第22話 状況の人、竜退治する4

「むほほぉ~! なんじゃこれは! ホントに牛の肉なのかこれは!? 何という柔らかさ! 雑味の無い旨み! 我の食してきた牛は牛の姿をした蟲であったか?」

 ――蟲も喰った事あんの?

 とりあえず誤解が解かれ和解した龍海らとカレンは、奥に戻って火を囲み、これまでの状況を語り合った。

 時刻が日付の変わる頃合いでもあり夜食でも取りながらと言う事で、交戦前に出たバイソンの話から、火竜は肉を所望して来たので龍海が今まで触れた中で一番高級なA5級のサーロインを再現して皆に振る舞った。

「おまけにこのビールと言う酒! 肉との相性が抜群よの! これは食が進むどころか止まる気がせんな!」

 サーロインとは言うものの炭火でじっくりなんてやり方では無く、焚火で焼き肉のタレを付けて焼いているので、ワインよりビールの方が確かに合うかもだ。

「ホントに美味しいです! それにこのソース、と言うかタレですか? すっごく香ばしいです! まるでお貴族様の食事みたいな!」

 人身御供から解放され、食欲も出てきたエミも和牛の旨みに随分と感動しているようだ。

「そこまで大層なモノじゃないんだけど……エミちゃんたちはお肉の味付けってどんな風にしてるの?」

「普通はせいぜい塩です。あ、一度族長さんが街で買ってきたスパイスを分けてくれたことがありまして。あれも美味しかったけど、このソースはもっと美味しいです!」

「喜んでもらえりゃ何より! いっぱい食べてくれよな!」

 と、美味な肉に舌鼓を打ち、お腹も心もほぐれた4人はこれまでの状況について話し始めた。

 龍海らが最も解せなかったのは、贄にされたエミに同情するのに、なぜカレンが村に火球を打ち込んだのか? その辺りである。

 で、カレンより明かされた真実は、彼女を除く三人の顎が力無くカクンと下がってしまう、そんな理由であった。


「……寝ぼけて、た?」

「うむ。恥ずかしい話、我は寝相が悪くての。特に夢など見てると夢の中と同じように体を動かしてしまう事もザラでな。獲物に火球を放つ夢だと実際に火球を撃ってしまう事も多くてのう」

「その寝ぼけて撃った火球が、たまさか村に落っこちてきたってのか?」

「まあ、上を向いて撃ち出した火球がいくつか届いてしまったのであろうなぁ。正直スマンかった」

「火球ってそんなに飛ぶの?」

「飛ぶだけなら10kmは飛ぶかの? まあ狙えるのは2kmか3kmくらいだの」

 ――戦車砲並みかよ……

 陸自在隊中、龍海は装軌車整備の資格を持っていたが、その講習時に「戦車砲の精度は2km先のドラム缶に百発百中でないと失格だ」と教えられた事がある。

 故にその精度を維持するため、砲身にぶら下がるなどはもちろん、腰をかけるだけでも叱責の対象であった。

 しかし火竜の火球は長い砲身も持たずにそれほどの精度を出せると言うのは、やはり魔力か何かで制御しているのかもしれないなとも思う。

 もしもそうであれば、洋子や自分にも応用できないモノだろうか? 今後、検討すべき課題と言えそうだ。

 で、話を戻して。

「迷惑な話だなぁ」

「我も治したいとは思っておるのだ。放った火球が岩肌で跳ね返って我の顔に当たって飛び起きる事も珍しくなくてのう。何者かの襲撃かと思って乱れ撃ちする事も……」

「もしかしてそういう時も何発か村に届いたと?」

「可能性は否定できん。しかし村まで距離がある故、爆発等は無かったのではないか?」

「でも焼夷弾程度の威力は有ったんじゃね?」

「ショーイダン? なんぞ、それ?」

「とにかく家や畑が燃えて……三軒隣りのマシューさんは大やけどで一月くらい寝て過ごしてましたし」

 エミの証言で、龍海と洋子は寝ぼすけ火竜にジト目攻撃を敢行。

「あ、いや。申し訳ない。だが、人死には無かったようで幸いだったの」

 カレンさん、頬っぺたポリポリ。

「まあとにかく、イーナさんの依頼も達成出来そうでそれは喜ぶべき事よね。でも何で生贄を差し出すなんて悪習が伝わったのかしらね? あなた何か知ってる? あなたの仲間かなんかがやらかしたとか?」

「う~む」

 洋子の問いにしばし考え込むカレン。

 やがて、はっ! と目を見開き、

「思い出した! 恐らくそれも我の事だ!」

と答えた。

「え? やっぱりあなたの事なの?」

「そういやさっき、女はクドくて不味いとか言ってたな? その時の生贄は食ったのか!?」

「違う! 人を食ったのはもう何百年も前の話だ! 我を駆逐しようと挑みかかって来た連中を噛み殺してそのまま飲み込んでしまっただけよ! 食えん事は無いが我はやっぱり牛系が好みなのだ!」

「んじゃ、その時の娘は?」

「そのまま帰したはずだがのう? そこは伝わっておらなんだか?」

「でも伝承には、それでもう火球は来なくなったって語り部が……」

「いや、その時はここいらの森林バイソンを粗方あらかた食ってしまったんでな。また増えるまで餌場を変えようと別の場所へ移った故、そう思い込まれてしもうたかの?」

「ただの偶然~? なんなのよ、もう」

「となると、この先どうするかな? このままあんたが居座るとまた火球を飛ばしかねんのだろう?」

「そうだのう。森林バイソンの個体数にはまだまだ余裕はあるのだが……そう言う事なら餌場を変えるとしようかのぅ。またぞろ村に火球を飛ばしてしもて、こんなかわいい狐っ娘にやけどを負わせては可愛そうだからな」

 と言いつつエミの頭をなでるカレン。エミちゃん思わずにっこり。

「そっか。なら火球の件も解決だな。あとはエミちゃんにちょっと口裏を合わせてもらう事になるが」

「え? どうして、シノさん? これで終わりなんじゃ?」

「俺と洋子の事は黙っててもらわなくちゃいかんだろう。イーナさんは村に黙って俺たちに依頼したんだ。勝手な行動をとった彼女に咎めがあるかもしれんよ?」

「あ、そうか。イーナさんは村の決まりを破った事になるんだったよね」

「なんかややこしそうだな? まあとにかく我とタツミ、ヨウコはここからさっさと退散した方がよいのか……ん?」

 話し途中で火竜が洞窟の入り口方向に視線を移した。

「……道を何人かが登って来ておるようだな? 麓で様子を窺っていたか?」

「わかるのか? 索敵スキルか何かか?」

「ああ、人型の時は視界が悪くてな、必ず使う様にしておる。4人、いや5~6人といったところか」

 龍海も索敵+は起動していたが人数はもちろん、何かの気配すら感じることは出来なかった。竜の索敵能力は斯様に優れているのか?

 迷彩魔法を使っていたとはいえ、よく接近できたものだと思う。

「ここへ来る気かしら?」

「火球が何発も爆発したし、M82バレットの銃声も聞こえただろうしな。どうしたもんかな?」

 眉間にしわを寄せて考え込む龍海。

 麓からの視点で考えれば、炸裂する銃声や火球の音・光は、伝承の範囲外の現象であったであろう事は想像に難くない。

 何が起こったか、確認しようとはするだろうが確かめに来るにしてもカレンが飛び去るか、夜が明けてもっと視界が良くなってからかと踏んでいた。

 故に夜食に焼き肉などと呑気に構えていたのだが……さて、どう帳尻を合わせるか?

 と、思案していたところへ、

「深く考える事もあるまい。考えさせる役は連中に押し付けよう」

とのカレンの意見に、龍海も洋子も頭の上に?マークが浮かんだ。


                 ♦


「気をつけろ。そろそろ火竜が見える頃だ」

「肉の焼ける臭いがする。何かあったのは間違いねぇ」

「そりゃ、あんな光や音がすりゃ何も無い訳ねぇだろ」

 洞窟に潜入した村人たちがヒソヒソ声で話しつつ、一路、洞窟の奥へ歩を進める。

「お父さん……」

「大丈夫だイーナ。これは人の焦げる臭いじゃない」

 イーナと父母も来ていた。

 今更生還は望むべくもないが、せめて遺体の一部だけでも持ち帰り供養したい、その一心で族長から許可を得たのだろうか。

「でもあなた。それじゃこの臭いは一体……」

 ――妙な臭いだ……

 そこにいた全員がそんな思いを抱いていた。

 妙な、という形容をするものの、それはある意味で誤魔化しであった。

 なぜならその臭い、全員が感じていたのは……「良い匂い」なのだ。

 実際、龍海が使ったニンニクを利かせたタレが焦げる臭いは、夕食を済ませて一息経っている全員の食欲をそそってしまうほどの匂いであったろう。

 だが事情を知らない彼らは、何かが焼けた臭いであれば一番確率の高いのはエミが焼かれた臭いと考えるのが当たり前。たとえ本当であっても冗談であっても「良い匂い」などと口に出来るものではない。

 故に「妙な臭い」と、自分に言い聞かせるように形容するしか無かったのも已むを得まい。

「よし、ここで止まれ」

 一行は龍海も身を隠した曲がり角に辿り着いた。

「俺が奥を確認してくる。もしも火竜が居て目覚めていたら声を出すからお前らはすぐに逃げろよ」

「待ってくれズワ。それは俺が!」

 ファマスがズワを止めた。親として愛娘の安否をいの一番に確認したいのは当然であろう。そのために、もしもズワまで犠牲になっては。

 しかしズワは首を振った。

「お前にはイーナが居る、まだ死んじゃいけねぇ。それに、エミの手足を縛り、ここに置いたのはこの俺だ。ここは俺がやらなきゃならねぇ。それにだ」

「それに?」

「本来の結果だとすりゃ、エミの身体がどうなっているかなんて考えるまでもねぇだろう? 愛娘のそんな御遺体を見て身体が動くか? 走れるか?」 

「……」

「俺に任せろ」

 贖罪の気持ちもあったのだろうか? ズワは項垂れるファマスの肩を叩くと、足を忍ばせつつ、奥へ進んだ。

 ファマスやロラ、イーナらも岩の陰から様子を窺った。ズワの足音がだんだんと遠ざかっていく。

 足音が途絶えるまでの時間は如何ばかりであったろうか? 

 イーナの家族にとっては数十秒であっても十分以上に感じたかもしれない。

 音が絶えてからの沈黙。イーナやファマスらにとって針金で心臓を絞められ続ける、そんな時が流れる様であった。

 もう限界……重圧に耐えきれずイーナらは岩陰から駆け出そうとした。

 だがその時、

ボワ!

と松明の明かりが浮かび上がった。

 ほのめく火の灯りは洞窟全体を照らし出した。

「火竜が……いない……」

 ズワが松明を出来るだけ高く掲げると、灯りは洞窟の終端まで何とか届いた。

 しかしそこには、文字通り火竜の姿は影も形も無かったのだ。

 その上エミは、ズワに縛られた姿そのままで彼の足元に寝転がっている。

「エミー!」

 イーナやファマスらが駆け出した。

 松明を持っているせいでエミの縄を解くのに難儀しているズワに変わり、ファマスが解き始め、追い着いたロラも手伝った。

「お母さん!」

 エミはロラに抱き着いた。

 ロラも力いっぱい娘を抱きしめた。

 途端にとめどなく涙が噴き出してきた。

「ああ、神様! ありがとうございます! 私の娘を召さずに下さってあ、りが……」

 もうそのあとは言葉にならなかった。

 家族は諦めていた末娘の生還にお互いを抱きしめ合い、只々喜び合った。

「はあ~、良かった。エミが無事で本当に良かった。本当、に……」

 ズワも良心の呵責から解放され、涙が滲んできた。

 同行の村人マサもズワの肩を抱いて一緒に喜んだ。

 だがしかし。

「だけど……火竜は、どこへ行っちまったんだ?」

 その疑問が頭に擡げてきた。

「分からん、夢でも見ているようだ」

 マサが火口に続く洞窟の奥で上を見上げて呟いた。

「やはりどこかへ去ったのかな?」

 ファマスも確証が無さげに呟く様に言ってみた。

「いや、それは無い。俺たちは麓でずっとここの様子を見ていたんだ。確かに遠くの雷みてぇな音や炎の光が見えたのは確かだが、この洞窟や火口から火竜が飛び去ったのは見ていないぞ」

「じゃあ消えちまったって事かい? あんなデカ物が!?」

「俺に聞くなよマサ! 俺も……俺も、信じられんの、だからよ。でも、あの時火竜は……確かにここに居たんだ。確かに。眠っているのを幸いに……俺はエミをそこに置いて……」

 エミが助かった事には率直に喜んではいるが、この薄気味悪い現実にズワもマサも尻尾を巻きたくなってくる思いだった。

「エミ?」

 イーナがエミの顔を見て尋ねた。

「あなたは何か見なかったの? 火竜とを……」

「え? う、うん」

「何かって何だよ?」

 マサが割り込む。

「いや、そりゃあ、あの炎と轟音だからな。何かがあったのは確かだが」

 とズワ。

「エミ?」

 再びエミに問うイーナ。

「……あたし……」

 皆の耳目がエミに集中する。も、

「ズワさんが来るまで、気を、失ってた、から……」

「何も……見て無いの?」

「……うん」

と返事するエミ。しかしエミはそれと同時にイーナを見ながら右目を素早く、パチッと閉じた。

 ――あ!

 エミの一瞬のウインク、イーナは全てを悟った。そしてさらに明るくなった笑顔でエミを見つめた。

 エミも自分の思いが通じたのを確信し、笑顔が明るくなった。

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