第21話 状況の人、竜退治する3

 ドグァーン!

 洞窟内に大発砲音が響く。放たれた口径12.7mmの完全被甲フルメタルジャケット弾は火竜に向かって驀地まっしぐら

 ガンッ!

 命中!

 龍海目掛けて火球が放たれる寸前、洋子の撃ち放った50口径弾は火竜の下顎に見事にヒットした。

 火竜の火球発射寸前の口は、顎に命中した12.7mm弾によってカウンターを喰らったように閉じられてしまった。ついで、

ボンム!

行き場を無くした火球弾が口内で炸裂するオマケ付き。

「ブふぉぉ!」

 口内に加え、逆流した炎が鼻腔を焼きつつ鼻の穴からも噴き出す火球炎。

 洋子の、さながらアッパーカットの如き顎への銃撃と、口内での火球の暴発で脳をシェイクされた火竜は、

ドドドォーン!

と派手な地響きと共に、白目を剥いてその場にブッ倒れてしまった。

 洋子がM82で火竜を仕留めてくれたのを見た龍海は、

「はあぁぁ~!」

と大きな安どのため息をついて、手足を投げ出して大の字に寝そべった。

「あ~、助かった~。洋子ちゃん感謝ー!」

 ガッシャーン! 

 筋力魔法の効果が切れた洋子もM82を落っことすように手放し、その場にへたり込んだ。

「当たった~。良かった~」

 反動を喰らって痛む肩を摩る洋子。

 強化していたとは言え脚を使用しての伏せ撃ちならともかく、反動をほぼ上半身で受けなければならない膝撃ちでのM82の反動はそれなりに響いたか?

 まあ、それよりも。

「ねぇシノさん?」

「ん?」

「こいつ、喋ってなかった?」

「あ? ああ、喋ってたな。俺がエミちゃん見つけた時も、火竜はエミちゃんと話してたよ」

「こんな怪獣が人と話す事が出来るなんて……」

「ファンタジーでもドラゴンが高度な知性を持ってるって設定は珍しくないけどさ。でも、いざ話してる所を見たときは驚いたよ。なんか頭に直接響いてくみたいな声でさ。そこでエミちゃんを連れてきた村人と間違えられてよぉ。そんでもう火竜がメチャ怒り狂ってなぁ、この有様さ」

「え? エミちゃんと? 生贄と話してた? なにそれ? 何でそれでシノさんに怒ってんの? ワケ分かんないんだけど?」

「火竜は生贄なんて求めてなかったんだよ。それどころかエミちゃんみたいな少女を人身御供にするとか、外道だの人でなしだの言われ放題でよぉ」

「じ、じゃあエミちゃんは無事なのね?」

 と、そこへ、

「火竜様!」

奥から軽い足音と共にエミがこちらに走ってきた。

 彼女は龍海らには目もくれず、火竜の元に駆け付けた。

「火竜様、火竜様! 大丈夫ですか!? しっかりして下さい、火竜様!」

 白目ひん剥いて倒れている火竜の顔に縋り、容態を心配するエミ。

「火竜……サマ?」

 翻って龍海の方を見て眉を顰める洋子。

 ――もしかして、あたしたちって悪役?

 と、そんな目で。龍海も口をへの字に曲げてうんうんと頷いた。

 龍海は起き上がるとフラッシュライトのスイッチを入れて、エミに話しかけた。

「エミちゃん、だよね?」

 エミはライトの眩しさに手をかざし、目をしばたかせながら、

「え、ええ。そうですけど……あなた方は誰なんですか? それに、なぜあたしの名前を?」

と逆に聞き返して来た。

 フラッシュライトの眩い光のせいで龍海の顔は見えていなかったが、下半身は視認できた。

 今までに見たことの無い龍海の迷彩柄の服を目にし、彼が村人ではないことはエミにも予想できた。

「安心して。あたしたちは王都の冒険者よ」

「冒険者? 王都の?」

「そうよ。それであなたのお姉さん、イーナさんに頼まれたのよ。あなたを火竜から助けてくれって」

「お姉ちゃんが?」

「ああ、それで火竜と一戦交えてでも君を助け出そうとしてたんだが、君と火竜が話しこんでたのを見て、聞いてた話と違うなって思ってたんだけどね。そしたら、こいつが俺を村人と間違えて激昂し始めて」

「あ、もしかしてあたしが、人なら村人だって言ったから……?」

「多分ね」

「ご、ごめんなさい! あたし、てっきり村の人だとばかり……」

「まあイーナさんにも、エミちゃんには言わない方が良いって言っておいたしね。俺らのこと知らなくて当然だし、気にしなくていいよ」

「でも話が違ってたわね。エミちゃんはてっきり火竜に食べられるものだって思ってたし」

「はい、あたしも手足を縛られて寝てる火竜様の前に放り出されたんですけど……目を覚ました火竜様は泣いてるあたしに優しく話しかけて下さって……何もしないから安心おしって……」

「その辺は俺も聞いてたよ。話しあえるなら手打ちが出来るかもって思ってたんだが……」

「うぐう……ぐふ!」

「あ、火竜様! 気が付かれましたか? 火竜様!?」

 火竜が意識を取り戻したようだ。小さく頭を振り、呻き声を上げる。

「あぐ、あがご……」

「火竜様! 大丈夫ですか?」

「うう……うま、喋れん……しば、し待て……体形を、かえ、る」

 ――体形を変える? どういうことだ。

 龍海が首を傾げたと同時に、火竜の身体が光に包まれた。

 手持ちのライト以上の光に思わず目を細める龍海、洋子だったが、その細い視界の中で火竜の姿が人型に近い体形に変化していくのが見える。

 ――まさか、人体変化? 全身鱗の竜人か何か?

 やがて光が収まり始め、火竜の変化した身体がハッキリ分かるようになった。

 龍海も洋子もアニメや漫画ではよく見た魔物やモンスターの擬人化。

 しかしそれはあくまで絵空事であり、今実際に目の当たりにすると唖然とせざるを得ない。おまけに、あのデカい竜の身体が、龍海ほどの身長程度に小さくなってしまったのだ。

 そして三人の目の前に現れたその姿は…………全裸の人間……そして胸部に、大きなお椀的形状の物体が二つ。

 龍海は言ったもんだ。

「おまえ! メスだったのか!?」

 で、

「そっちかー!」

と、すかさず、コケる間も無く洋子も突っ込んだ。だが、エミはコケた。

「しかもレベッカさん以上の爆乳!」

「あほかぁ! 女がどうとかより、ドラゴンが人間の姿になった方を驚くのが普通でしょうに! どこまで非常識なのよこのエロオタ!? 胸の大小なんてそんなの二の次でしょうがー!」

 その人型になった火竜の姿は実に妖艶な、人間で言えば30歳半ばから後半のいわゆる美魔女であった。

 スラリとした細めの脚に、キュッと絞られた腰、甘い吐息専用かと思える妖しい魅惑の唇に切れ長の眼に加え、何と言っても龍海の眼をとらえて離さぬたわわな爆乳……確かにレベッカを超えてそうだ。形こそお椀的だが大きさは丼以上。

「うぐう……まだ頭が痺れておる。顎もズキズキするわ。少しズレたか?」

 火竜が顎を摩り、どぶつきながら起き上がってきた。

 さすがドラゴン、あんな近距離でも12.7mm弾の貫通どころか侵入も許さない防御力。しかしてその勢いまでは弾けなかったようだ。

 洋子だと着るだけで体力錬成になってしまう防弾チョッキ2型の防弾プレートを竜の鱗と換装できれば重量もかなり軽く出来そうだ。

「うん、まあ楽に喋れるようにはなったわ。おい、そこの男。今、その娘と話していたことは真か?」

「え? 聞いてたの?」

「頭が痺れて動けなかっただけだ、意識は失っておらなんだわ。なら、まずは話すかと思ってこの姿になったのだ」

「そうなの? でも何でわざわざ人型に?」

「人の言葉を話すなら同じ体形になるのが一番楽でな。本来の姿だと魔力で喉を振わせて人の言葉に変換しておったからの」

「なるほど。エミちゃんと話してたから、てっきり普通に喋れるもんだと思ってたよ」

 ――そういや、妙な響き方の声ではあったな……

「竜の口や顎の動きでこんな複雑な発音が出来ると思うか?」

「まあ、そう言われりゃ……よく知らんけど」

「火竜様、お身体は大丈夫ですか?」

「おお、大したケガはしとらんよ。だが不意打ちとは言え、いいのを貰ってしもうたわ。そこの妙な装束の娘よ、お主の仕業か?」

「あ、うん。だって今にもシノさんを焼き殺しそうな勢いだったから、つい……」

「シノサン? それは、さっきから我の胸辺りをガン見し続けとるこやつの名前か?」

 ――う……

 フラッシュライトを自分より前で構えていたので目線は気付かれないであろうと思っていた龍海の目論見は甘かったようだ。

 そういや火竜は、星明かりすら届き辛いこの洞窟内で龍海を追い掛け回せる程の視力を持っているのだからさもありなん。

 当人火竜はそれほど気にしては居なさそうだが、代わりに洋子とエミの龍海を見る眼が道に転がっている未消化の草にまみれた馬のクソでも見る様な目付きになった。

 だがしかしそれでもいやでも、本能がそれお胸から目を逸らすことを許さなかったのだ。

 マカオのカジノ周辺で見られる、無知な観光客をたらし込もうと、その仕草、立ち居振る舞いの全てが性行為を連想させる街娼美人局の餌級に男の本能を鷲掴みにして逃さない、そんなエロオーラを放っているお胸であった。

「うん、まあ、てっきりエミ……だったか? こんな年端も行かぬ少女を生贄に差し出そうなぞ、たわけた事をした村民だとばかり思い込んでな。誤解のようであったな、ケガが無くて何よりぞ。しかし自分で自分の火球を食わされるとは思わなんだわ。おまけに顎への突きはかつて経験した事が無いほど細く、しかし鋭く、かつ強力であった。カウンターとは言え至極効いたぞ。我とした事が立っておられなんだわ、はっはっは」

「ご、ごめんなさい。もう、後先考えられなくて」

「気に病むな。まあ痛い思いはしたが我の勘違いが原因だからの。この顎の一発は不問としようぞ、はっはっは」

 豪快に笑う火竜。

 その笑い声に合わせて、これまた豪快に揺蕩たゆたう火竜のお胸。

 場も弁えずそれをチラ見する龍海の口元がだらしなくなっていくのを洋子とエミに見られたら、彼は馬のクソ以下の扱いになるのは避けられまい。

「とにかく何か着ようよ、スッパのままじゃマズいでしょ?」

「う~む、我はどんな体形でもこれもんだがのう。そこのシノサンとやらも嬉しそうに見ておるのに良いのか?」

「シノさん! とにかく何か服を出して! ジャージでもいいから!」

 ――く! 顔に出るのを止められなかったか!

 止むを得ん、とばかりに龍海は(しぶしぶ)イーナに着せていたジャージを取り出した。

 洋子は馬のクソからジャージをふんだくる様に受け取ると、いそいそと火竜に着せ始めた。

 ただサイズが龍海向けなので、イーナの時はブカブカだったが火竜人型Verだと背丈はジャスト。故にその分、体の線はハッキリ表れてしまう。

 太ももや尻はもちろん、豊満な胸も強調されてしまっているし、そちらに生地を持って行かれてしまってどれだけ引っ張ってもおへそが見えてしまう。

 下は尻に持って行かれて上げられず、上は胸に持って行かれて下げられない。

 やっている内に、洋子はなんだか腹立たしくなってきた。胸近辺を通過する時のファスナーの重い事重い事。

 ――なんだ、この胸囲の格差社会は!

 などとお定まりのセリフをどぶ付きたくなるのも宜なるかな。

 なんかエミまで羨ましそうに見ているし、意図は違うが龍海以上に注目しとらんか?

「ほう、初めて見る布地だな。厚みの割に実に軽くて動き易い。うむ、動きに合わせて布地が伸び縮みするのか、これは快適」

 二人の視線をものともせず、ジャージの着心地の良さを堪能する火竜。

「そう言えば名乗りがまだであったな? 我が名はカレン。火竜のカレンと申す。見知り置くがよい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る