第5話 授業説明

【side:ルクス】


 その時教室に入ってきたのはボサボサの髪に着崩した教員服と白衣をを纏った女性だった。そのだらしのない格好は教員服を着ていなければ教師とは思えない程だった。


「お前らー。んなとこで何くっちゃべっているだ。さっさと席に着けー」


 と、気の抜けた声で教師は言う。僕達は思わず毒気が抜けてしまった。

 しかし、そこは空気の読めない者が約一名。


「お前のような貴族崩れが俺様に指図するな!」


 デビットだった。そして意外というかアーケインは静かにしていた。


「はいはい、そういうのいいから。元気があってよろしい。じゃあ、席に着けー」


 しかし教師はまるで取り合わなかった。それどころかあっちに行けとばかりに手を振る。


「貴様!」

「はぁー、めんど……。いいかー、お前らはこの学園に居る間は生徒という身分だ。あたしら教師の方が身分は上となる。これはシャングリラ王家が定めた王政令だ。あんま煩いと減点だからなー」

「なっ……」


 そう言われて顔を赤くするデビットだが、流石に王政令を出されて文句は言えないのかそれ以上は何も言わなかった。


「という訳で、分かったら席に着けー」


 三度目の台詞に、僕らはようやく自分の席に着いた。僕は軽く教室を見回す。どうやら窓側が貴族組、廊下側が平民組となっているようだ。

 机の大きさはちょうど二人分の大きさで、五列計十人。それが窓側と廊下側で一組二十人のようだ。

 因みに僕は一番後ろの列で、前がリリィ。隣の席はアイリスだった。そして通路を挟んで隣側にはあのノクスと名乗った彼と、彼と一緒に入ってきた少女がいた。


「よし、席に着いたなー。これからHLを始める。HLってのは毎朝授業前に行われる業務連絡を行う場だ。朝眠いからといって聞き逃しても知らないからなー」


 教師はそんな冗談を交えながら言った。僕は懐から手帳を出してメモを書いておく事にした。

 覚える事が多そうだからね。


「まずは自己紹介からいくか。あたしはオール・フォン・ルキサス。このA組の担任教師にして保険医でもある。呼ぶならルキサス先生と呼べー」


 教師――もといルキサス先生がそう名乗ると、隣のアイリスが驚くのに気が付いた。気になった僕は小声で話しかけることにした。


「(どうしたの?)」

「(……なんで兄さんが知らないのよ。オール・フォン・ルキサスと言えば、魔法薬の分野で知らない人はいないわ。現在流通している魔力回復薬の新製法を作り出したのがあの人よ)」


 アイリスの説明に僕は驚く。どうやら人は見かけによらないらしい。そして呆れた様子のアイリスに僕は気まずくなって視線をそらした。

 僕は僕が抱える問題に対して半ば諦めている。しかし、妹は何か解決策が見つかるかも知れないと、昔から魔法薬について勉強していたのを思い出す。双子だからなのか、周囲の僕への評価を僕よりも気にしていた。――「何で兄さんが不当に貶められなければならないのか」……と。

 僕達が話している間も先生は話を続ける。


「――さて、こんなもんかな。次はお前らの番だ。んじゃ、ここは貴族組から手本を見せてもらいますかね」


 そう言って今度は僕達生徒の自己紹介が始まった。前から順番に行われていく。最初の生徒はルキサス先生と一緒に教室へ入ってきた人だ。彼は立ち上がると教室を見回しながら挨拶を始める。


「初めまして皆さん。ぼくの名前はレオナルド・フォン・ユストピア、シャングリラ王国から南に位置するサウトピア王国の第二王子です」


 僕は驚いて彼を見る。そういえば確かに、彼は入学式で新入生代表挨拶をしていた人物だった。この国では特徴的な容姿をしているが、あの時はアーケイン君たちと揉めていたので気が付かなかった……。


「諸事情で同盟国たるこのシャングリラ王国へ留学する事になりました。何事も無ければ三年間はこの国に居ますので、気軽に仲良くして下さるとうれしいですね」


 彼のさわやかな挨拶に黄色い声を上げる女子生徒がちらほら。特に平民組は初めて見る本物の王子様に目が離せないようだ。

 ふと思って隣を見ても、アイリスは然程関心が無いようだった……。


「因みに僕のクラスは【生産系高位クラス】の【匠工マスタースミス】です。改めてよろしくお願いしますね」


 彼はそう締めくくった。それにしても【匠工マスタースミス】かぁ……。出来れば僕の剣を打って欲しいけど、流石に王子様に頼むのはなぁ。なんて思っていると、次の人が入れ替わりで席を立った。彼もまた、あの時先生と共に教室に入ってきた生徒だった。そしてその容姿から察するに……。


「オレっちはノリス・フォン・アゼルバイン、レオ様の専任護衛官だ。クラスは【武芸者ウェポンマスタリー】。特に可愛い子ちゃんたちはよろしくね☆」


 そう言ってウィンクをするノリス。彼は南国人特有の小麦色の肌と金髪を持ち、その耳にはピアスを着けていた。

 ………………何というか軽いね、彼。本当に護衛なのだろうか? そんな風に思った僕は悪くないと思う……。


  その後、順番が回ってきたのだった。


「ルクス・フォン・ブレイブハートです。クラスは【魔法剣士ルーンセイバー】、だけど体質で魔法は使えないんだ。これからよろしくね」


 そう言って僕は席に着いた。僕の挨拶に特に平民組は驚いている様子だった。なんせカミングアウトの連続だからね。心配そうに見てくる二人に問題ないと頷いておく。どうせ貴族組には有名な話なのだ。なら下手に隠さない方がいいという判断だったりする。

 次は妹の番だ。


「アイリス・フォン・ブレイブハート。ルクスの双子の妹。クラスは【錬金術師アルケミスト】よ」


 アイリスはさっさと挨拶を終わらせて席に着いたのだった。やる気がないというか感心がないというか……。


「よーし。個性溢れる自己紹介だったな。次は平民組だ。後ろからいけー」


 ルキサス先生の言葉に、彼が立ち上がった。


「ノクス・ベルフォードだ。クラスは【大魔導士アークウィザード】。好きな属性は風属性と雷属性かなぁ。あと、何人かとは友達になりたいかな。よろしく」


 彼の挨拶に僕は驚く。どうやら彼がリリィの言っていた人物らしい。という事は彼女も?


「初めまして。私はオリビア・ベルフォードです。【剣聖ソードマスター】のクラスを持っています。目標は一番の剣士になることです。よろしくお願いします」


 【剣聖ソードマスター】の子はオリビアさんと言うらしい。ノクス君とは違ってオリビアさんはしっかりしているようだ。そして改めて見れば結構な実力がありそうだ。彼女とも切磋琢磨していければいいなと思ったのだった……。




「さて、これで自己紹介は終わったなー。これから1年間はこのメンバーだからあんまり喧嘩するなよー。それじゃあ次行くぞ。先ずはこれを回せー」


 そう言って、ルキサス先生は棚から本の束を取り出した。そうして回されてきた本は教科書だった。


「えと、基礎学問に歴史学、そして礼儀作法か。どちらかと言うと平民組向けなのかな?」

「かもしれないわね。貴族組はこの学園そのものが小さな社交場の様なものだから」


 僕のつぶやきにアイリスがそう返してきた。

 なるほど……。


「軽く説明していくぞー。まずこの学園は平日の午前中、朝8時から4時間行われる。基礎学問・歴史学・礼儀作法の共通授業と、各クラスに分けられた専門授業だ。一つずつ説明していくぞー」



 基礎学問。

 主に読み書き計算などの基本的な授業だ。貴族組は家庭教師を雇っているので、読み書き計算の問題はない。しかし平民組は違う。この学園に通う事が決まった時点で文字を読む事と単純な計算は出来るよう、最寄りの教会で勉強を受けている。けれどもそれは、最低限困らない様にするためだ。寮暮らしをするうえで買い物が出来なければ困る事になるからだ。

 だが、それは先程も言った通り最低限のものだ。この学園に通う平民はいずれ国や貴族に仕える者も多い。そんな中、読み書き計算が出来なければ問題がある。その為の授業がこの基礎学問だ。


 歴史学。

 主にこのシャングリラ王国の歴史を中心として内容だ。この授業はどちらかというと貴族向けと言えるだろう。この国の貴族がこの国の歴史を知らないのは流石に問題があるからだ。また、これが各家で家庭教師に習わないのは差別や偏見を防ぐ目的もある。王族批判だったり、一部の貴族家を偏重しないようにする為だ。

 他にも戦争や宗教に関する内容も含まれている。


 礼儀作法。

 主に貴族社会でのルールやマナーを筆記だけでなく、実践でも勉強する事となる。貴族的な挨拶の仕方やテーブルマナー、ダンスレッスンやダンスの誘い方など。社交界の場にて必須となる授業内容だ。基本貴族向けと言えるが、平民組にとっても重要な内容だったりする。この学園には【高位クラス】持ちが通う。貴族に仕えれば護衛として、戦争などで活躍すれば一代限りの爵位が貰えるかもしれない。いずれにせよ、社交界に参加する可能性はある。その時に恥を掻かない・掻かせない為に大事な授業となっている。



「分かったか? まぁ、分からなくても授業の時に授業担当の教師にでも聞くといい。この学園の教師は基本的に教える事に熱心だからなぁ。そういった熱意のある教師を理事長が選んでいるから、学ぶ環境としてはかなりのものだぞ。そんで次は専門授業だな。専門授業は【クラス】の系統に合わせて分かれる事になる」



 戦士専攻・魔法専攻・支援専攻・生産専攻の四種に分かれている。


――戦士専攻では、気力を増やすための体力づくりから気功力の使い方、各種武器での戦闘の習熟を目的とした実戦形式の授業となっている。


――魔法専攻では、魔力操作の指導から魔法使用時の詠唱のセオリー、各属性の特徴と相性、集団戦における立ち回りなど。


――支援専攻では、バフ・デバフの効果とその見分け方、戦闘における立ち回りなど。


――生産専攻では、素材の見分け方に魔獣の解体の仕方、属性金属や魔力草の種別、各生産品の作成練習など。


 それぞれ【クラス】に合わせた授業内容であり、この学園の本命の授業でもある。



「授業としてはこんなもんだが、他にも部活動というものがある。これは同じ目的をもった生徒同士が集まり活動を行うものだ。強制ではない、しかし放課後の有意義な時間の使い方としておすすめするぞ。後は生徒会、学校運営の一部を生徒に委任した組織だ。これは教職員推薦枠と生徒会推薦枠の各二枠ずつしかない。とはいえ、生徒会に入れれば王城務めの際、就職に有利に働くぞ」


 こうして授業関連の話は終わった。

 思ったよりも忙しい学園生活になるかもしれないと、僕は今から楽しみだった。


「最後に明日の連絡をするぞ。明日は全学年合同のオリエンテーションが行われる。先程言った部活動紹介もあるから楽しみにしておけー。後は貴族組・平民組に分かれての交流会もある。貴族組は主に挨拶回りになるだろうし、平民組は先輩達から色々聞いてくるといい。――以上、解散」


 ルキサス先生はそう言って締めくくった。

 教室内に弛緩した空気が漂う。さて、これからどうしようかと思っていると、僕達の元に何人かの生徒がきた。


「ちょっといいか?」

「何だいノクス君、それにオリビアさんも」

「少々お待ち下さい。僕達も混ぜてくれるとうれしいですね」


 そう言って今度はレオナルド王子とその護衛のノリス君もやってきた。

 僕・アイリス・リリィ・ノクス君・オリビアさん・レオナルド王子・ノリス君……だいぶ大所帯となってしまった。


「王子にチャラ男じゃん」

「こらっ」


 ノクス君の言葉をオリビアさんが諫める。二人の関係は今のでだいたい分かった気がしたよ。


「王子なんて堅苦しく呼ばずにどうか名前で呼んでくださるとうれしいですね」

「んじゃ、長いからレオで」

「!!……ふふっ、はいよろしくお願いしますね、ノクスくん」


 恐るべき事に王子を呼び捨て、どころか愛称で呼び、あまつさえ敬語も使わないノクス君の怖いもの知らず僕は仰天した。

 さすがに不敬では? と護衛でるノリス君を見ると……


「オリビアちゃんだっけ。可愛いね、この後お茶しない?」

「お断りします」

「そっか~」


 オリビアさんを口説いていた。えぇー。


「なんだろう、凄く混沌としてるね……」

「そうだね……」


 僕とリリィは思わず黄昏てしまった………………。




 気を取り直して僕は咳払いをする。


「それで、二人は何か用があったんだよね」

「あぁそうだった。俺はルクス、お前が気になっていたんだ」

「ええ!?」


 驚いたのは僕ではなくリリィだった。


「そ、それはつまり、ルクノク!?」

「んな訳あるかっ」

「痛い!」


 リリィの不穏な言葉に思わず手刀をかますノクス君。――意味は分からないけど今のはリリィが悪いと思うよ。


「おめぇ、さては腐女子だな!?」

「酷い!?」

「ひでーのはお前だっ。つうか貴族子女って腐ってんのか?」

「そんな訳ないでしょう。腐ってるのはこの子の頭だけよ」

「うちだって別に腐ってはないよっ」


 全貴族子女への思わぬ風評被害が飛びそうになる中、アイリスがそれを否定したのだった。


「あははぁ……、それで僕に用って? 生憎僕は魔法が使えないよ」

「それもある。不自然な魔力の流れしてんなって思ったら訳があったんだな。まぁ、それも含めてお前さんが気になるから友達になろうぜって誘い」


 そう言ってルクス君は右手を差し出してきた。

 その願ってもない誘いに僕は嬉しくなった。それに彼からは悪意や見下すといった感情が感じられなかった。ただ純粋に気になるって感情が判る。だから僕は彼の右手を取った。


「うん。こちらこそよろしく!」

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