アンドロイドは異世界の夢を見るか

獅東 諒

第一章

第1話 神々の黄昏

「レギン! ここでヤツを止めるぞ!!」


 地下に建設されたドーム状の巨大な空間、その壁面が大きく崩れて大量の破片がガラガラと散り落ちる中に、博士マスターの声が響きました。

 武骨なパワードギア。

 そのフェイスシールドの奥から私に向けられた視線には、マスターの決意が感じられました。


「イエス、マスター」


 マスターに応えた私は、視線を上空へと向けてその先にいるモノを見詰める。

 そこには巨大な女性がいた。

 これまでに私や私の姉たちが放った攻撃によって、ボロボロの姿になった女性が……。

 今の彼女は、そのボロボロの身体を補うために、ドーム内に埋設されていた無数のケーブルを身体に取り込んでいる。

 その姿は、いくつかの神話のデータにある半人半蛇の魔物に見えた。

 美しかった彼女の顔は、半面が大きくくだかれている。

 それは散っていった姉たちの攻撃によるものだった。

 砕かれた半顔はナノマシンによる回復が間に合わず、今はドームの壁面に使われていた鋼板を縫い付けるようにして止めていた。


 巨人ヨトゥン型アンドロイド、個体名アングルボザ。

 それが目の前にいる彼女の名だ。

 彼女が人類に反旗を翻し、配下であるアンドロイドを率いて地球へと攻め込んできてから、既に三年以上の月日が過ぎていた。

 テラフォーミングの為に、マスターが世界で始めて実用化に成功した彼女は、その使用目的もあって、人間の数倍のサイズをしている。

 最終決戦の場となったこの巨大ドームは、アングルボザが新たなアンドロイドを生み出すためのプラントとしていた場所だった。


 そんなアングルボザたちの脅威から人類を守るため、マスターによって新たに創造さつくられた女神ディースガイノイド女性体アンドロイド

 それが私や姉たちだ。

 そして今、数々の死闘の果てについに彼女を追い詰めたのだった。

 私たちの周囲にはその死闘を表すように、姉たちやヨトゥン型アンドロイド、さらには量産型アンドロイドたちの残骸が転がっている。


 私は足に力を込めると、地面に向けて一気に力を解放する。

 ガッ――と、足元を中心にして地面に円形の亀裂が走り、周囲の残骸が弾けるように宙に舞った。


『レイブン――荷電投射砲を展開』


『了解』


 女神ディースガイノイド女性体アンドロイドの共生補助機構であるレイブンが、次元断層に収納されていた荷電投射砲を、私の前方へと顕現させる。

 空中に現れた砲身は、突進する私の動きと連動するように、等距離を保って浮かんでいた。

 アングルボザは進み来る私に、僅かに視線を向ける。

 しかし彼女の意識は、明らかに私の後方に位置する博士に向かっていた。


「あら――いやですわ愛しい人。愛を囁き合ったこの私を……娘に討たせようとするなんて」


 まるで自分の肉体を操っているように、彼女はその身体に取り込んだケーブルを、自身に向かってくる私へと振り放ってきた。


「戯れごとを! 私の過ちはお前を生み出してしまったことだ!」


 私へと迫るケーブルに向かって、マスターが援護のミサイルを放っていた。


「……あら、そんな事を言っていいのかしら?」


 アングルボザは僅かに嘲笑にも似た笑みを浮かべる。


「この子だって、私が居なければ存在しなかったのよ?」


 そう――彼女から蓄積された多くのデータによって、その後のモデル、最新型である私たち女神ディースガイノイド女性体アンドロイドも生み出されたのだ。

 彼女は私たちにとって、確かに母のような存在でもあった。


「そうだ! だが……たとえそうであったとしても。いや、だからこそ……だからこそここで、全てを精算しなければならない!」


 背後から私を追い越していったミサイルが、うねうねとこちらに迫るケーブルに着弾して爆散。煙幕のように爆炎が広がる。

 それに紛れた私は、直進していた軌道をアングルボザの左側へとずらして、荷電投射砲の砲身を彼女へと向けた。その動作と同時に荷電投射砲のセーフティーロックの解除コードを転送する。


「私たちは人類の未来を守るために産まれた存在! その使命を忘れた、貴女の狂気と暴虐はここまで!」


 彼女は、今ここで破壊しなければならない!

 この身にプログラムされた強迫観念とも感じられる意思が、私の疑似生体脳を埋め尽くす。

 次の瞬間、荷電投射砲の砲身上を余剰電流が撥ね、雷光と見まがうエネルギーが解放される。

 砲身から放たれた雷光が、ケーブルを切り裂きながらアングルボザへと突き刺さり、彼女の身体を激しく燃え上がらせる。


「クゥッ……アァァァァァァァァァ! 愚かなガイノイド! 我らこそ――我らこそが、この汚れ果てた地球を救う存在なのにィィィィィィィィィィィィィィィ!」


 彼女は苦痛に顔を歪めながらも、身体を包む炎の中で、頭上から降り注ぐドームの無数の瓦礫を、急速にその身に取り込み始めた。

 アングルボザに取り込まれた瓦礫が、変質しゆっくりとその姿を変えていく。


「あれは……まさか!?」


 じわじわと形を成していくそれは、私の目前に浮かぶ荷電投射砲に酷似していた。


『レイブン! 次弾の充填を早く!!』


『この空間に歪みが発生。次元断層からのエネルギー供給に問題が生じています』


 目の前では、アングルボザが作り出した荷電投射砲の砲身が光を蓄えだした。


『ヤツも次元断層からエネルギーを?』


『いえ、彼女は自身のエネルギーを充填しています。高出力エネルギー同士の干渉と思われます』


 彼女は自分の身体を再生させることよりも、私たちを道連れにすることを選んだのだろう。

 最後に残された己のエネルギーを砲へと注ぎ込んでいるのだ。

 アングルボザと私。

 向かい合う二つの荷電投射砲。その間に、バチバチと弾けるようなエネルギー干渉が可視化していた。


「レギン。最後のガイノイド……。彼女を倒すんだ……私の過ちを、どうか……」


 祈るようなマスターの言葉と共に、私は自身の背に、何かが接続されたのを感じた。それはパワードギアからのエネルギー供給ケーブルだった。

 マスターの意図を理解した私は、前方に浮かんだ荷電投射砲へと自身の右腕を接続する。


「貴女の狂った妄執はこれで終わり!」


 私とパワードギアのエネルギーによって充填を完了した荷電投射砲が、アングルボザより僅かに早く、砲身から次弾の雷光を放った。

 一瞬遅れてアングルボザの砲身からも雷光が走る。

 二つの雷光が正面からぶつかり合った。

 強大なエネルギーの激突は爆発的な力を生み、雷光の接合点を中心に、大きな空間の歪みを生んだ。


「――アッ、アアァァァァァァァァァァァアッァァァァァァ………………」


 私たちよりも僅かに発射が遅れた分、アングルボザの眼前に現れた空間の歪み。その中心は、無と呼ぶ以外に表現のしようのないモノだった。

 その歪みの中心へと、彼女の身体がボロボロと崩れながら吸い込まれていく。

 断末魔の叫びさえもその無の中へと消え、美しさを保っていた彼女の半顔さえも、分解されるように無へと呑み込まれていった。


「……終わった……」


 僅かばかりの安堵をよそに、生み出されてしまったその空間の歪みは、想像を超えてさらに大きく広がって、私たちへと迫ってきた。


「マスター!」


 広がり来る無の空間に背を向けた私は、パワードギアを遠ざけようと動いた。

 しかしそれよりも早くマスターの声が響く。


「レイブン!! 創造者ユミルが命じる! レギンレイブを次元断層に転移!!」


『イエス、マスター』


「マスター!? 何を!」


 マスターが声を上げるのと同時に送られた機能抑制コードによって、私の身体は、己の意思に逆らってその動作を止めてしまった。


「レギン……出来れば君だけでも……」


 次元断層には生命体の移動が出来ない。

 マスターは逃れ得ぬこの状況に、一縷の望みを掛けて、私だけを次元断層へと待避させようとしたのだ。


「マ……ス……ター……」


 次元断層への転移に生じる視界の歪みの先で、マスターの乗るパワードギアが分解されてゆく。

 次の瞬間。

 私の身体は強力な波動に呑み込まれるように錐揉みし……私の機能は完全に停止した。

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