第2話 入学式

【side:ノクス】


 校舎の玄関前には既に人の列が出来ていた。周囲にいる上級生と思わしき人達の案内に従って列に並ぶ。

 並んでいる間、オリビアと他愛もない会話して暇を潰す。ようやく順番が回って来ると大きめの机の上には受付と書かれた札が表示されており、パンフレットと思しき紙の束が重なっていた。

 長い髪を一本に纏め、眼鏡を掛けた目の前の女生徒が笑顔で挨拶をして来る。


「入学おめでとう、後輩君。先ずは名前を聞いてもいいかしら?」

「ノクス・ベルフォードです」

「ノクス・ベルフォード君ね。えーと……はい、確認したわ」


 そう言って先輩は手元の名簿にチェックを入れる。その後、小さめの用紙に何かを書き込みながら話を続けた。


「この後10時頃より大講堂にて入学式が行われるわ。先輩達の誘導に従ってちょうだい。その後は割り振られた教室で諸々の説明を受ける事になっているの」

「へぇ~、そうなんですか。あ、ではその時に教科書類を貰えるんですか?」

「えぇ、そうよ。必要な物は学校支給だけど、失くしたりすると次回からは有料になってしまうわ。私達平民からするとやはり高価なものだから気を付けてね」


 先輩がそう言い終えると同時に作業も終わったのか、先程まで書き込んでいた用紙と、詰まれている紙束を一冊取り渡してくる。


「はい、これが貴方の組なんかが書かれた用紙と、ざっくりとした学園案内が書かれたパンフレットよ。入学間もない内は持ち歩いていると何かと便利だから活用してね」


 受け取った紙を見てみると、そこには――1学年A組・11番・クラス:大魔導士――などと書かれていた。どうやら俺はA組らしい、オリビアはどうなのだろうか?

 そんな事を考えつつ、今度はパンフレットを開く。そこには校内の地図や今週の日程などが書かれていた。とても分かりやすく情報が纏められていて、思わず目を見張った。


「どう? それは私達新聞部が作ったのよ」

「ええ、とても分かりやすいですね。……それと新聞部というのは?」

「詳しくは教室で説明されるでしょうけど、この学園の授業は午前中に終わるわ。理由としては貴族組は結構予定が入っている子が多いのよ。そうなると午後の時間が空くでしょ。平民組はバイトをしたり、授業の復習をしたり、自主練をしたりって各々過ごす事になるんだけど。でも、それだけでは勿体ないでしょ? そこで部活動ってのがあるのよ」


 部活動。まさかこの異世界の学校にも存在するとは……。俺は少し感動しつつ考えてみる。


(予定では傭兵としてひと狩りしてお金を貯めたかったけど……こういった、ならではも逃したくないなぁ)


 逡巡の末、ノクスは結論を後回しにしたのだった。


「……考えてみます」

「ええ。もし気になったら新聞部を訪ねて来てちょうだい。歓迎するわ」

「ありがとうございます」

「ふふっ。……他に質問は無いかしら? なら案内に従って大講堂に行ってちょうだい。時間的にはまだ余裕があるけど、早めに行って席を確保した方がいいわ、自由席だもの」

「分かりました」

「これからの学園生活を楽しんでね。いってらっしゃい」


 俺は先輩に見送られ先へと進む。どうやらちょうどオリビアの方も終わったらしくすぐに合流できた。


「なんか……凄いところね」


 パンフレットを見ながらオリビアはそう言ってきた。

 確かに、中世並とは思えないほどしっかりした学園のようだ。むしろその規模は現代の大学にも引けを取らないだろう。

 想像いていたよりも快適な学園ライフを送れるかもしれない。ノクスは学園生活への期待度が上がるのを感じた。




 玄関から校舎の中に入ると綺麗な廊下が目に映る。どうやら下駄箱とかは無いようだ。この世界は基本的に土足だ。だからこそ掃除が行き届いている事に驚いた。もしかしたら何等かの魔法道具を使っているのかもしれない。


 因みに、この世界に生まれて気づいた事がある。……それは掃除が出来ない事だ。前世では病院暮らしだったため分からなかったが、どうやら俺の生活力は皆無らしい。今まではオリビアの世話になっていたが今後はどうしようと悩んでいた分、寮生活なのはある意味助かった。とは言えそれも卒業までの話だ。その後は一人暮らしをすることになるだろうから、もし掃除用の魔法道具があるのなら是非とも欲しい所だ。


 そんな遠すぎる未来の事を考えつつも、俺達は時折廊下に立っている先輩達の案内に従って進んでいく。他にも新入生らしき人達も見かけるが、緊張と興奮で結構騒がしかった。

 渡り廊下を超えた先、本校舎の東側に大講堂はあった。中央奥に大舞台があり、半円状に囲むような形で席が設けられている。また吹き抜けの二階建てとなっているのか、貴族が二階で俺ら平民は一階の席となっていた。さらに大舞台に近い方から1・2・3年生の順番となっていた。適当に通路を進みなるべく前に近い位置の席を選んで座ることにした。


「初めまして、俺はノクス・ベルフォード。よろしく」


 お隣には既に座っている人達がいたのでとりあえず挨拶をする。


「あ、ああ。初めまして、僕の名前はゼノン・ルーカスだ」

「ゼノン君ね。私はこいつの幼馴染のオリビア・ベルフォード、よろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 ゼノン・ルーカスと名乗った彼は、茶髪に眼鏡をかけたインテリっぽい雰囲気の青年だった。


「ところでそっちの子は?」

「はひぃ! ごめんなさい、ごめんなさい!」

「ええぇ……。別に謝る事じゃないわよね?」

「ひぅ!……」

「すまない。僕も聞いたんだが、さっきからこの調子でね」


 そう言って怯えた様子の女性に対してゼノンはやれやれといった風に肩を竦める。どうやら彼女は極度の臆病なのかもしれない。一体何が有ったらここまで自信なさげに出来るのだろうか? とはいえ折角の友達確保チャンスだ、逃すのは惜しい。

 だから俺は彼女の前に膝立ちをするとなるべく目を合わせないようにして顔を覗き込む。


「大丈夫、ここには君を脅かすものはいない。だから焦らず、ゆっくりと、ね」

「………………わた、私は、ミリア……フーリア、です」

「よく言えたね。俺はノクス・ベルフォード。よろしくね」


 俺はなるべく優しい言葉使いを気に掛けながら言う。同時に軽く頭を撫でた。「はぅ」といったか細い声が彼女から漏れて来たが気にせずゆっくりと立ち上がった。

 すると凄いと言わんばかりの表情を浮かべるゼノンと、ジト目を向けてくるオリビアの姿があった。


「何だよう」

「ふんっ、別に。ただ、そういえば村に居た頃から小さい子供やああいった気の弱い子になつかれていたわよね」

「いや、ほんと。何が言いたいの?」

「……すけこまし」

「ちょっ! おまっ!?」

「ふん!」


 不名誉な言葉に抗議をするも、空しく無視をされる。オリビアは俺と入れ替わるようにしてミリアの前にしゃがみ込む。


「ひっ!」


 怯えるミリアに反して、オリビアは優しい手つきで彼女の手を握ると、微笑みかける。


「私はオリビア・ベルフォードよ。私とお友達になってくれるかしら?」

「あ、あう……。それは、…………はぃ……」

「ふふっ、ありがとう、ミリア」

「はいっ、で、でも……」


 そう言ってちらちらと俺の方を見てくるミリア。俺は大丈夫だと言い聞かせるように頷いておいた。後は彼女に任せても平気だろう。村では面倒見のいい姉御気質だったからな。


「すごいな、ノクスは……」

「ん? 別にそんなことないぞ。どっちかっていうとオリビアの方が村では人気だったしな」

「いや、そういうことを言いたいんじゃなくて……まあいい。ところで2人は付き合っているのか?」

「俺とオリビアが? いんや、別に」

「そうなのか。てっきり付き合ってるのかと。それに、ほら。村だと仲の良い男女は周りの大人たちがとやかく言うだろ?」

「ああ、そう言うのってあるよな。でも俺はそれどころじゃなかったからなぁ。それに……」


 前世では俺に兄妹は居なかった。だからか、オリビアのことは世話焼きの姉か、口うるさい妹のように思っている自分がいる。少なくとも俺はオリビアをそういった風に見てはいなかった。


「それに?」

「いや、まあ幼馴染だよ」

「……そうか」


 そう言ってゼノンは深く聞いてこなかった。


 どうやらオリビア達の話し合いも終わったらしい。今度はゼノンがミリアに挨拶をして、ミリアはなんとか返す事が出来たといった様子だった。まぁ先は長いんだ、これから仲良くなって普通に話せる様になればいいだろう。


 その後は席替えをして通路側からゼノン・俺・ミリア・オリビアの順番で座った。

 そうこうしているうちに時間となったのか、檀上端に教師と思われる人が立っていた。マイクのような物を手に持ち、それを口に近づける。


『お待たせいたしました。これより星歴2309年・光陽の月・11日。入学式を始めたいと思います』


 すると二階の客席から拍手の音が聞こえてくる。二階には貴族組の生徒やその保護者なんかが来ている。それに釣られて一階でも拍手の音がしだした。俺も折角の入学イベントということで拍手をしといた。


『それでは始めに、新入生代表挨拶。新入生代表レオナルド・フォン・ユストピア』


 司会の教師がそう言うと、拍手は次第に収まり、大舞台中央の檀上に一人の生徒が立った。恐らく彼が新入生代表の人なのだろう。


『新しき恵みの光が降り注ぐ今日、この日。私達は名門王立ラピス学園に入学いたしました。――』


 そう言って代表の彼は慣れた様子の落ち着いた雰囲気で挨拶を進めていく。この国ではあまり見かけない小麦色の肌は、昔行商の人に聞いた南国の国の人々を思わせる。もしかしたら留学生なのかもしれない。それも想像でしかないが、この国の貴族を押しやって代表挨拶をしている事からかなり高位なのかもしれないと、そんな適当な事を考えながら彼の挨拶を聞いたのだった。


『――新入生代表、レオナルド・フォン・ユストピア』


 先程と変わらぬ拍手が響き渡る。彼は優雅に礼をとると静かに舞台の裏に戻っていった。


『続きまして、在校生代表挨拶。在校生代表ガイウス・ゴルドヴァ生徒会長』


 そうして現れたのはパツンパツンの制服を着たイケメンだった。服越しでも分かる鍛え上げられた筋肉がとても目立っていた。余りのインパクトに会場は茫然としている。いや、よく視ると何人か笑いを堪えている人達が居た。


『暖かな恵みの光を浴びて、命が芽吹き始める穏やかな今日このごろ。新入生諸君、在校生一同を代表して、入学おめでとうございます。――』


 見た目に反して、めっちゃ丁寧な挨拶を述べる生徒会長。そのギャップに思わず笑いが漏れてしまう。


「ぼふぁっ」

「ふふっ」


 どうやら俺だけではないようで、いたるところから微かな笑い声が聞こえてた。というか筋肉生徒会長とかテンプレだなっ!?

 そして笑いを堪えようとして腹筋が痛い……。


『――在校生代表ガイウス・ゴルドヴァ』


 な、長かった……。実際は数分程度だろうが、体感では10分近くに感じられた。今も笑いを堪えすぎて腹筋が痙攣している。

 ふと思って周りを見渡せば皆、死屍累々としていた。


『つ、続きまして……学園理事長ゼノヴィア・フォン・ロリエーヌ様』


 頑張って笑いを堪えながら司会を続ける教師には尊敬するぜ……。

 次に現れたのはゴスロリ美少女だった。………………これ何てラノベ?

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