第25話 状況の人、お目付け役が付く1

「で、魔導王国の話を聞き出したってからには今後は、やはりそちらへ向かうのかの?」

「そのつもりだ。魔族や魔物だのはまだゴブリンとしかやり合って無いからな」

「ふむ、ゴブリンは雑兵・雑役と広く使える代わりに強さもおつむも大した事は無いのが多い。繁殖力も強く、亜種も多くて低レベルの者共は人間のみならず、魔族まで捕食しおる」

「やっぱ人を喰うのもいるのか?」

「その辺りは言葉は通じても、もはや魔獣と言って差し支えあるまい。かと思えばエリート魔族と引けを取らん知力や魔力を持っておる者も居るし、武力に秀でる個体も散見されるの」

「魔法を使う個体もいるのか。そういやトレド達は俺がメージオーガとか言うのに襲われたと勘違いしてたなぁ」

 いや、勘違いわけだが。

「オーガ族でも魔法に長けた個体はそんな風に言われるとるの」

「やっぱ魔族って好戦的なのか?」

「まあ、人間並みには好戦的かの」

「20年前にはアデリアに攻め込んだわけだし?」

「だから人並みに、とーておる。実際、我はその頃は別の大陸にったから、小耳に挟んだ程度だわ」

「とりあえず、今までより国境沿いを進んでみようかな? 魔族がどれくらいの強さを持っているのか、少しでも知っておきたい」

 龍海の言に四本目のビールを開けながらカレンは少しばかり眉をひそめた。

「ちと軽く考えとりゃせんか? 偵察のつもりかも知らんが、即会敵も珍しくないぞ? お互いの狩場でのいざこざもちょくちょく有るし、軍隊が出張って来るほどはそうそう無いにしても、魔族にも地回りや盗賊はるし」

「人間並みにってのは世相も含めてか……」

「昔、魔族は世界各地に生息しててな。ヒト族と比べて異形・異能なものが多い魔族は差別や虐待も多かったらしい。そして世界中から安住の地を求めて大陸の端にある今の魔導王国の地域に流れ着き、種族ごとに集落を作り始めたというのが定説だな。知らんけど」

 ――最後でぶち壊すな!

「まあ我の眼からしたら魔族も人間も大差ない。お主も敵は魔族ばかりとは思わん事だ。魔族も人間もお互いに狙い合うからの」

 龍海はため息をついた。世界は変わってもその辺は変わらないらしい。てか、その方が自然なのか?

 三本目を開ける気が無くなってくる龍海である。



 翌日、朝食を済ませた龍海ら一行はカレンの服や装備を求めて街へ出た。

 本人はジャージの着心地の良さを気に入ってはいたのだが、部屋着としてはともかく冒険者の使用に耐えるかと言うと心許ないのは明白である。

 龍海としては隠しきれないおヘソや、ファスナーをこれでもかと苦しめる豊満なお胸と、薄っすら浮かぶぽっち乳頭の眼福も、もうお別れかと思うと一抹の寂しさは感じてはいたが。

 生地を選び、仕立て屋で誂えてもらう……のもいいのだが、それだと侍女総掛りで誂えた洋子とは異なり、大方が個人商店であることから日数が掛かってしまうので、取りあえず古着屋で適当に選んでみる事に。

 上下の肌着を見繕い、パンツはレザー製で寸法がピッタリ合うのが有ったのでそれをチョイス。

 シャツはとにかく巨大なお胸を納められるサイズを最優先に選ぶわけだが、そちらを重視すると必然的に腰辺りがガバガバになり、付き合ってる洋子の口をへの字に歪ませてしまってたり。

 加えてフード付きの腰まで丈のあるケープ、靴はちょうどいいサイズの中に軽そうな短靴を見つけ、カレンはそれを所望。

「既製品の服なんて無いのね」

「まあ普段着は自宅で縫うんだろうな。洋子も学校でブラウス縫ったりとか習ったんじゃね?」

「ああ、やったなあ。みんなで『買った方が安いし早いじゃん!』ってブー垂れてたわね」

「手作りあるあるだな。ところでカレンはどうだい? 不具合があるなら仕立てを頼んでおくのもアリだけど」

「いや、お主のジャージほどではないがまあ着易いし、悪くない。とりあえず今はこれで十分だ。さて、これから夕べ話していた蒸しパンの店に行かんか? そろそろ出来たてが並ぶ頃合いぞ」

「相変わらず食いしん坊ねぇ」

 服を物色していて時間が過ぎ、ぼちぼちお茶の時間に差し掛かっていた。

 カレンの言う蒸しパンがどれほどのボリュームかは不明だが、昼食に差し支えない程度なら試してみようと、二人は彼女の提案を受け入れた。



「どうだ? ふわふわのパン生地の中に甘いペーストの組み合わせ! 中々のモノであろう? このペーストはな、赤茶色の小さな豆から作るそうでな!」

 お目当ての蒸しパンを頬張りその味に得意満面のカレン。対して龍海&洋子。

「……あんまんよね?」

「あんまん……だな。アンパンじゃなく、ほぼあんまんだ」

 全体的に黄色みが強いし、ほんの少しイースト臭が強めに感じるが、食感としてこれは諸にあんまんであった。

「なにか? お主らの故郷くににもこれと同じものがあるのか?」

「全く同じじゃ無いけど似たものはあるな」

「こっちでも食べられるとは思わなかったわ。しばらく食べてなかったから、なんだか懐かしい」

「う~む、お主らがびっくりする顔が見たかったんだがの~」

「あるね、そう言うの。まあ他にもお薦めが有ったら教えてくれよな」

 龍海のフォローに気を取り直して、おう! と答えるカレン。

「さて、今日はどうする? すぐに国境目指してもいいけど、もう一日くらいなら街の見物とかも悪くないけど」

「そうね、王都ではバタバタして観光どころじゃなかったし」

「せっかくの異世界だしな。少しくらい楽しんでも良いだろ。採っておいた薬草をギルドに持ってきゃ軍資金もいくらか……」

「おい、タツミ……」

 気楽に「異世界の観光」などと口にする龍海らに、

「夕べも言ったが、往来でお主らの身の上を迂闊に口に出すのは……」

と、カレンが諫める様に言いだすと、

「あの、すみません!」

まるでそれを図ったかのように後から声がかかった。

 三人は同時に振り返った。

 そこに立っていたのは、戦士……と言うより軍人の出で立ちに近い、まだ少年の面影が残る表情をした、そこそこ育ちの良さそうな男性であった。

「失礼ながら、勇者のサイガ卿とシノノメ卿とお見受け致しますが?」

 その少年兵は周りの耳目を憚るような声ながら、いきなり龍海らの身上を言い当てた。

 些か驚いた龍海は思わずカレンをチラ見。

 だから言ったであろう? とでも言いたげなカレン。故に彼女は蒸しパンの件でも「お主の世界」と言わずに「故郷」という言い方を選んだのだ。

 そんなカレンの目線を受けながら改めて少年兵を見直してみる。

 背丈は洋子よりちょっと高いくらいだろうか? 比較的小柄な印象。背中には背嚢に、小さく巻き取られた個人用天幕テントが載せられており、如何にも行軍の最中か? と思われる装備を背負っている。

 腰の長剣は鞘ともども綺麗に手入れが行き届き、冒険者ギルドの戦士が携えている物より華美な細工も施されている。年齢に似合わず士官級、若しくは良家の子息が持っていそうな武器だが……と見た目に比べて若干の違和感も感じる。

「聞き及んでおりました背格好や目鼻立ちからもしやとは思いましたが、人数が三人でしたので確信が持てず様子を窺っておりまして……ですが、つい先ほど……『異世界』と……」

「……」

 異世界、の辺りを一層小声で言うなど、どうやら自分達の話が通じている相手と言えそうである。その将兵を彷彿とさせる出で立ちもレベッカの息がかかった軍人、もしくは軍属だとすれば合点が行く。

 で、あるならば話をするにも人目は避けるべきかと考えた方が良さそうだ。

 龍海は顎をしゃくりながら振り返り歩き始めた。洋子とカレンも続く。

 少年兵にはその動きの意図が通じたらしく、彼は僅かに距離を取って付いてきた。

 裏路地に入り、人目が無くなるのを確認したのちに歩を止めて、龍海は少年兵と向かい合った。

「名前を聞こうか?」

「はい、自分は王都の防衛軍士官学校に在籍しておりますロイ・トライデント士官候補生軍曹です。レベッカ・ヒューイット親衛隊治安部隊長の命を受け、罷り越しました」

 大声は出さないものの、ハキハキとした聞き取りやすい話し方で自己紹介しながら敬礼するロイ・トライデント軍曹。

 答礼する龍海。

「で、何用かなトライデント軍曹?」

 問われたロイは懐から一枚の紙を取り出して龍海に見せた。

「ヒューイット隊長の命令により、我が国の世相に疎いであろう勇者様に同行して助勢する要員を出す事になり、自分が指名されました」

 ロイが見せた紙はレベッカ名による命令書であった。

 龍海らの素性――勇者だとか異世界人だとかは書かれていないが(おそらくその辺りは口頭で説明を受けたのだろう)確かに二人に同行して協力、便宜を計れと言う趣旨の内容だった。

「同行? 俺たちに付いてくるというのか?」

「はい、それが隊長からの命令です」

「彼女の部下じゃなく、士官学校生の君が?」

「委細は分かりませんが、我が校の校長宛てに本要員を研修名目で供出せよ、とヒューイット隊長名で要請がありまして。で、勇者様方が北へお向かいになられたという事で、この町の出身である自分が適任であるとして拝命されました」

「トライデントと申したな? もしや領主イオス伯爵の分家かや?」

「……こちらの方は?」

 ロイが少し不機嫌そうな表情を浮かべた。

 ――もしや貴族? 俺たちはともかく、素性の知れないカレンの横柄な口の利き方は貴族としちゃ面白くないか? 

「ああ、彼女の名はカレンだ。道中、縁あって魔法の指南役として同行してもらっているんだ」

「勇者様の御身上をご存じなので?」

「君も聞かされているようだね?」

「はい、大体のところは。もちろん特一等機密事項であると念を押されております」

「で、同行してあたしたちに助勢?」

「常に勇者様と共に有り、異常あらば速やかに報告せよ、と」

「異常?」

「はい、勇者様に不都合な事象はすぐに対処するゆえと説明されました」

「結局お目付けじゃないの? アデリア国を裏切らないように監視する気なんじゃ?」

「心外な! 本命令に於いては、勇者様にとって不慣れであろうこの世界でのご不安を取り除き、修行が滞りなく実を結ぶように尽力することを趣旨としております!」

 洋子の邪推に抗議するロイ。その眼付きから見ても単純に命令に準じ、遂行しようとする堅物なキャラっぽいなと龍海は思った。

 単純ではありそうだが害も無いと。

 もしも本当に貴族なら王室や行政府辺りの情報も掬えるかも?

「う~ん、俺たちは明日にでも国境付近まで足を延ばそうと思ってるんだけど……君も来るのかい?」

「そう命令されております」

「そうか。まあ、俺たちも宰相から要請されているわけだし断る権限は無いわなぁ」

「お許しいただけますか!?」

「どうせ断っても付いてくる気だろ? 俺たちとしても宰相閣下やヒューイット隊長の趣意に違えるつもりも無いしな。ただし、行動指針の決定権は俺たちにある事だけは認めてもらうよ。もちろん意見はいくらでも聞くけどな」

「あ、ありがとうございます!」

 礼を言いながらロイは龍海の手を取った。

「国の未来を守ってくださる勇者様に、士官候補学生の身でありながらお力添えが出来る事、大変光栄に思っております! これから勇者様の下僕のつもりでご奉公させていただきますので何なりとお申し付けください、サイガ卿!」

 ――え?

龍海くん、洋子さん、思わず目が点。

 そんな二人にかまわず目をキラキラさせて龍海を見つめるロイ・トライデント軍曹。

「お主、何を勘違いしておる? そいつはタツミだぞ? 勇者のヨウコ・サイガはそちらの娘ぞ」

「は?」

 カレンに人違いを指摘され、今度はロイの目が点になり、

「…………だって女の子ですよ?」

と首を傾げる。

 女が勇者? みたいな言われ方に洋子ちゃん、ちょっくらムシッとするの図。この候補生少年と衝突が起こるほどでは無いだろうが、

「カレンの言う通りだ。彼女こそが召喚された勇者、雑賀洋子だよ? 聞いてなかったのかい?」

と龍海が補足に入る。

「あ、いえ……性別の所は失念しておりました。恥ずかしながら自分、ヒューイット隊長から説明を受ける際、勇者様を支援するという極秘任務に選ばれた事にいささか舞い上がっておりまして……サイガ……いえ、シノノメ卿が勇者だとばかり……」

 まあ、確かに未来の軍将校を目指す士官学生が、仮にも国家の極秘任務に抜擢されたとあれば高揚するのもやむを得ないかと思えなくもない。

 これをもってこの士官学生が男尊女卑の思想を持っているかどうかは判断すべきではないが、それはさておき、

「で、お主はいつまでタツミの手を握っておるのか?」

とカレンが指摘するようにロイは龍海の手をぎゅっと握り続けている。

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