第3話 不可侵

「.......いや、、本当に武器は何も持っていない。」


「そのリュックの中も全てひっくり返して見せなさい。あとコートのポケットも。

本当に何も持ってないの?刃物も?調理用のやつも含むよ。


........早くしろ。」




刃物といえば一本だけあった。調理用に必要と思って自宅から装備し続けてきたサバイバルナイフ一本。それ以外に武器になりそうなものは手持ちに無かったので、とりあえずその一本だけを渋々彼女に差し出した。



これだけ人という存在が殆ど消え去ってしまった世界で、他人に警戒感を抱くのもよく分かるが......しかし彼女の目はそれ以上に僕のことを、まるで凶悪犯でも睨むかのように見つめていた。


彼女は足元に置いたサバイバルナイフを拾い上げて、


「危ないね.....こんなもの持ってるなんて。」




いや拳銃を堂々と突きつけるような人に言われたくはないが。


「ほかには無いの?ほらその服の裏に隠してるとか」


「何もそこまで凝ったことしてねえよ。言っておくが、僕は盗賊でもなんでもないただの哀れな避難民だ。生き残るためにここにやってきたんだ.....」



そう言うと、彼女は呟くように言った。


「へえ.....哀れな、ねえ。よくもこの状況でそんなこと言えたものね。」



僕がいつそこまでのことをしただろうか。まさか彼女はこの駅を自分の家とでも勘違いしてるのか?少なくとも生き残る為にはインフラが生きてる可能性の高い駅に避難してくるのは不思議では無いだろう。駅は公共の施設だ。


そこまで侵入者の如き扱いを受けなければならない理由が分からなかった。


結局、リュックは取り上げられ、何重にも重ね着した服の上から念入りにチェックを受けた上でやっと許してもらえた。



「ここから先は駅員室。で、貴方の使える空間は、ここの待合室のスペースだけ。分かった?」



「はぁ、まあ良いだろう。」


兎も角、線路の状況を見る限りではこの豪雪地帯の地域の鉄道であれば少し無理すれば走れる程度の積雪だった。

もう今日の列車はないだろうが、明日にでもこの駅を出発して日本海側、酒田方面に進めば良いだけだ。


そういえば、大切なことを聞き忘れた。


「そうだ....明日の電車は何時に出るんだ?この状況じゃあ、もう通常ダイヤでは運行してないだろ。」




「ええ.....そうだね。明日には来ないね。」



「と、言うと数日はこの駅舎で待ちぼうけか....。」



「次の電車は1週間後。それも早ければだけど。」


1週間.........か。




.......って、まさかこの駅舎で1週間過ごすのか?



食料は無いこともない。暖を取ることもできるし飲み水は雪を溶かしてでも確保しよう。命を落とす心配がないだけ有難いが....しかし、期間がそれ以上となれば話は別だ。


雪が降り始めたのがちょうど5日前の明け方だったか、それからずっと降り続けている。このまま雪が積もり続けば1週間後には鉄道も動かなくなり、ここは確実に孤立するだろう。第一それ以上の食料は用意していない。


動揺している間に、彼女は扉の向こうに行ってしまった。あの分ではあちらからわざわざ話しかけてくることはないだろう。


ため息をついてベンチに寝転がる。



この世界で生きるには....各地に点在する公共の物資が重要になってくる。もう2年ほど前になるか。最後に日本各地を巡回した在留国民支援隊が残した置き土産が各所に存在していた。この崩壊した世界で、未だイミグレーションにありつけなかった人々に対しての救援物資だ。それがこの駅にはまだ残されているかもしれないのに。



...........今でもはっきり脳裏に焼き付いているあの日、あの大災害で、人類は何を学んだか.......少なくとも、それ自体に特に意味は無かったのかも知れないが、大切なのはその後だ。人類は少なくとも助け合って生きてきた。



そうだ、助け合わなければ何も生まれないだろう。他人を信頼しなければ......この世界で1人生きていても、できることは限られているのに。

そう、心のうちで彼女を批判したところで、なんとなく彼女の元に押しかける気にはならなかった。体が動かない......


駅舎の中には、石油ストーブが燃焼する音と、吹雪が戸をゴトゴトと揺らす音、ただそれだけが響いている。暗闇の中、静寂に包まれた空間、小さな小さな生存可能領域とでも言おうかその中に収まった自分.....とやかく思うことはあれど、一度死に直面した僕にはその環境で既に安心しきって、まどろみ始めたと思えばそのまますぐに眠りについていた。

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