第4話 星の夜に


戸の開く音がして、目が覚めた。


辺りはずっと暗かった。



ガラス戸の外には降り積もった雪がすぐそこまで迫っていて、今にもこの駅舎ごと飲み込むのではないかと思う。


すると、先ほどまでガタガタと戸を揺らしていた風が急に穏やかになっていたのを感じた。


雪が.......止んでいた。



「.......午前、2時15分30秒をお知らせします.....ピッ...ピッ...ピッ...」


ラジオをつけチャンネルを時報に合わせる。

そういえばこの駅舎には時計がないことに気がついた。宇宙から地球向けに発せられる電波が唯一、時刻を知る手がかりとなっているとは。

.....まだ、夜中か。



駅の外のホームに人影が見えたので、ふと戸を開けてみた。


そこには昨日の少女が空を見上げて佇んでいた。




「........星?」




気がつけば雲は晴れ、そこには見渡す限りの星が輝いていた。

街灯もひとつもない、暗闇に落ちた山脈の谷の底というだけあって、星々の瞬きを遮る光は何もない。目が冴えてくればもっと多くの数の星を見ることができるだろうか。


満月の月明かりが少女の後ろ姿を青く照らしていた。




「........何の用?」


彼女が振り返って尋ねる。



「いや、何でもないが......」


そこで息詰まったが、とりあえず思ったことを口に出すことした。



「なぜだ.....僕に対して、何もそこまで警戒心を募らせなくても良いだろう。

僕はもう数ヶ月も他人と会っていなかった。尋ねたいこともある、この世界について....。


だから.....何というかこの世界に取り残された同じ住人として、もう少し友好的に.......」

「うるさい。」



雪の壁に吸い込まれるような細い声で、しかし耳に残るような言い方で彼女は言った。


「立場を理解しなさいよ。そもそも私は貴方と協力関係を結ぼうとか思ってないし。それでなくとも初対面の女性に馴れ馴れしく接しすぎでしょ。」



「他人を信頼することは大切だ......少なくともこの世界ではそうでもしないと生き残れない。」



「信頼......?貴方は自分が信頼に値する人だと思っているようだけど、今もこの世界に残っているってことが、その証拠じゃない。




.........5年前のあの日、『災害』によってこの地球のシステムが全て狂った時に他の惑星系への移住......『イミグレーション』を行うって決めた際、臨時国連でどんな決議が採択されたか覚えてない?」


「.........全ての人類を救済することを約束した。しかし、一度に全ての住民を惑星外に飛ばすことは不可能だから、『優先順位』を設けた....極めて合理的なシステムだ。」





『優先順位』とは.....それ即ち、そのひと個人が人類全体に対して相応しい人間か、利益を生み出す人間かどうかを、各国が集計した犯罪係数や納税額、収入、家庭持ちか....などの膨大なデータベースを元に判断し、順位の高いものから順番に優先的にイミグレーションを進めるという制度だった。



「今、どれだけの人類が既にイミグレーションを完了したか、知ってる?


59億、9980万人だよ。かつて地球にいた人類が100億人くらい居て、そのうち40億人は「災害」とその後の二次災害の隕石どもで消し飛んだけど。イミグレーションが完了してないのは、この地球上でたった20万人しか居ない。



 


.....分かるよね。私が貴方を信頼できない理由が。」





「.......嘘だろ。」




「いや....だって俺、何も悪いことしてないし、前科持ちとかそういうのでもない。ただ真っ当に生きてきただけだってのに....。



.......もう既に、それしか残ってないのか。一体どういうことだよ......俺は、見落とされた......政府に、国連に.....世界に。」



「だからさ.......さっき自分で言ってたよね。政府は確実に全ての人類を救済するって。見落とすはずが無い。少なくとも優先順位の順番に、救助は来てる。

さっきどうやってここまで歩いて来たの?どうせあの細い歩道を伝ってきたんでしょ。

あれだって、この雪に埋もれた村にだってまだ救助が来てる証拠だよ。例えこれだけ雪に埋まったとしても、無理に雪道を作成してまで救助しに来る。


奴等は見落とさないよ。要するに、貴方がここに残っているのには、それ相応の理由があるんでしょ。」




「.........本当に、何も知らないんだ。」



自分が人類にとって最低レベルに重要度が低い......何故だ?






彼女は未だ空を見続けていた。


「......それで.....何をみてるんだ?さっきから....」

「あっほら。」



彼女が指差す先には、一筋の巨大な流れ星が.....それはまるで火球のように地上へ向かって加速していた。



「あの分なら.....こちらに落ちる心配は無いだろうけど.....」


流れ星は嫌いだった。....というか、それはあの災害以降、殆どの人類にそう映っていることだろう。


世界が崩壊してから、あの落下する星は無差別に地上を爆撃してくる兵器と化した。


莫大な質量で、大気圏外から音速の数百倍もの速度で降下し、高温の炎と有害物質を伴いながら大地を文字通り消し飛ばす。



あれによって、一体どれだけの人類の命が奪われたことか..... 少なくとも、イミグレーションの規模を大幅に縮小できるくらいには人口を削っていたのは確かだった。


彼女はその落ちる星を見ながら、先程までの威圧的な声色ではない、初めて女の子らしい声で呟いた



「........綺麗だよね。あれ」







流石に冗談だと思いたかった。

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