第24話 状況の人、指南役を得る2

 アープへの道中は盗賊や魔獣の襲撃など大した障害も無く、順調に進む事が出来た。

 その代わりカレンによる魔法のレクチャーを口頭・実践を交えて受けていたので、到着した時にはアープの町は既に夜のとばりに包まれていた。

 一行は、王都のギルドで説明された通りに透かし入り登録証を提示すると、フリーパスで通過できた上、今まで見た事も無い恰好ジャージ姿のカレンを訝しげに見るも「途中で雇用した案内人」と申告するだけで通門を許可された。

 すでに小売店舗・露店は閉められる頃合いであり、カレンの買い物は明日に、と言う事でまずは宿を取った。

 入室後に即晩酌、と決め込みたいカレンを「風呂上がりのビールは至高だぞぉ」と説得して、まずは風呂に入ることを優先する龍海と洋子。

 しかし、この宿にはバスタブ付きの部屋は無かった。

 とは言え部屋の広さは結構あって、自分はもちろん洋子やカレンの部屋もバスタブを出すには十分であった。水の処理を間違えて階下に漏水させなければ、まあ問題になることは無いだろう。

 思えば龍海としてはこの異世界に来てから初の風呂らしい風呂であった。

 広い部屋と言ってもそこはやはり一人部屋でもあるし、出せる浴槽も決して大きくはないモデルではあったが、足を縁に乗せて肩までつかり「極楽~」と目尻も口元も垂れ下がる程に入浴を堪能。

 砲弾に触れる機会が無く、その火力は欲するものの再現しても役に立たない84mm砲の例もあれば、ホームセンターやリフォームコーナーでちょっと触れただけの浴槽は何種類も再現できるとか皮肉なものである。

 洋子の方も前回の森でのドタバタみたいな心配のいらない屋内での入浴。森で使った浴槽よりは小さめだが、正に至福のひと時であった。

 しかし万が一のためにG19を手元に置くのは忘れてはいない。銃がすっかり身体の一部になりつつある洋子さんである。

 20分後、龍海が風呂から上がると同じく、風呂を済ませて頬を火照らせたカレンが部屋に押しかけて来た。

 せがむ彼女にキンキンに冷えた350ml缶を渡す龍海。当然彼女は一気に、ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、

「ぷっはあぁ~~~~! なるほどこれは至高よのお!」

と満面の笑みで飲み干した。

 洋子はもうしばらく入っているという事で、龍海とカレンは一足先に一階の食堂へ向かった。

 ここの食堂は宿泊客のみならず一般客も訪れる店であり、一日の労働の疲れを癒す冒険者や工夫、職人たちで賑わっていた。

 龍海とカレンは階段近くのテーブルに座ると飲み物に地酒のエール、食事は店のお薦めを聞き、それを3人分注文する。

「まあ、この辺りじゃエールが普通だし止むを得んが、ビールで食いたいのう」

「すっかり病みつきだな。でもエールだってラガービールの先輩だし悪くないと思うけどね」

「喉越しや後味がまるで違う! 我はもうビール無しでは居れぬ!」

 ――随分と気に入ってくれたもんだ……

 龍海も酒は嫌いではない。むしろ好きな方だし、しょっちゅう嗜んではいるが宴席や飲み会での「酒こそ正義!」みたいな飲んべぇのノリには賛同出来なかった。こちらは他にもやりたい事が有るんだよと。

 まあ今回はそのおかげで良い魔法の指南役を得る事が出来た。

 洋子を勇者として覚醒してもらうにも、自分がこの先々この世界で生きて行くためにも魔力のレベルアップは必須だ。

「お待たせ~」

「お待ちどうさん!」

 長風呂から上がって来た洋子が席に着くのと、料理が届いたのはほぼ同時だった。

 まずは今日までのお互いの働きを労い合って乾杯し、料理をいただく。

 店のお薦めは数種類の焼き肉を盛り合わせた品だった。豚肉を中心に牛肉、鳥肉が添えられている感じで、大皿に3人分が盛られていた。

 味付けは塩で、スパイスの代わりにハーブで臭みを消す調理法らしい。

「お城でもそうだったけど、なんか豚肉が多い感じするわね」

「鳥は卵を産ませねばならん。牛の出産は一度に一頭が相場だ。翻って豚は多産であるし何でも食うからな、食肉用に養殖がしやすいのだ。我は牛肉派だから野牛を中心に摘まんでおるがの」

「やっぱりこっちでも牛肉は高級なのか」

「まあな。しかし、お主の出すサーロインは王侯貴族でも食せぬ至高の逸品だぞ? 知られたら世界中の美食家がお主の争奪戦を始めかねん。ま、それは我がさせんがな!」

「こっちだってサーロインやヒレとかの部位に分けられたりはしてんだろ? そこまで違うか?」

「もちろん、産地や牧場によって人気度に差はある。しかしタツミの出す肉は柔らかさと言い、旨みと言い、こちらの最も人気の肉より上だと言わざるを得ん! それほどタツミ・サーロインはすばらしい!」

 ――妙なブランド名付けんでくれるか?

「えらく夢中になっちゃったわね。これでシャトーブリアンでも出したらどうなるのかしら?」

「なんと! それ以上のモノがあると申すか!」

「ヒレ肉の中の希少部位だよ。ヒレ肉は昨日も食っただろ? ブランド肉じゃないけど」

「うむ、あれも捨てがたい味わいだったが我はやはりサーロイン派かのう? いやしかし、俄然興味が沸く! ぜひ出してくれ!」

「食った事ねぇよ、あんな高級品!」

 もちろん触れた事もございません。故に出すことなど不可能でありました。

 大体がカレンお気に入りのA5肉とて、元々は取引先からの贈答品である。自腹で買ったわけではない。

「え~、一度くらい食べたことあるんじゃないの? 工場の経営者だったんでしょ?」

 と、洋子。

 なんだか口にしていて当たり前、みたいな言われ方に龍海くん、思わずムシッ!

「従業員3~4人の絵に描いたような弱小零細企業だよ、ウチは。どこぞの大企業の専務令嬢サマと違って、夕方のスーパーで半額狙いばっかやってる貧民ですよ、ド貧民!」

 いきなりの皮肉めいた言われ方に洋子ちゃんも同じくムシッ!

「何が大企業よ! こっちだって大手の煽り食いながらパパたちが切り盛りしてんのよ! 勝手に知ったような事言わないでよ!」

「それでもシャトーブリアン食える御身分ですよね~、お嬢サマ~」

「そんな事言ってっから、あんたはその歳まで彼女がいないのよ!」

「関係あるかぁ!」

 今にも額が付かんばかりに身を乗り出してメンチ切り合う二人。そこで、

「で?」

と割り込むカレン。

「どちらがより貧しい人間であるか、結論は出そうか?」

 言われて二人は、ぐぬぬ~丸出しの表情で浮かせた尻を椅子に戻した。

「何か忌諱か逆鱗辺りに触れたのかも知らんが、お主らの言動にはこの世界の世相と齟齬を生じかねんものも多い。せめて小声で話さんか?」

 ――ぐうの音も出ねぇ……

 ――返す言葉もございません……

 貧しいという言葉が経済的にのみならず、精神的な面も臭わされているのは明白で龍海も洋子も赤面、赤面。

「ごめん……リーマンの知人とかに『自営業は何でも経費で落とせていいな』みたいにしょっちゅう言われててな……。そういう連中って、経費で落とすってのが天から降ってくるカネ、みたいに勘違いしてる奴も多くてよぉ……それ思い出して、ちょっとムカついちまって……済まんかった」

 龍海頭を下げるの図。

「あたしも……一族経営の娘ってことでよく揶揄からかわれたり、皮肉られたりしてたから……ごめん」

 洋子頭を下げるの図。

「うむ、解決だな。では、さっさと食ってしまおう。そんで部屋に戻ってビールで飲み直しと行くぞ!」

「ちょっとぉ、食べ終わらないうちから二次会の話ぃ?」

「当たり前であろ? 野宿と違って魔獣や盗賊の襲撃を気にせず飲みまくれるからの!」

「いや、魔獣でも盗賊でもお前なら一撃だろ? 気にするところか?」

「良い具合で楽しんでいるところを邪魔されていい気分なわけあるまいが? せっかくのうまい酒を。そう言えばヨウコは全く飲まんな? 水か果汁ばかりではないか?」

「あたしはまだ17歳で未成年だから……」

「ん? こちらは大概15~6で元服だぞ? よいではないか」

「カレン、洋子はいつか故郷くにへ帰る身だ。飲酒のクセなんか付けない方がいい」

「ふ~む、お堅いのう」

 カレンはあきれ顔をしながら最後の牛肉を頬張った。



 食事も終わり、洋子は身体を休めるためそのまま自室へ戻って行った。

 対してカレンは予告通り龍海の部屋に押しかけての飲み直しと相成った。

 カレンの御望み通りにビールとサラミやチーズなどのつまみを出し、改めて乾杯。

「お主らの世界の食い物はどれも美味いの~。こんな美味な物を庶民が口に出来るのか」

「まあ俺の味わったものなんて知れてるけどね。この手の食べ物……チーズとかは、そのままじゃなくてもこちらだって有りそうだし、カレンお薦めの美味いものだって有るんじゃないか?」

「おお、良いのが有ったら教えてやる。ここの街は確か美味い蒸しパンがあったはずだ。パンのくせに柔らかく、とても甘くてな」

「そっか。明日にでも味わってみる……か」

 パアァ!

 龍海が言い終わる前に窓の外で眩く輝く光が見えた。

「なんだ?」

 窓に顔を近づけて目を凝らす。

 白く輝く光の玉のようなものが高さ20m程の位置で光っている。

 その光の色はカレンの火球より白く、周りの街並みを真昼並みに浮かび上がらせていた。

「照明火球だな。警衛兵の捕り物だろう」

 ――捕り物……警衛兵ってのは警察みたいなものか?

「この町は治安の方は?」

「普通の範疇ではないかな? 夜の一人歩きはまあ、やめた方が良いな」

「カレンはあちこちの街に行ったって言ってたよな?」

「それほど、頻繁にって訳では無いがな。まずは来ていく服を調達することから始めねばならんからの」

「魔導王国へは……行った事は?」

「もちろんある。あそこは肉もさる事ながら果物が上手い。それらを使った甘味が、なかなか侮れん」

「国体はどんな感じかな? 魔族や魔物の国と聞いてるけど」

「元首は魔導王フェアーライト。その直下に6人の魔王がいて、それぞれが領地を抱えて治めている。まあ人間で言う貴族だな。以前は各魔王の同族や眷属ごとに集まって街を作っていたが最近はそれぞれの部族との交流も盛んになり種族との垣根は無くなってきている。先住の人間族も数は少ないが居るはずだ。人間の国が獣人やエルフらと同居しているようにな。魔力の強い連中が多いせいか魔素が濃くてな。魔獣は人間族の国より大型・凶暴である傾向が強いかの?」

「20年くらい前に戦争があったらしいな? アデリアに比べて国力とか戦力とかどんなもんだろ?」

「まあ、それほど詳しい訳では無いが……魔導王国の方が若干上であろうな。人口は少ないが魔法戦力は人間を上回っておるし、体格的にも優位だ。しかしお主ら、本気であの魔族連中相手にケンカ売る気か?」

「やりたくてやる訳じゃ無いけどな~。なんとか魔導国を占領なり併合なりさせて宝珠を手に入れないと洋子を帰してやれないし」

「言っておくが我はその戦いには干渉せんぞ? 国家間のいざこざに巻き込まれるような面倒はごめんだ」

「情報をくれるだけでもありがたいさ。でもお前らの立ち位置ってどうなってんだ? お前らほどの戦力ならどこの国も引く手数多だろうに」

「言ったであろ? 我ら古龍は自由なのだ。干渉もしないし、されたくもない」

「俺たちじゃあ言えないセリフだな。自由にはそれを維持する力が必要って訳かね」

「かつてはどっち付かずの不信感やら、功名心欲しさから我ら古龍を狙う輩も居ったがことごとく撃退しておるからの。自然と相互不干渉が成り立ってきたわ」

「なるほどね~」

 龍海は一本目のビールを飲み干した。

「お主らの素質も並みの人間からはかけ離れとるぞ? ヨウコの帰還さえ諦めればいずれ我と同じくらいの自由人になれる実力になるのではないかな?」

「それを諦める訳にはいかないから頭抱えてる訳でな。まあお前の言う通り俺たちに王国を救う英雄の素質があったとしてだ、一人や二人の人間が戦況を一気にひっくり返すって

のがどうもピンと来ねぇんだよなぁ」

「そうよのぅ。過去の事例を見れば、どの戦線でも武勇に優れた人物が突破口を開いて、あとの軍勢がそれに続いて敵を撃退する、そんなパターンが多いかの」

「その先頭の人物が勇者だとか英雄とかと呼ばれるわけか」

「それを導く指揮官とかもな」

「やっぱりピンと来ねぇ。軍事訓練受けたっても、こちとらバイト呼ばわりの陸士長どまりだからなぁ」

 パシュ!

 二本目のビールを開ける。

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