第17話 状況の人、依頼を受ける2

「……それを俺たち2人で退治しろと?」

「いえ、とにかく追い払っていただくだけでも……」

「ギルドがダメなら、軍や国に討伐を依頼するとかしなかったの?」

「領主さまが事情を伝えてくださったのですが、国からは『検討する』と返されたまま音沙汰が無いんです。冒険者ギルドでは要求された報酬が高額で、村中でお金を集めても足りなくて……」

「そんな! ギルドはともかく国が動かないなんて!」

 洋子激昂。

「まあ、確実に仕留められる戦法が確立してればともかく、まるで歯が立たないとか、逃げられた挙句その村より人口が多い所が襲われたりしたら犠牲者がもっと増える……国や領主は、そんな風に躊躇してるのかもしれんな」

「でもギルドは報酬を出せばやるって言ってるんでしょ!?」

「さて、それもどうかな? 最初から出来ない、と言えばギルドの信用が落ちる。だから法外な報酬を示して諦めさせるつもりかもしれん」

 龍海も会社で就業中、やれなくはないが工程が非常に面倒な案件とか、忙しくてとても受けられない依頼を断る時にやったり、やられたりした珍しくない手段である。

「受ける気はないが冒険者ギルドとしてのメンツは保たなきゃいかん、なんて時に使われそうな手だわな。まあそれは置いといても、とにかく俺たち2人では難しい依頼だという事は間違いなさそうだなぁ」

「それじゃ、レベッカさんかアリータさんに連絡取ろうよ。あたしたちからの要請なら!」

「動けるもんならとっくに動いてると思うけどな。でもまあ、このまま知らんぷりも出来ないし、予定からはズレるけど今日午後からでもアープの町に出発して、一応連絡を取ってみるか。それで軍に対応の進捗状況を教えてもらおう。イーナさん、悪いが俺たちに出来ることはそのくらいで……」

「それじゃ遅いんです! 今日でなけりゃ!」

 龍海の提案を最後まで聞くことなく、イーナは涙声でそれを遮った。

 目からは、今にも涙がこぼれそうになっている。

「ど、どういうこと?」

「言い伝えにあったらしいんです。以前に火竜が住み着いた時も同じような被害があって、火竜の怒りを鎮めるために人身御供として若い娘を差し出したと。それで火山の主は気を静めたと」

「はあ? なによそれ!?」

「え? まさか今回も誰かを生贄に? あ、もしや君が?」

「いいえ……」

 イーナは項垂れ、消え入りそうな可細い声で、

「私の……妹です……」

と答えた。

「妹……さん?」

 洋子が繰り返したあと、沈黙が訪れた。

 ――聞くんじゃなかった……

 今更言っても仕方が無いのを承知で龍海は胸の内で歯噛みした。

 正直なところ、龍海としても何か力になってやりたいとは思う。

 情報を得るために、洋子に危害が及ばない程度に多少の威力偵察くらいまでなら……とも考えていた。

 しかし、情にほだされて安請け合いして結果、火竜の怒りを買って皆殺しに、なんて事になれば全くシャレにならない。

 修行途中で勇者への覚醒も未だ覚束ない洋子にそんなヤバい橋を渡らせるワケにはいかない。

 だがこのままイーナと無理やり別れて村に追い返しても後味の悪い事この上ない。

 特に洋子は初めての実戦のショックも相まって、このことを強烈に心に刻み込んでしまうかもしれない。

 ――詰んでる。どの解を選んでもすべて等しく後悔する。

 あえて希望を持つなら、高火力火器の総動員で一縷の望みに賭けるか? その辺りが一番期待が高そうではあるが、それでもたかが知れている。

 仮にパンツァーファウスト辺りが効くとしても、航空兵力や重砲による援護、装甲車両らに守られながら対象に迫っての確実な攻撃など、当然のことながら望むべくもない。密かに接近しての一撃必殺くらいしか……

 自分一人で済むことならともかく、洋子を連れている今はそう言うわけにはいかない。彼女にはまだ日本へ帰れる可能性が残っている。

 やはり正論を盾にして諦めてもらうしか。

「イーナさん」

「はい……」

「あんたの心情は理解できるが、やはり俺たちはこの依頼は受ける訳にはいかない」

 龍海の返答に、イーナの眉が落胆宜しく垂れ下がった。

「俺たちはこれでもギルド所属の冒険者だ。ギルドが提示した報酬が用意されるなら事後承諾と言う形で受けることは可能だ。だが正規依頼と条件を違える受け方をしたらこれはヤミ契約だ。それはギルドの、そしてギルドに名を連ねる冒険者全員の信用を落とす行為だよ。あんたは、ギルドを通さない直受けならギルドの取り分だけでも安くなるかも、と言う思惑もあったかもしれないが、それは出来ない」

「シノさん、そんな言い方!」

「洋子ちゃん、俺だってこんなことは言いたくはない。でも言わなきゃいけないんだ。俺たちだけじゃなく、冒険者ギルド全体の問題なんだ」

「でも、シノさん!」

 龍海の情を拝した言い分に感情が高ぶる洋子。理屈ではわかってはいるものの、やはり妹を想う姉の気持ちを頭から否定する言い方に一言二言モノ申したくなるのも已むを得まい……

 と、そんなところで、

「差額分……」

イーナが二人に割り込んだ。

「え?」

「差額分、お金じゃなくても……いい、ですか?」

「は?」

「私を……付けます」

「へ?」

 イーナは意を決した目で龍海をじっと見つめて訴えた。今まで見せていた、か弱い少女らしからぬ険しい目で。

 そんなイーナの目を見て洋子も思わず胸騒ぎ。

「依頼を受けて下さったら私自身を差し出します! 私はあなたの命令なら何でも聞きます。どんな事でもします! 一生あなたの奴隷として私の身も心も好きにして下さって結構です! だからお願いです! 私たちを助けてください!」

 ――な、何をバカな!

 洋子の眉が一気に歪んだ。

 イーナの申し出は切羽詰まっての最後の手段、その思いは理解は出来るものの、だからこそ同姓として看過出来るものではない。

 ――そんな事しなくてもあたしたちは……

 と洋子が言おうとしたところに龍海が叫んだ。

「よし、乗ったァ!」

 ドシャァー!

 洋子がコケた。盛大にコケた。

 間髪入れぬ龍海の即答に思いっきりコケた。

 イーナの行き過ぎた決意・想いに、何を言ってるの! と諫めようとしたのだが龍海のいきなりの、しかもスケベ根性丸出し満タンでの不謹慎この上ない返答に、ひっくり返されてしまった。

 だがコケたまんまで終わらせる洋子ではない。

 洋子は直ぐに立ち上がり、

「アホかぁー!」

その勢いでもって怒りのまま、龍海にアッパーカットを喰らわした。

「グフォ!」

 洋子の拳は的確に龍海の顎を捉えた。龍海の視界がグニャリとぐらつく。

 訓練の中で徒手格闘の形も教えてはいたが、見事にヒット。うむ、洋子ちゃん、成長している!

「こんのクソオタ童貞! こんな妹思いの健気な女の子の弱みに付け込むようなバカなセリフ吐いてくれて、あんたそれでも人間かぁー!」

 洋子は捲し立てた。

 龍海の胸ぐらを締め上げて、それはもう「貴様の血は何色だぁ!?」と問い詰める位の勢いで捲し立てた。しかし龍海。

「だぁってよぉ! こんな『お願い、あたしを好きにしていいから!』なんてシチュ、AVやエロ漫画の世界だぜ! 実際そんなん起こるわきゃねぇって百も承知で観てたのに、現実に、マジで、目の前で、しかも自分に言ってもらえたんだぜ! 受ける以外の選択肢なんかねぇだろうがぁ!」

「この腐れ外道! 女の敵! いっぺん死ねェ!」

「もう死んだわい! 一度で十分ですよ!」

 イーナの前であることを忘れて胸ぐら掴み合って罵り合う二人。 

 そんな二人を見て、イーナは目が点になってしまった。

 龍海の即答は喜ぶべき事ではあるが、その後が笑うに笑えない寸劇のごとき展開。呆れと喜びが混ざり合う、まっこと奇妙な心持ちに。

 だが言質を取った以上、当然彼女は押して来る。

 イーナは目の色を取り戻し、龍海に詰め寄って来た。

「受けて下さいましたね!?」

「え? あ……」

「今確かに『乗った!』と仰って下さいましたよね!」

 龍海と洋子は動きを止めた。

 二人は思わずお互いの顔を見るが、洋子は「どうする気よ?」と言う責める様な詰め寄る様なジト目をくれてきた。

 高揚した頭も収まってきた龍海は、あまりにも迂闊な反応をしてしまった事に苦虫噛み潰すが後の祭り。

 年齢=彼女無歴である龍海にとって据膳は常に所望するシチュだけに、この世界に来て以降ずっとお預け食っていたお色気イベントが遂に来たか、と思いっきり暴走してしまったが、これで尻尾撒いたりするとイーナはもちろん、積み上げてきた洋子との信頼もブッ壊れる。二人にとって先は長い。それは避けたい。

「さっき言った事は嘘じゃありません! 私に出来る事でしたらなんでもします、致します! この身体、この命、全てを差し上げます! ですから、ですからどうか妹を! 妹を……助けてください!」

 そう言うとイーナは三つ指ついて頭を下げた。地面に額を押し付けんばかりの勢いで。

「シノさん?」

 洋子ちゃん、ジト目に加えて眉毛が逆ハの字。

 龍海、大きくため息一つ。

「顔を上げてよ、イーナさん」

 顔を伏せたままで震えるイーナの肩に手を当てて声を掛ける龍海。

 恐る恐る、ゆっくり顔を上げるイーナ。その目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちており、女性と付き合ったことの無い龍海としては今の彼女の思いを突っぱねたり、あしらったりする術を全く持たなかった。力なく垂れているケモ耳の愛らしさが龍海のオタ心に思いっきり突き刺さる。

「とにかくもうちょっと話、聞かせてくれるかな? やるからには情報はいくらでも欲しいし、何か効率の良い方法も思いつくかもしれないしね」

 パァッ! イーナの瞳に輝きが、涙にくすんだ顔に笑顔が浮かんだ。

「あ、ありがとうございます!」

 ガバッ!

 慶び一杯の声で心からの礼を叫びつつ、イーナはいきなり龍海に抱き着いた。

「ありがとうございます! ありがとうございます! あり、が……」

 龍海の胸に顔を埋め、泣きながら礼を言い続けた。

 女性に抱き着かれるなど生まれてこの方、初めての龍海。ついに、マジでやってきたお色気イベント!

 が、薄いジャージを通じて、抱きつくイーナの胸の感触が自分の身体にも伝わって来る……なんて事を許すほど自衛隊迷彩服の布地は斯様に甘くはなかった。

 おまけにタクティカルベスト着用。な~んも伝わってこない、いと残念。

 しかし、

――ハッ!

背中に感じる負の波動。

 振り返るまでもない、索敵+を使うまでもない。

 昂る洋子さんが、シャドウの下りた顔から眼だけを闇に浮かぶ猫の瞳のごとく光らせ、まるで道端に転がるハエの集った犬のクソでも見るような視線をくれているのを背中全面に感じていた。アホな妄想膨らましてんじゃねぇぞ、と。

 これ以上、誤解を拗らせたくない龍海は、ちょっと早いが昼食の時間にしようと提案した。

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