第23話 状況の人、指南役を得る1

 これ以上は無い笑顔を浮かべた二人は、もう一度固く抱きしめ合った。

「あ~、とにかく火竜はここから居なくなった。これは事実でいいよな?」

 ズワが未だ戸惑いの残る声で皆の同意を求めた。

「だよな。まあ、もうしばらくは山の見張りは続けなきゃいけねぇだろうが……」

「でも村の皆さん、これを信じるでしょうか?」

「う、ううむ……俺も奥さんと同じ心境だけどな。目の当たりにしてる俺でも信じられねぇくらいだし」

「あ、あの……お父さん?」

「ん? なんだねイーナ?」

「お父さん、ズワさん、マサさん。私は族長に、エミの人身御供の件は中止……せめて、火竜の動向がわかるまで保留にしてもらうように、お願いしたいんですが!」

「うん?」

 言われてロラを含んだ4人は顔を見合わせた。そして、

「あ、ああ、それにはもちろん賛成だぞ、イーナ」

「そうね、この現状をお話しして、考え直して頂くように!」

「ああ、俺も賛成するし、ちゃんと証言してやるよ! なあマサ!」

「もちろんだ! 火竜がここから飛び去っていないのは、見張りのダンも見ている。でも綺麗さっぱり消えてしまったってのが事実なんだ。明るくなって、村の連中にここを見せりゃきっと分かってもらえる、いや分からせる!」

全員がイーナの提案に乗ってくれた。

 当然の事ながら、誰もこの幼気いたいけな15歳の乙女を死なせたくなどはない。それは村の者たちも同様であろう。

 イーナとエミは、二人だけがわかる笑顔で喜んだ。

 今は、これがどういう顛末だったのか慌てて知る必要はない。

 火竜がどうやって姿を消したのか? それはイーナにも皆目分からないが、あの二人がやってくれたんだと言う事だけには確信を持っている。詳しい事はあとでエミと二人きりの時に聞けばいい。

「よし、帰ろうや!」

 マサがみんなに呼びかけ、全員が笑顔で頷いた。

 6人は誰も死なずに済ませられた喜びの笑みを浮かべ、足取りも軽く村への帰路に就いた。

 そんな中で、イーナは今一度洞窟の奥を見つめ直した。


 ――そのまま去るからな!


 龍海の言葉がイーナの脳裏に浮かぶ。

 きっと彼らは首尾よく目的を果たし、言葉通りここから去って行ったのだろう。

 イーナ自身もそれは受け入れてはいたが、やはり龍海と洋子に改めてお礼をしたい、言いたい。そんな思いが胸中に思いっきり擡げて来る。

 しかしそれが叶わない事を含めて、イーナはそんな胸の内に少しだけ罪悪感を残していた。


                 ♦


「行ったかな?」

「うむ、行ったな。そろそろ出ても良かろう」

「あ~、もう、狭いぃい!」

 三人は瓦礫を積んで偽装した岩陰の中から這い出してきた。

 手頃な岩の隙間に潜り込み、手前に瓦礫を積んで岩肌に見せかけたのだが、揺らめく松明の灯りでは彼らに気付かれる事も無くやり過ごす事が出来たようだ。

「まあ、これであの子たちも何とかなるかな?」

「でもいいのかな? いきなり、火竜が消えちゃった、で村民が納得するのかしら?」

「その辺は気にする事も無かろう。実際に我はここを去る訳だしな」

「しばらくはモヤモヤするだろうし、エミちゃんの人身御供候補は続くかもだが、肝心の火球被害は無くなるんだしな」

「あんなかわいい子を贄にしようとしたのだ。その程度のモヤモヤを背負うくらいの罰で済めば軽い方であろう?」

「そうねぇ、イーナさんにだけはエミちゃんが話しするだろうし。まあ、いっか」

 窮屈さから解放された身体を伸ばしながら洋子が笑顔で答えた。

 なんやかんやで依頼は達成されたわけであるし結果オーライであろう。

「さて、俺たちものんびりしてられないな。明るくなってきたら他の村人もおそらく、検証に来るからな」

「でも、どうやって山を下りるの? 来た道だと誰かにガチ合うかもよ?」

「竜に戻ってもらって火口から……はまずいな。しばらく、ここは監視されるみたいだし」

「それなら大丈夫ぞ。奥の火口を数m登ったところに横穴があってな、崖路の反対側に出られるぞ。入口は人が一人這い蹲ってなんとか入れる程度だが、すぐに屈んで歩ける程度までは広くなるから程無く抜けられるわ」

「そうか。じゃあ早速前進しようか」

 善は急げ。

 龍海と洋子はタクティカルベストや上着を脱ぎ、出来る限り軽装になって、カレンの言う横穴へ向かう事にした。


                 ♦


 ドガアァーン!

 件の死火山から脱出後、距離にして10km以上離れた夕闇の迫る山間で、龍海はLAMの残弾処理を行った。

 カレンの火球で瓦礫の下敷きになり、本体の損傷は大した事は無かったが、照準器等がイカレてしまったので実戦では使わない方がよいと考えて始末する事にした。

 約300m先の岩肌を標的として、体験も兼ねて洋子に撃たせてみた。

 当たるかどうかでは無く、射撃と威力の経験をさせようと言うわけだ。

「ほっほぉ~。一撃でこれほど岩肌を抉るとか大したもんであるな~。これを喰らっておったら我もタダでは済まんかったの~。と言うか、お主らはこんな外道な代物を我に撃ち込もうとしておったのか? 中々に悪逆な連中よのう?」

「火球で骨まで焼く! なんつってた奴に言われたくねぇよ」

「はっはっはっ、まあ、その辺はお互いさまで水に流そうではないか。で、その残りの筒を燃やせばいいのか? さっきのショウジュウとか言うモノと同様に?」

「ああ、頼むよ」

 言われたカレンは残ったLAMのチューブに手を向けて念を送った。

 ボウォ!

 直後に炎に包まれるチューブ。

 単に火を付けられただけでは無く、高温高圧のガスバーナーの炎に包まれる、そんな感じの火炎魔法だ。樹脂部分はもちろん、金属部分も見る間にドロドロに溶けていく。

 LAMは使い捨ての兵器である。故に火器と言うよりは弾として扱われる。

 残ったチューブは収納アイテムボックスに放り込んでもいいのだが、これが重なると収納内がゴミ箱になりそうなので極力控えたかった。"無限"なのだから気にしなくても良さそうだが、工場内で5Sを怠ったツケを知っているが故であろうか?

 しかし、野外へ滅多矢鱈に投棄するのも問題である。

 ――もしもこの世界で素材その他が解析されたら?

 神経質になりすぎかもしれないが、異世界の文化や技術等に不用意に影響を与える可能性は無視したくなかった。

 洋子と違って日本には戻れない龍海は一生ここで生きて行かなければならない。

 下手に近代火器の、例えば火薬を燃焼して殺傷能力のある礫を撃ち出す道具を見て誰かが閃き、それがマスケットや火縄銃のような古典的な物であったとしても、回り回ってそれで自分が殺されるなんてのは何より願い下げだ。

 この世界は魔法による攻撃があるためか銃やそれに類する武器は存在しない。そこが龍海の優位性アドバンテージであり、それは出来る限り崩したくないのだ。

 同じく瓦礫の下敷きになった64式もカレンに溶かしてもらい、くず鉄にしてもらった。

 引鉄室部を含む機関部は何とかなりそうだったが二脚や上下の被筒は潰れてしまい、銃身にも打痕があり、その上のピストン槓の動きも怪しかったので修理・修繕を諦めて破棄したのだ。

 もっともこういう処理にも限界はある。

 薬莢だ。

 ゴブリン戦でもそうだが、使用済み薬莢を実戦中にいちいち回収というわけにもいかない。

 ――この辺はケースバイケースで折り合い付けるしかねぇなぁ

 出来る事と、出来ない事。出来るけれどもやむを得ず出来ない事。その場に応じて判断し、回収できる時は回収。踏んづけて形を変えて済ます、埋める、等を選ぶしかなさそうだ。

「ようし、終わったぞ。ではタツミよ、報酬を貰おうか?」

 パンパンと手をはたきながら龍海にニヤケ顔を見せるカレン。

「ほい、ご苦労さん。やっぱサーロインとビール?」

「あとエダマメな!」

 昼食時、肉が焼けるまでの繋ぎで枝豆を出してやったのだが、これが大層気に入ったらしい。まあ確かに定番ではあるが。

「今朝もお昼も肉だったじゃない。良く飽きないわねぇ?」

「夜食を含めてもまだ四食目だ。この程度で飽きるべくも無かろう?」

 洋子が呆れるも、どこ吹く風のカレン。500mlの缶ビールを開けて枝豆摘まんでさっそく始める。

「しかしお主ら、よもやの異世界人とはのう。なるほど、変わった武器や食材を操るのも得心が行くというもの」

 龍海は、カレンには自分たちの身上を話していた。

 彼女らは竜の中でも古龍と呼ばれており、竜の中では勿論、この世界全体でも一番高位に位置する存在なのだそうな(自称)。

 だが、基本的に自由気ままに生きる生態であり、他種族を支配とか国家に干渉することは無いらしく、個体数も数えるほどしかいないとか。

「でも、ずいぶん簡単に信じたわね?」

「これほど異質のモノを扱えるのを見れば、それが一番信じ得る解と言うものであろ? 何よりこの世界には無い、このような美味な食材だけでも正に異世界人のなせるワザよの。まあ、異世界やら黄泉の国やらから、人だの魂だのを呼び出した、呼び出そうとしたって話は小耳に挟んだことはあるでな。目の当たりにするのは初めてであるが」

 グビビビビ、ぷはぁ~っ! とビールを堪能するカレン。いかにも至福のひと時と言った顔をなさる。

「人型で居続ける事に制約は無いのかい?」

「まあ本来は竜の姿が自然ゆえ人型で居る時は魔力を使い続けておるし、当然飛ぶことは出来んし、火球等の得意技も威力が落ちるな」

「じゃあ何で戻らないの?」

「あの口ではエダマメは食えんでな」

 それはまあ確かに。

 豆粒みたいな食べ物は、飲み込むことは出来ても咀嚼して味わうには竜の口では難しそうだ。

「やっぱりあたしたちと一緒に来るの?」

「餌場を変えると言ったであろ? タツミに付いとればこの世界のみならず、異世界の美食にもありつけるからの」

 ――呑兵衛で食い道楽の古龍さまかい? つか人を餌場扱いとか……

 食料と言っても龍海のMPが吸われていくようなもので寄生・吸血に近い感覚になる。

「その代わり、先だって話したお主らの魔法修行の指南は我が引き受けるわけでな。天秤は吊り合うと思うが?」

 龍海の出す食材を甚く気に入り、しばらく二人に同行したいとカレンに持ち掛けられ、一瞬戸惑う二人だったが龍海は一計を案じた。

 銃による武装で、二人の戦闘力はこの世界ではかなりの優位性を持っている。

 洋子の勇者としての素質が開花するまでは頼りになる火器類だが、それだけでは龍海以上の能力に伸ばすのは期待薄だ。

 そこで今まで独学だった魔法の訓練をカレンに頼んでみてはどうかと思ったのだ。

 洋子ほどではないが自分にも上位パックに含まれている再現以外の魔法のスキルはある訳で、それを伸ばしておきたいとは以前より考えていた。

 科学より魔法がモノをいうこの世界で、一国の軍や体制と交えるには火器だけに頼っているわけにはいかない。

 この世界の攻撃や防御、支援の魔法など、自分が使う時、使われた時の対処法は学んでおかねばならない。

「ほい、焼けたよ~」

「おお、待ってました! う~ん、このスパイスの香り・風味が食欲をそそるの~」

「タレ使う? それともソース?」

「両方所望するぞ!」

 ホント、ハマったようだ。

 塩コショウで一口、ソースで一口、タレで一口。舌鼓、タンドラム打ちまくりなカレンさん。

「じゃあ、取り敢えずはいったん街を目指した方が良さそうね。カレンの服とか揃えなくちゃ。いつまでもジャージって訳にもいかないでしょ」

「そうだな。俺たちもそろそろマシな寝床で体を休めたいし、明日はアープの町を目指そう」

「人の街は久しぶりだのう。偶に出歩いて名物などを食い歩きしたもんだが」

「ホント食いしん坊なのね」

「我らはお主らより長命でな。世界中を飛び回ってはいるが、見るもの聞くものの珍しさが無くなると食うのが一番の楽しみになっての」

「地図を見ると明日の朝から出発して、順調ならギリギリ日没までに到着するかな?」

「そうか。では明日に備えてビールはあと二本にしておこう」

「まだ飲むのぉ?」

「はは、まあ竜がビールくらいで潰れるとも思えないしな」

 そう言うと龍海は二本目のビールをカレンに手渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る