第4話 勇者

【side:ルクス】


 ブレイブハート勇爵家。それは今から約300年前に誕生したシャングリラ王国内でも屈指の名家。初代当主ベルファストは【魔法剣士ルーンセイバー】の【クラス】を持ち、当時王国を襲った三つの災厄を打ち払った伝説の人物と言われている。その名声は大陸中に響き、〝勇者〟の称号が与えられた程だった。その名に因んで彼の家は特別に〝勇爵家〟という爵位が授爵された。

 勇者ベルファストの物語はシャングリラ王国内に留まらず広く知れ渡っており、今では子供たちの寝物語となっているほどだった。


――曰く「邪悪な竜王を打ち倒した」

――曰く「狂える霊獣の怒りを鎮めた」

――曰く「■■■■■■■■■■■■」


 現在では三つの災厄は二つだったとも言われているが、彼の強さは本物だった。当時から現在に至るまでこの世界の常識を覆した伝説のクラス、それが【魔法剣士ルーンセイバー】だった。

 このクラスは【戦士系クラス】の特徴である〝気力と気功力〟――そして【魔法系クラス】の特徴である〝魔力と魔法力〟――それら両方の力を併せ持つのだ。優れた身体能力に剣の才能、秀でた魔法能力と魔力制御――そんな破格のクラスだった。


 【クラス】というのはどういう訳か、稀に遺伝する事がある。その最たるものがシャングリラ王国の法爵家だ。彼らは各属性に特化した【魔法系高位クラス】を高い確率で遺伝させていた。その為血統の保護がなされ、時には王家が婚姻にまで口出しする事もあったそうだ。そして当時の国王は勇者の血統を保護した。例え子孫に【魔法剣士ルーンセイバー】が発現しなくとも、名家として現代に至るまでその血脈は受け継がれてきたのだった。


 そして時は経ち、星歴2293年。

 ブレイブハート勇爵家に男女の双子が生まれた。先に生まれた嫡男ルクスと名付けられた赤子は驚くべきことに【魔法剣士ルーンセイバー】のクラスを発現させたのだった。

 すぐさま国王に報告がなされ、その噂は瞬く間に貴族達にも知れ渡った。――〝勇者の再来〟……と。

 赤子が成長し、5歳になると早速英才教育が始まった。少年は大人たちが驚嘆する程の剣の才能を示し、――――そして落胆する程の魔法を見せてしまった。

 〈魔力放出不全症〉――この病は【魔法系クラス】を発現させたものが稀に発症する奇病だ。別段命に関わるものではない……が、ある意味それ以上に重い病とも言えた。簡単に言えば魔法が使えなくなるのだ。それは魔法使いにとっては致命的なまでのものだった。

 古くから存在するこの奇病は幾度となく調べられたが、未だ治療方法は判明していない。曰く、本来生物は魔力を持たない。その為クラスによって魔力を獲得しても体が合わずに、何らかの拒絶反応が出る、或いは機能不全を起こしているのではないか……と。

 誰もが関心を寄せていた事だけに、この奇病のことも瞬く間に広がっていった。ルクス少年は大人たちから勝手に期待され、勝手に失望されたのだった。特に少年に対して失望を隠さなかったのは彼の実の父親だった。300年も【魔法剣士ルーンセイバー】が発現せず、貴族社会では伝説の名家と揶揄されていた。そんな中生まれたルクスは貴族の当主として、何よりの誇りであり――嫉妬の対象でもあったからだ。


 幼くして少年は人の身勝手さ、世の理不尽さを知ったのだった。

 だが少年は諦めなかった。子供ながらの勇者への憧れと、周囲への反骨心を胸に秘め、不条理な評価に屈せず修練を続けたのだった。




「――……ルクス!」


 ハッとして声の方を向く。そこには心配そうに覗き込む幼馴染の姿があった。

 彼女の名前はリリアナ・フォン・フォールナー。ウェーブ掛かった翠色の長い髪をそのままにした小柄な女の子。年齢に反して幼く見える外見のせいかもう一人の妹のように思っている。しかし、彼女の事を見た目で判断した者は痛い目を見ることになる。なぜなら彼女は名門・風の法爵家の長女だからだ。


「大丈夫?」

「うん。少しボーっとしてただけだよ、リリィ」

「……ならいいけど」


 僕は問題ないと安心させるように彼女に微笑みかける。

 理不尽な誹謗中傷なんて社交界に出ればいつもの事だ。何をいまさら気にする必要があるというのか。僕は気を取り直す為に軽く頭を振った。


「有象無象の声を気にする必要はないわ。どうせ兄さんより強い人なんていないだろうし……」


 そう言って僕を励ましているのか分かりづらい事を言ったのは、僕の大切な双子の妹、アイリスだった。

 僕と同じ銀髪を持ち、クラウンハーフアップに纏めている。リリィよりも背が大きくスタイルも良かったりする。……本人に言うと拗ねるから言わないけど。


「それはわからないよ。この学園には【高位クラス】を持った人達も大勢いる。きっと僕よりも強い人はいるさ」

「あっ、そう言えば噂で聞いたよ! 平民組に【剣聖ソードマスター】と【大魔導士アークウィザード】が居るって」

「本当かい? それは凄いね」

「流石は風の法爵家。無駄に耳が速いわね」

「一言余計だよっ」


 それから二人はじゃれ合うように言い争いを始めた。仲の良い姿を見て、思わず頬が緩むのを感じる。昔から姉妹の様に仲が良かった二人。


(初めての学園生活。不安もあるけど、二人と同じ組分けだったのはよかったかな)


 そんな事を思っていると、どうやら二人の言い争いは終わっていた。


「それはそうと、さっきの話に戻るけどね。なんとその二人は…………同じ村の出身らしいよっ。びっくりだよね!?」

「へぇ~。そんなこともあるんだ」

「ですです。……で、さらにここからビックな情報があるんだよ! 聞きたい? 聞きたくなった?」

「うざい」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべて聞いてくるリリィに、手刀をかますアイリス。そんな二人のやり取りに僕は思わず苦笑いを浮かべた。


「痛いっ!?」

「大げさよ。それと早く話しなさい」

「あれれぇ?……気になるのぉ??――ってごめんなさい話します」


 煽るような巻き舌に、イラついて再び手刀の構えを取るアイリス。そして見事に手のひらを返すリリィ。


「あははっ」


 そんな二人の様子が面白くて声を出して笑ってしまった。――その瞬間目を合わせた二人を僕は見逃さなかった。どうやら一連のやり取りは僕を励ます為、あえて普段通りにしていたらしい。やはり心配を掛けてしまっていたようだ。心の中で二人に感謝を告げつつ会話に混ざる。


「それで? 僕も気になるかな?」

「ふっふっふ。どうやらですねー、うちらと同じ組っぽいんだよねぇ」

「本当かい!?」

「ですです」


 流石にこれは僕も驚いた。出来れば友達になれたらいいな。


 そんなこんなしていると、僕達はA組の教室に着いていた。

 僕は意を決して扉を開けた。中には既に生徒達の姿がった。黒板には席順が書かれており、綺麗に机が並べられていた。

 僕達が教室に入ると二つの反応に別れた。一つは誰だろうという反応。これはたぶん僕を知らない平民組の人達だろう。

 そしてもう一つの反応は…………


「おんやぁ? これはこれは、出来損ないじゃないか!」


 わざわざ大きな声で、かつ芝居がかった仕草で言い、僕達の前までやってきたのはデビット・フォン・ゲーリッヒだった。

 デビットの姿を見て顔を顰めるアイリスとリリアナ。それも仕方のない事だろう。彼は何かとルクスの事を目の敵にしているのだから。社交界の場でも顔を合わせる度に今の様に突っかかってくるのだ。


「やぁ、こんにちは。デビット君」

「デビット様だろ、出来損ない」

「たかだか伯爵の分際で偉そうですね」

「あん?……誰かと思えばリリアナか。相変わらず貧相な身体つきだな、俺様の趣味じゃない」

「誰がちんちくりんですかっ、ぶっ飛ばしますよ!」


 僕が言い返さないからなのか、それともリリィが喧嘩っぱやいのか、こうして言い争う事もまた多い。


「それよりも、アイリス。俺様の女になる準備は出来たのか?」

「死んでも貴方を選ばないわ」


 リリィから視線を外すと、今度は厭らしい目つきでアイリスを舐めまわす様に見始めたデビット。僕は一歩前に出て彼の視線を切る。

 僕らのやり取りに不穏な気配を感じ始めたのか、先程までの好奇心を隠して僕達から目を逸らす他の生徒達。


「チッ、いい加減――」


 デビットが喋り出そうとした瞬間「ガラガラガラ」と扉が開いた。

 僕らは思わず音のした方を向くと――――――そこには僕にとってまた厄介な人物がいた。


「騒々しいぞ」


 燃える様な真っ赤な髪をオールバックにした人物――火の法爵家嫡男アーケイン・フォン・ヴァーミリオンが教室に入ってきたのだった。


「うげっ」


 リリィは彼を見て嫌そうな声を出した。


「ふんっ、欠陥品か」


 彼は僕を見てそう言った。その次にリリィの方を見た。


「風の。貴様はいつまで欠陥品の腰巾着をしている。これだから法爵家のプライドの無いフォールナーは……」

「うるさいですよっ火の!……そういうあんたらはさっさと燃え尽きるがいいですよ!」

「ハッ、いい機会だ。この学園でフォールナーに格の違いというものを教えてやろう」

「返り討ちにしてあげるよ」

「堕落したフォールナーに引導を渡すのも同じ法爵家の務めだ。貴様の祖父母らのように惨めな姿を晒してやろう」

「こんのっ!!」


 アーケインの挑発に怒ったリリィは今にも襲い掛かろうとするが、僕は彼女の腕を掴んで止める。


「駄目だよリリィ! 流石に教室で魔法はまずいから!!」

「離してっ、あいつぶっ飛ばせない!!」

「落ち着きなさい」


 僕とアイリスは二人係でリリィを宥める。


「魔法も使えん欠陥品が出しゃばるなっ。これは法爵家の問題だ」

「……アーケイン君」

「口を開くな欠陥品! 病が移る」

「くっ……」

「ちょっと! その言い方は無いでしょう!?」


 アーケインの余りにもな物言いにアイリスが抗議するも、彼はそれを無視した。


 そもそも法爵家とは【魔法系高位クラス】が発現しやすい一族の事だ。その為、彼らは魔法主義を謳っている。戦争では戦略級魔法と呼ばれる大魔法の一撃で勝敗が決するなんて事もある。だからか、彼らは魔法を使えない者達を見下す傾向にあった。そして特にそういった差別意識の強い一族なのが、火の法爵家のヴァーミリオン家だった。

 アーケインは伝説のクラスを持ちながら、〈魔力放出不全症〉で魔法の使えないルクスの事を蔑んでいた。


「これはアーケイン殿。そこの出来損ないは私の獲物です」


 ルクス達とアーケインの会話に、先程まで蚊帳の外だったデビットは、まるで別人の様な口調でアーケインに物申した。


「……デビットか。好きにしろ、我は欠陥品に興味が無いのでな」

「感謝致します、アーケイン殿」


 まさに一触即発の状態。只ならぬ緊張感が教室に張り詰める中、再び扉から入って来るものがいた。

 一人は珍しい黒髪黒目の少年。そしてもう一人は茶髪の少女だった。


「?」


 入ってきた青年は教室に張り詰める異様な緊張感を感じ取り疑問符を浮かべる。そして――――――何事もなかったかのように僕らの前を横切ったのだった。


「え?」「はぁ?」


 その余りにも大胆な行動に誰もが動けなかった。そして彼らの前を通りがかった後、気を取り直したアーケインは恐ろしく低い声を出した。


「……まて、貴様」

「なんだ?」


 まるで悪いとは欠片も思っていない様子に今度は額に青筋を浮かべるアーケイン。


「貴様見ない顔だな。平民か?」

「そうだけど、それが?」


 「うわぁー」僕は思わず声を零してしまった。明らかに怒っていますという雰囲気の彼を前にして、こうも自然体を維持できるなんて大物なのかもしれない。

 思わずルクスの思考は逃避をした。


「学の無い平民に教育を授けてやろう。我は火の法爵家次期当主、アーケイン・フォン・ヴァーミリオンである」

「へぇ~。あ、俺はノクス・ベルフォード。同じ組っぽいし、よろしく」


 そう言って右手を差し出すノクス。しかしアーケインは彼の手を払い除けると、そのまま彼を睨みつける。


「気安いぞ、平民」

「あっ、ふーん、そういう感じ。……前言撤回、別によろしくしなくていいよ。後、頭がたけぇよ貴族。俺らは只の学生だぜ?」

「貴様!!」


 驚くべき事に先程までの友好的でフランクな雰囲気から一転、彼はアーケインを嘲笑う表情を浮かべながらとんでもない事を言い出した。

 僕は思わず頭を抱えそうになる。というか、彼と一緒に教室へ入ってきた女の子なんか諦めた様に顔を背けているし……。


 確かにこの学園は貴族・平民入り混じる特殊な場所だ。ここにいる平民も【高位クラス】持ちな為、特別に学生という身分を付与する事で、貴族・平民の垣根を取り払う意味がある。しかしそれはそれとして、現実問題として貴族はやはり平民を見下すし、平民は貴族の権力を恐れる傾向にある。


 それをこうも真正面から規則を振りかざすなんて、ちょっとおかしな人かもしれない――――――それが僕ルクスの、彼ノクスに対する第一印象だった。


「貴様の名前は覚えた」


 アーケインは静かにそう言った。

 すると終わりを告げるかのように鐘の音が鳴り、教師と二人の生徒が教室に入ってきたのだった。

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