第1話 新生活

【side:ノクス】


 シャングリラ王国王都シャランディーラより南に位置する第二都市シャーラハイム。国王領でもあるこの都市の人口は約50,000人。王国第三位の人口を誇る大都市だ。その理由は、この都市には王国唯一の学園がある、いわゆる学園都市だからだ。

 王立ラピス学園。この学園には貴族の子弟だけでなく【高位クラス】を発現させた平民も通う事が許されている。否、義務と言ってもよい。


 【クラス】――これはエスキナ教会が崇める神〝デ・エスキナ〟より与えられた神の寵愛のことだと言われている。【クラス】には大まかに四種類存在する。

――全ての生物に満ちる気力を気功力として扱える【戦士系クラス】

――世界を満たす魔力を持ち、魔法力として扱える【魔法系クラス】

――魔力・気力どちらにせよ他者の力を高め、或いは弱らせる事が出来る【支援系クラス】

――想像を形に、既知を未知へと造り変える【生産系クラス】


 人類種はこの【クラス】を活かすことで発展を続けていた。

 才能に優劣があるように、【クラス】にもまた優劣があった。俗に【高位クラス】と呼ばれるものだ。いつの時代も【高位クラス】持ちは活躍し、その名を【クラス】と共に轟かせた。

 故に各国はその国力を高める為に、例え平民であろうと【高位クラス】持ちを優遇して国として抱えてきた。

 では同じ【高位クラス】同士なら優劣は付かないのか?――否、より【クラス】を使いこなした者が勝利するのは必然と言えた。


 この王立ラピス学園は貴族とは違い学びの機会が無い平民に、【高位クラス】を持った平民にも学習の場を設け、より優れた【高位クラス】保持者をより多く抱える為の国家肝いりの政策でもあった。




 ――と、言う事を退屈な馬車での旅の中で聞いた。

 1週間に渡る長距離移動。文明の発展度合が中世レベルのこの世界で最も主流な移動手段が馬車での移動だ。サスペンションが付いて無い安価な馬車では揺れが酷く、同行人の中には吐く者も多かった。現在俺の横に立つ幼馴染もまたその一人だった。


「大丈夫か?」

「うぅ……うっぷ……」

「駄目そうだな……」


 とりあえずもう遅いしさっさと寮に入ろう。そう思いながら、俺はダウンしている幼馴染に肩を貸しながら駐車場を後にする。学園寮に直通な為さほど掛からず到着した。


「こんちゃー」

「あらあら? こんにちは。二人は初めましてよね。私はこの平民寮の寮母をしているルフよ、よろしくね」

「初めまして、俺はベルフォード村出身のノクスです。こっちでぐだってるのがオリビアです」

「は、初めまして……うっぷ」

「はい。初めましてお二人さん。それと少し待っててくれるかしら、今お水を出すわ」


 そう言って寮母のルフさんは、棚から綺麗なコップを二つ取り出すと魔法で水を注いだのだった。その寮母とは思えない魔法の技量に思わず驚いてしまった。


「驚いた? 私はこれでもこの学園の出身者だからね。はいどうぞ」


 片目を瞑りながら差し出されたコップを手に取り、ありがたく水を頂た。


「うおっ」

「あ、おいしい」


 寮母はそんな俺達の反応を見て楽しんでいた。なんとこの水は冷えていたのだ。水魔法において温度の調節は高等技術とされている。それはこの世界の文明が未発達なのに起因していると俺は考えている。なまじ魔法や精霊なんかが存在している所為で自然に対する理解力が低いのだろう。他にもこの世界の科学力にはちぐはぐな点が見受けられた。

 それは兎も角、寮母にお礼を言いつつ幼馴染に目をやる。


「ふぅ……少し落ち着いたわ」

「それはよかったわ。貴方だけでなく馬車酔いでダウンする子は多いからねぇ。こうやってコップを用意してるのさ」

「ありがとうございます、助かりました」

「ふふ、どういたしまして。……さてそれじゃあ軽く寮について説明するわね。まずは――」


 ここは王立ラピス学園の平民寮。この学園は寮制であり、貴族寮は丁度反対側にあるそうだ。朝と夜に食事が出され、なんとタダで食べる事が出来るのだ。その理由はお金の無い平民が問題なく生活できるようにと配慮されての事だった。他にも大浴場があるそうで、時間帯によって男女分けられている様だ。


 この世界には魔法道具と呼ばれる物があり、魔法触媒に魔法を刻印する事で誰でも刻印された魔法を使う事が出来るようになるという代物だ。しかしその魔法触媒がそこそこ希少な為、専ら戦闘用に使用されて生活を便利にする魔法道具はあまり見られない。そんな珍しい物が寮には設置されていたのだった。とはいえ、ここまで優遇されているのも【高位クラス】だからこそと言えるだろう。


「――さて、だいたいこんなところかしら。何か困った事があったら私や先輩方に聞くといいわ」

「「ありがとうございます」」

「あぁそれと最後に。王立ラピス学園は貴族と平民が入り乱れる世にも珍しき場所です。学園においては貴族・平民共に学生という身分になります。その為基本的には貴族の方も平民の無礼を問うてはきません。礼儀を学ぶ為の学園でもありますから。ですが限度はありますし、それが通用するのはこの都市に居る間だけでしょう。だから気をつけてくださいね」

「はい」「は、はい」


 オリビアは緊張している様子だ。今から緊張していたら身が持たないだろうに。とはいえ仕方のない事だろう。村には貴族は居ないし、一番偉い村長も気さくな好々爺とした人だったからな。


「ふふっ。じゃあさっそく覚えておくべき礼儀を教えるわね。私の名前は“ルフ・トリビア”よ」

「「?」」


 思わず「へぇ~」と言いたくなるような自己紹介だった。疑問符を浮かべる俺達に寮母は説明を続ける。


「平民は貴族とは違って苗字を持たないわ。それでも貴族社会では貴族のルールが優先される。だから平民は貴族に合わせて苗字を名乗るのよ。私は王国北東部にあるトリビア村の出身よ」

「それって……」

「ええ、私達平民の場合は出身の村や街の名前が苗字に当たるわ。じゃあそれを踏まえて自己紹介をもう一度出来るかしら?」

「ノクス・ベルフォードです」

「オリビア・ベルフォードです」

「はい、良くできました。因みに貴族は名前と苗字の間に“フォン”が入るわ。参考にしてちょうだい。話が長くなったわね、はいこれが部屋の鍵よ」


 そう言って俺は116と書かれた鍵を渡された。因みにオリビアの方は209と書いてあった。


「それじゃあ6時の鐘がなったら夕飯の時間だから遅れないように気を付けてね」

「「ありがとうございました」」


 そう言って俺達は寮の中へと入っていく。入って右手一階が男子部屋、二階が女子部屋となっているようだ。階段前で別れた後、廊下をずっと進んで一番奥。どうやらこの部屋が俺の寮部屋らしい。念の為ドアをノックするが返事は無い。貰った鍵で部屋に入ると誰も居なかった。どうやら一人部屋らしい。

 当たりを引いたを思いつつ、持ってきた鞄を適当に放り投げて綺麗なベットに座り、そのまま後ろに倒れる。


「学校ねぇ……」


 改めて考えると何とも言えない気分になる。では終ぞ通ったことが無かった。小さい頃は学校への憧れがあった筈だが、時間が経つにつれその思いも無くなっていった。それはきっと諦めていたからだろう。


「だけど、今度は手に入れた。自由を――」


 天井へ向かって真っ直ぐ伸ばした右手を、何かを掴むように力強く握りしめた。


「何よりも――〝魔法〟を!!」


 幼い頃の憧れ。病に侵され不自由だった自分とは違い、――魔法で困難を解決して、自由に生きる――そんなとある物語の魔法使いに憧れた。


「あの治験で、俺は死んだんだと思う。だけどそれは見知らぬ誰かを救ったはずだ。だから俺は転生という褒美が貰えた」


 ならばこそ、今世は自分の為に自由に生きてもいい筈だ。


(――否、生きるんだっ!……自由に!!)


 邪魔するモノは全て排除する。当面の目標は、この身を犯す奇病を克服することだろう。


 そして何時かは〝決して不自由の無い、悠久の安寧〟を手に入れて見せる!!


 決意を胸に俺は微睡に身を任せ眠りに就いたのだった――。




 翌日、光陽の月・11日。今日は入学式だ。

 真新しい制服に身を包み準備を整える。といっても荷物は然程多くない。教科書等必要な物は学園で配布されるためだ。その為、鞄に入っているのは新品のノートと筆記具のみ。この鞄は村の革職人のおじさんが入学祝いとしてオリビアとお揃いでくれた品だ。

 部屋を出て寮の外に向かうと、同じく制服に身を包んだオリビアが待っていた。


「おはよう、ノクス」

「はよー。オリビアは良く眠れたか?」

「ええ、まぁ疲れていたみたいだったからね。そっちは?」

「変わらずだよ」


 俺の返事に呆れた表情を浮かべるオリビア。


「程々にしなさい、と言っても無駄なのでしょうね。……言っとくけど、もう朝起こしに行ったり、あんたの世話を焼いたりなんかしないからねっ」

「へーい」


 予め決めていた事とは言え悲しいもんだ。


 話もそこそこに俺達は学園に向かって歩き始めた。見渡せば行きかう人々。田舎だった村では見たことも無い程人が沢山居た。

 朝から屋台を出している所もあり、美味しそうな匂いが漂ってくる。朝食を食べたばかりだというのについ食べたくなってしまう。と言ったのは他でもないオリビアだった。彼女からしてみれば見るもの全てが珍しいのだろう。確かに俺にもそういった思いはあるが、どちらかというと学園の方が楽しみだったりする。


 あっちにふらふら、こっちにふらふらとするオリビアを道に戻しつつ歩き続ける。歩き続ける事10分弱、遂に学園の前にまで到着した。


「長かった……本当に長かったぜ……」


 校門の前で思わず呟いてしまった。隣に居るオリビアは「何言ってんの」とジト目を向けてくる。


「ようやく学園編が始まる! 物語なら本編開始するタイミングだぞ。……苦節16年、この時を待っていた!!」


 両腕を広げて校舎を見ながら余韻に浸っていると、オリビアが呆れた表情をしているのが視界の端に映った。


「ねぇ。目立ってるんだけど……。私こんなのと同じに見られるなんて嫌なんですけど」


 若干距離をとりながらそんな事を言うオリビア。


「ひどい! ツンデレはデレがなければただのツンなんだぞっ」

「ちょっと何言ってるかわからない。……はぁ、いい加減その訳の分からない事言うのやめた方がいいわよ」


 この幼馴染は昔からツンが強い。俺にデレた事なんて殆どないもん。

 だけどまぁ感謝もしている。腐れ縁だろうが、こうして俺と仲を持ってくれているのだから……。


「まぁ、取り合えず落ち着いた。んじゃ行こっか。遅れるのも良くないしね」

「あんたが言うな!」


 そんなやり取りをしつつ、俺達は校舎へ向かって歩き始めた。オリビアもやはり学園生活を楽しみにしているのか、少し身体が左右に揺れていた。


(とはいえ、この学園は貴族も通う場所だ。テンプレならば、悪役貴族に絡まれるのがお約束だが、果たしてこの世界はどうなのだろうか?)


 そんなことを思いながらも、俺は新しい生活にワクワクを隠せないでいた。

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