第20話 状況の人、竜退治する2
幸か不幸か、エミは手足を縛られているので結果、地に伏せている状態だ。
狙うは腕の付け根をすり抜けた先の胸から腹の辺り。今、エミへの影響を最小限にして狙えるのはそこしかない。
頭に当てられれば一撃だが、フラフラ動き投影面積も少ない竜の頭部を狙って外してしまったら、もう次は無い。
後方を見て、LAMの反動を緩和させるために噴き出されるカウンターマスが岩肌等に跳ね返って自分に被ってこないことを確認し、火竜を照準に納めて安全装置に指をかける。
ここでもう一つ、深く呼吸。
そして安全装置を外すべく指に力入れる。
と、その瞬間、
――え?
……ひど……話……だねぇ……こ……わか……どもを……
龍海は自分の耳を疑った。
――話してる?
会話が聞こえる。
――ドラゴンが話してる、だと!?
火竜との会話? 新しい状況を受けて、LAMの照準を外し、再び岩陰に隠れる龍海。
――そりゃ確かにドラゴンが高位な生き物で、人と同じかそれ以上の知性があるって設定は多いけどよ……
だがそれはあくまで創作物での話。まさか実際にそんなマンガみたいな状況……
いや、今はそんな事で驚いてはいけない。何せ今の自分ですら、そんなマンガ以上にチートな存在なんだし、眼前の現実を率直に受け入れる姿勢であるべきでは無いのか?
とにかく耳を澄ましてみる。
「全く、何を考えてるのかねぇ人間は。
「か、火竜様は人を、め、召し上がらない、の、ですか?」
――やはり会話している……相手は当然エミちゃんだな
目を凝らすとエミの手足を縛っていた縄は火竜の爪によって切られていくのが見えた。
エミが自由になった手で縛られていた手首を擦っているのも確認できた。
――言葉を交わしている上に、生贄の拘束を解いている……
これを見る限り、どうやら火竜はエミを捕食しようとも、敵対しようともしていないと思えるが……龍海はさらに聞き耳を立てた。
「ははは、人なんて不味いものは食わないよ。特に女は脂が多くてクドくてね」
――食ったことは有るんかい!
「この辺だと森林バイソンだね。お前さんの言う通り我は火球を出せるからね、バイソンを口で咥えたまま火球をチョロ出しして炙るんだよ。中までほんのり火が通ったら徐に齧る! そしたら肉汁がドバっと噴き出して来てこれが最高に美味いんだな!」
自分の捕食行動を何だか自慢げに、面白がるように語りだす火竜。
――グルメドラゴン? いやまあ肉汁ドバーはいいけど血抜きとかしてないし、だいたい腸内にはまだ未消化物や排泄物も残っててそれも焼いて食うって……うげぇ……
作戦前に食事をとって3時間超、肉汁ドバーだけなら飯テロになったかもだが、腸内の
飯テロはさておき、火竜と会話が出来るというのは嬉しい誤算だ。
しかも奴は贄を欲してはいないらしい。
話し合う事が出来るのであれば村との手打ちも期待できるのでは?
しかし、だとすれば奴はなぜ村に火球を放った? 村に、もしくは人間に敵対心が無ければそんな事をする理由がみつからない。イーナや村人の言い分と齟齬があるのか?
――四の五の考えてても仕方ないな。何とか穏便に会話に混ざる事が出来れば……
昼間のゴブリンではないが、話し合いが出来るのに最初から交戦ありきでは良い結果も放棄してしまうことになる。
今の話を聞く限り、エミと火竜は敵意の無い良好な会話をしていると見ても良いだろう。
――とにかく名乗りを上げて出てみるか? でもLAMを好戦的に構えてって訳にはいかないし、とりあえずここに置いといて……
龍海はLAMを岩に立てかけて、吊っていた64式も身体から離した。
この世界の者だと一見しただけではおそらくこれらを武器とは認識しないだろう。しかし、なるべく誤解を生む要因は外しておきたい。
折り悪く決裂なら何とかここまで辿り着き、LAMで応戦するという方向で。
収納に入れて、交戦即取り出し……という手もあるが、撃てる間合い、足場であるかは不明だ。
一応、収納には予備のLAMを収めてはあるが、決裂ならエミを保護して距離を取らなければならない。
何より、戦意が有る様には極力見られたくもなし。故に64式もLAMの隣に立てかけておくことに。
が、その時、
カコン!
64式の弾倉がLAMに当たってしまった。
――げ!
バランスを崩し、勢いついて倒れるLAM。
ガシャーン!
石と金属がぶつかる乾いた音が洞窟内に響き渡る。
「誰か!」
音に反応した火竜が
――気づかれた!
肝心なところで下手を踏んでしまった。だが、こうなっては仕方がない。堂々と正面から行くしか。
しかし。
「何者だ? 今のは剣か槍か、金属が当たる音の様だし獣ではあるまい。魔族か、それとも人間か?」
火竜は音のした方に顔を向けつつ、エミをチラ見した。
「わ、わかりません。でも人だったら、この周辺にはあたしの村くらいしか無いはずですが……」
「そうか! お前を生贄にしようとした外道どもか!」
――え? まずい、村人と間違えられてる?
「この痴れ者めが! 未来ある
――うお! なんかいい啖呵切ってなさる。その辺は確かに同意!
「ならば我が人の血レベルまでに温めてやろうぞ!」
――え?
言い終えると火竜は立ち上がった。同時に口の周りが発光し始める。
――ブ、ブレスか!?
火竜の口に纏わりついた光はやがてオレンジ色の炎の球体となり、更に圧縮されていき、
ボン!
と、一気に撃ちだされた。
――来た!
火球というより高速火弾だ。
まるで平成版の亀怪獣の口から繰り出される、強烈で着弾と同時に爆裂しそうな火弾!
龍海は岩陰から飛び出した。その直後、
ババアァーン!
火弾が激突した岩は銃声とはまた違った、鈍いが派手な爆発音とともに木っ端みじんに砕かれ、LAMや64式を瓦礫の下に埋めてしまった。
「いたな! 逃げ足は速そうだな!」
「ちょ! ちょっと待って! 誤解だよ! 俺は!」
「問答無用! 村の者が二度とこんな真似をしないように貴様を血祭りにあげて村の入り口にぶら下げてくれるわ!」
話が出来ると言う事と、話が通じると言う事はイコールではない。
同じテーブルに着いていない以上、面と向かわせるのに必要なのは力である。
が、LAMも64式も無くした今、装備しているのは九ミリ拳銃のみ。とても効果があるとは思えない。てか撃つ暇もない。当然、予備のLAMを取り出して反撃、なんて叶うわけもない。
ボン! ボン!
次々撃ち出される火球弾、今の龍海はそれをジグザグに走って避けるのが精一杯。
「ぬう、
ボン! ボン!
火竜の火球弾攻撃が続く。
火竜もやみくもに撃っている訳では無く、龍海の動きを予測して放ってはいた。
基本、龍海は石や岩が出ているところを避けて走っている。
だから石の無い所に予測して撃ち込むのだが、今度はそれを除ける様に岩を飛び越え、石を踏み越えたりしていた。
自衛隊時代に行った武装障害走での、泥濘地を飛び越える幅跳びや2m以上の壁を乗り越えて走破する囲壁などの訓練がしっかり役に立っている。
しかし龍海としても、火竜の攻撃を読んだり見切ったりして避けているのでは無い。
ジグザグ走りのターンも所詮はランダムに当てずっぽうにやっているだけだ。
故にいつかガチ合う。
それがいつ来るか? 出口まで持つか? 火竜の弾切れは期待できないのか?
先が見えない。だとすればまずやることは洋子への避難指示だ。
「洋子! 退避だ!」ザッ!
♦
「なに!? 失敗なの?」ザッ!
「とにかく逃げろ! 一目散に山を下りろ! おわり!」ザッ!
「ちょっと、シノさん! シノさん!」
応答は無かった。
しかし無線の龍海の指示からすると首尾よくエミを救助、とは行かなかった事くらいは当然分かる。
逃げろ! と言われたら即座に逃げる。龍海はそうやって念を押して自分に言い聞かせ、自分もまたそれを了承していた。
と、そうは言っても、龍海の身の上に何が起こったのか? どういう状況なのか? それを見ず、聞かず、知らずして踵を返すというのはやっぱり出来るものではない。得心も行かない。
もちろん自分には日本に帰るという悲願がある。
そう決意して、そのために日々訓練に身を投じていた。
すべての行動はそこを最終目標にしなければならない。
この場で逃亡という選択は正しい答えの一つだろう。
だが、しかし。
だとしても、唯一、異世界へ転移すると言う異常な経験を共有した者同士である龍海を置いて逃亡というのは簡単に踏み切れる訳も無い。
今後、ようやく銃の扱いに慣れてきただけの今の自分が、彼の指導・協力無くして悲願を成就出来る様になれるものなのか?
それは現段階においては甚だ怪しいと言わざるを得ない。
今、装備している服も武器も彼が居てこそなのだ。
その中で選ぶべき最適解。
――シノさんの状況を確認する!
軍人に準じた恰好をしてはいるが自分は軍人では無いし、龍海も決して上官ではない。軍と違って命令を無視する事は一向に構わない。自分が納得出来る行動をすればいい。
洋子は龍海の置いて行った重いM82A1を引き摺って洞窟入り口へ入った。
13kgあるM82も抱えて歩くのではなく、引き摺れば洋子でも何とか移動できる。
身体強化魔法を使えば持ち上げる事も撃つことも可能ではある。
しかし今のレベルでその状態を維持できる時間は30秒ほどと短い。故にこれを使用する状況になった場合に備えて、撃つ直前まで控えなければならない。
通常の筋力で、極力出せる速度で奥を目指す。
やがて、何かが歩く様な走る様な音が響き始め、時折オレンジ色の光が鈍い破裂音と共に奥の方から漏れてくる。
――やはり……戦闘になってる……
鈍く光るオレンジの揺らめき。それがイーナの言っていた火球であると考えて間違いはあるまい。
しかしLAMの爆発音はもちろん、銃の発砲音も全く無いのはどういう事か?
――でも、足音も炎も近づいてくる……
ガシャン!
洋子はM82のやたらストロークの長いチャージングハンドルを引き、全長14cm近い12.7mm弾を薬室に送り込んだ。
銃身を岩に預けて立てかけ、洞窟の奥を窺う。
――発砲はしていない。それで足音、炎が近づいてくるのは……シノさんが追われている可能性大!
ダッダッダッダッ!
足音が近い! 岩陰から伺って前方を見た。
と、容子の視界に、龍海が火竜の攻撃を避けながらこちらへ走って来る姿が飛び込んできた。
――え?
その龍海はLAMはもちろん、小銃すらも持っていない。
――丸腰? 追ってるのは……か、火竜!
洋子の暗視眼鏡に映る龍海を追い回す火竜の姿。
その前をジグザグに走り、石を飛び越え岩を乗り越え、龍海は全力で逃げていた。
そして彼を仕留めようと火球を吐きまくり
次々と放たれる火球を右に左に、上に下に避け捲りながらこちらへ逃げてくる龍海。逃げ回るのに必死で、とても反撃できる状況ではない。
――何かあったのか分からないけど……援護しなくちゃ!
今こそ強化魔法の使い時! そう思って念を込めようとした瞬間、
「うあ!」
龍海が転倒した。
――シノさん!
転んだ龍海との距離は洋子の位置から概ね7~8m。身体強化後、飛び出してこの岩陰に引き摺り込むか? しかしそれだと救助後にM82を撃つまで魔法の効果がもつかどうか?
洋子が一瞬、そう逡巡した直後、
「ここまでだな、この人でなし! 骨の髄まで焼き尽くしてくれようぞ!」
龍海を見下ろして仁王立ちする火竜。勝ちを確信した姿だ。
――喋った!? 火竜が!?
「く、待て! 血祭りに、すんじゃないのか!? 骨まで、焼くって……」
転倒した痛みが酷いのか、龍海の声はほぼ擦れ声だった。
洋子は喋る火竜に虚を突かれ、飛び出す機会を失った。
「あの少女の苦しみ、哀しみ、身をもって思いしれ!」
首を後ろに擡げて天を仰ぎ、火竜は口内に特大の火球を浮かび上がらせた。
――ヤバい!
身動き出来ない龍海にあんな火球がぶつけられたら影も残さず消し飛んでしまう! もはやイチかバチか、M82で攻撃するしか!
洋子は念を込め自分の身体に強化魔法をかけた。
――ふぅおぅ……
筋トレ時の、ダンベルやバーベルを持ち上げる時のような力の入れ方をイメージ。
発動した筋力強化魔法、洋子の五体にみるみる力が湧いてくる。
まるで全身の筋肉の量が2倍にも3倍にもなった感覚に覆われていく。
強化された筋力でM82を、軽量アサルトライフルでも扱うがごとく瞬時に持ち上げて膝撃ちで構え、照準を火竜の鼻先に向ける。
火球弾の充填が終わった火竜は、龍海に引導を渡すため火球を放つべく勢いをつけて首を振り下ろさんとする直前だ。
洋子は移動目標を撃つ時の訓練を思い出し……否、無意識の内に、動く標的を屠る状況モードに入る。
――動く目標に照準を合わせて追従、追い越した瞬間に……撃つ!
膝撃ちで構える洋子の指が引鉄を絞った。
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