータよりも、若く響いたマスターの声を耳に捉え、私は迫りきた獣に向かって踏み込むと光剣を一閃する。

 大型獣と私の位置が入れ替わり、獣は壁面に激突した。

 壁面に寄りかかった獣の頭部が、ズルリとずれ――地面にドサリと落ちる。

 虚ろな瞳で私たちを見ていたマスターが、それを確認すると安堵したように瞼を閉じた。

 大型獣が完全に生命活動を停止したことを確認した私は、マスターの元へと歩み寄った。


「これは……マスター?」


 私は横たわるマスターに視線を落として、大きな戸惑いを覚えた。

 それは、マスターの肉体年齢が明らかに私の記録されているデータと違っていたからだ。

 あの最終決戦の時、マスターの年齢は五六歳だった。

 だがいま目の前にいるのは、面影があるものの、どう見ても一五歳前後の少年なのだ。


『レイブン……マスターはいったい?』


『この人……間違いなく私たちに登録されたマスターのDNAを持っています。ですが……私たちが知っているマスターとは別人であるようです』


 レイブンは、マスターの頭部に黒い包帯のような形態で取り付いている。

 ナノマシンを使って、マスターの損傷箇所を修復しているのだ。


『別人……ですか……』


『前頭葉に通常の回復処理が不可能な損傷を負っていました。現在損傷箇所を、私たちと同じ疑似生体組織に置き換えています。この過程において言語データに接触しました。解析したところ、いくつかの言語と類似した文法の法則性と単語は認められますが、私の所持するデータとは大きく乖離しています』


 私たちには地球上の言語が全てインストールされている。

 そのデータから乖離しているということは、マスターが若返っていることと同じように不可解なことだ。

 レイブンは人間の記憶野をスキャンする能力も持っている。しかし、それはできないようにプログラムされているため、状況証拠から判断しているのだろう。


『とりあえず彼の回復を……。マスターとの繋がりをこちらから断ち切る事はできませんし、私たちには彼の知識が必要でしょう』


『レギン……もしもこの人が悪人であったらどうするのです』


『レイブン。アナタの懸念は分かります。ですが、彼が本当のマスターで無いのならば、私たちの能力は知り得ないでしょう』


『なるほど。私たちとこの人の間にある主従関係を伏せて接触するというワケですね』


『そうです。彼の心底が判明するまでは、たまたま彼を助けた人間として接触します』


 それに、私たちはマスターが居なければ、人間と大差ない最低限の能力しか発揮できない。

 先ほどのような敵性生物が存在するのなら、マスターの存在は重要だ。

 私は今一度、若々しい姿のマスターに視線を落とした。


 艶やかな黒髪に、抜けるような白い肌。

 先ほど気を失う前に見えた彼の瞳は、済んだ蒼い色をしていた。

 博士マスターとまったく同じDNAを持っているだけあって、彼を若返らせたらこういう容姿だっただろうと納得できる。

 博士マスターは、スウェーデン人の母親と日本人の父親との間に生まれた。

 そのせいか日本人的な彫りの浅い顔のパーツもあり、容姿は整っているものの鋭利さは無く、柔らかい雰囲気をしている。中性的とたとえる人も居るかもしれない。


「……どちらにしても、彼が意識を取り戻してからの話ですね」


 少なくとも、この不可解な状況から前進できることは確かだろう。

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アンドロイドは異世界の夢を見るか 獅東 諒 @RSai

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