第18話 状況の人、依頼を受ける3

 まだイーナに名乗っていなかった二人は改めて自己紹介した。 

 名前と言えばイーナの妹はエミと言うそうな。

「あの、タツミ様、ヨウコ様……」

「様、なんていらないわよ? ところで何?」

「いえ、あの……依頼を受けて頂いた上に食事まで……」

「気にするところじゃないわ。今夜までに、あなたの村まで荒れ地を何kmか歩くんでしょ? 腹ペコじゃ歩けないじゃない」

「ありがとうございます。それに、すごく美味しいです!」

 昼食のメニューはシチューだ。夕べの残りを温め直し、そのまま、もしくはパンを浸して食べる。

「そりゃ何よりだ。たっぷり有るから、たくさん食べてくれ」

 このシチュー、例によって再現で出した食材と市販ルーを使用して龍海が作ったものだ。

 4人分を作ろうと思っていたが取説を間違えて解釈し、ルーの分量半箱でいい所を一箱全部入れてしまったので薄めたら当然のごとく、8人分の具が少なめなシチューの出来上がりである。

 故にイーナの分を入れても量は十分だった。

 初めての実戦の後でもあり、殊に洋子のメンタルが気になっていたがイーナの参入で気が紛れたらしく、食欲にも影響していなさそうだ。

 その辺はわざわざ蒸し返す必要も無いのでこのままイーナの依頼の件について話を持っていく。

「ただのくじ引きで生贄を選ぶって何かモヤモヤするなぁ」

「族長は、身の上、容姿、能力などに囚われない平等な選び方だと……」

 前回の伝承に因み、差し出される生贄は13歳以上18歳までの少女が対象にされたと言う。

 イーナは現在19歳で外れたが、しかしエミは15歳とド真ん中なので対象となった。

「私が変わると訴えたのですが、族長として、前例を違えて火竜の更なる怒りを買うような博打は打てない、と退けられました」

「まあ、村の責任を背負ってる長としてはやむを得ない沙汰かもしれんがなぁ」

「何が、やむを得ないよ! 他に方法を考えりゃいいでしょ、聞いてるだけでむかついてくるわ! 火竜の目的が捕食なら、男刻んで差し出したっていいじゃん!」

 おいおい……

「その他の方法、国へ上訴したりギルドへ相談したりはやってんだよ。そのうえで決めたワケだしなぁ。とは言え、将来のある女の子を差し出すってのは……」

「第一、エミさんだっけ? その子を差し出したらホントに火竜が収まるの? 今回も伝承通りになるって決まってる訳じゃ無いんでしょ? こっちだって十分博打じゃない!」

 まあ一理も二理もある洋子の言い分である。例え収まったとしても、火竜がそこにいる限りずっと生贄を差し出し続ける事にもなりかねない。

 根本的な解決となると、やはり火竜をどうにかしないと。

「で、今日の深夜にエミちゃんが差し出されるわけだね?」

「はい。火山の麓から高さ100mくらいの山腹に火口に繋がる洞穴がありまして、そこから送り込まれます。道は崖路が一本だけなので逃げる事も出来ません」

「そっか……それじゃエミちゃんが向かう前にケリをつけなくちゃいかんかな?」

 どうせ火竜との一戦が避けられないのなら、当然エミが連れ込まれる前に仕掛けるのが吉だろう。彼女が傍にいては巻き添えになるのは目に見えている。

 出来れば気付かれずに火竜に接近し、洞窟内の戦闘で使用できる中では最大火力を持つ携帯対戦車弾LAMを叩き込み、効果があれば連続攻撃、無効であったら即撤退と行きたいところだ。

 だがその思惑は早々に崩れる。

「それが……」

「ん? なにかな?」

「今日は火口に火竜が居るかどうかを村民が朝方から監視しています。監視役から火竜が居るとの連絡が来たら、夜半にエミを洞窟内に連れて行き、そのあと村へ帰るという段取りを踏みます」

「それじゃあ前もってしかけられないし、監視が帰った後だと間に合わないかもしれないじゃない」

「……監視は何人だ?」

「多分、2~3人」

「う~ん、村民とはあまりガチりたくはないな」

「ねえイーナさん。やっぱり村の人にあたしたちの事を話して、例え一日でも待ってもらうってのは?」

「それは……」

 イーナの顔が曇る。

「難しいな。村の人は今も火竜の脅威に怯えているんだ。名も無い駆け出し冒険者が、しかもたった二人でドラゴンの相手するなんて、話も聞いてもらえんだろ」

 と龍海が解説。

 得てしてこう言ったムラの慣習だの風習だの、決められた行事・計画等をいきなり、それも余所よそ者が変えようなんて事は、大変嫌がられるのが相場である。

「監視が2~3人ならスタンガンで攻撃・拘束も出来なくは無いがな。しかし出来る限り村民には悟られず、関わらずに事を片付けたいところだ」

 軍・警察用のテーザー銃とかならまだしも、龍海が触れたことのある市販のスタンガンではドラマのように一瞬で気絶、などは望むべくもない。

「でも、どうせ何もできない連中じゃない? 村に逃げ帰って、あたしたちの事を話したって邪魔しようにも、そんな余裕も無いと思うんだけど」

「それだと火竜を始末出来なきゃ、俺たちはともかくイーナさんの立場が無くなるよ。監視者のスキを突いての速やかな潜入・奇襲による短期決戦、これで行くしかないな。よし、イーナさん?」

「は、はい」

「先に言っておく。やるからには俺たちは全力を尽くすつもりだけど、結果として計画通りに行かなかった場合、俺たちは即座に撤退を選ぶ。もし、そうなったとしても恨みっこ無しでお願いしたい」

「……」

「詳しくは言えないが、俺たちには何より優先しなければならない事情があるもんでね、それだけは覚悟してくれ。その代わり成功不成功に関わらず、君たちからの報酬は一切受け取らない」

「そ、そんな。どうして? それじゃタツミさんたちが丸損で……」

「詳しくは言えないと言ったろ? あと、エミちゃんを救出できたとしてもやはり俺たちはそのまま現場を去る。君とも会わない。これが今回の依頼を受ける条件だ」

「で、でも……」

「駆け出しのあたしたちにとっては、そうね……竜退治も修行の一環……ま、そんな風にでも思っててちょうだい」

「ヨウコさん……」

「じゃあ、早速ここを撤収して現場に向かおう。出来るだけ早く現地の情報が欲しいからな」

「服も乾いてるわ。イーナさん、すぐに着替えてね? はい、シノさん回れ右!」

 シャキン!

「ちょ! 回れ右はいいけど、なんで拳銃の薬室チャンバーに弾込めてんだよ! 何か? 俺が彼女の着替えを覗くとでも思ってんのか!?」

「大丈夫よ。結果はシノさんの態度しだいだから」

 洋子は龍海の身体を無理やり180°回転させ、自分とイーナに背を向けさせた。

「どこが大丈夫だよ! 危ねぇよ! 銃口、背中に当たってるじゃないか!」

「当ててんのよ」

「違ーう! 『当ててんのよ』はそういう使い方じゃ無ぇー!」

 当てるならもっと柔らかいもの、柔らかいものを当てて! そんな固くて物騒なもの当てないで―! 龍海の魂の叫びが荒野に木霊した、ような気がした。




 その後すぐに出発した龍海たち一行は目算通り、日没前に火山の麓に到着した。

 イーナに示された件の火山は大した標高は無く、例の洞窟も説明された通りの位置に有った。

「大きな洞窟ね。もしかして火口?」

「マグマの状況次第で横に吹き出しちゃうってのはあるらしいけど、浸食や崩落で出来たか……まあその辺どうでもいいわな。高さは約17~18m、幅も10mくらいはあるか?」

 龍海と洋子は麓から数百m離れた岩場の陰から双眼鏡を覗きながら現場を確認していた。既に火竜を見張るための村人が二人、洞窟に続く道の近くに張り付いている。

「イーナさんの言った通りね。もうすでに見張りが来てる」

「エミちゃんが来るまでに仕掛けるってのは出来んか……あの見張りはいつ村に戻るんだろう?」

「おそらくエミが洞窟内に入ることを確認してから……だと思いますわ」

の戦力が不明でのぶっつけ本番……分が悪いなぁ」

 龍海の大きな嘆息。

「あ、あの……」

 そんな龍海に不安そうな顔をするイーナ。だが洋子は、

「大丈夫よ。ここまで来て投げ出したりはしないから」

とイーナの肩をポンポンと叩いた。

 ――随分と肝が据わってきたな……

 涙目で震えていたあの日から僅か一週間程度、今の洋子は火竜との戦いを全然恐れていないようにすら見える。

 勇者の素質が目覚めてきた――と好意的に見るならそんなところだろうか? それともゴブリンを射殺したことで何かを吹っ切ってしまったか? 

 とは言え自分とて、モンスターとしては最強級なのが相場のドラゴンと戦うというのにあまり緊張を感じていない。まだ、その実力・戦闘力を眼にしていない事による実感の無さや、携帯対戦車弾LAMの様な近代戦車をも屠れる武器が出せる、というのもあるだろう。

 ――補給処デポで実弾の搬入を手伝った時に触れただけなんだけどな……

 因みに似た用途の84mm無反動砲などは、火器班等で修理に回ってきた実物に触れる機会は多かったが砲弾を触った事が無いので再現できない、と言うか砲本体だけ再現できても使い様が無いのである。

 散弾にしても出せるのはグァムで撃ったバードショットとOOバックの2種類だけで、大型野獣用の一発弾であるスラッグ弾は出せない。撃った事も触った事も無いからだ。

 閑話休題。

「よし、これで場所は分かったし状況も概ね掌握出来たな。じゃあイーナさんはもう村に帰りなよ」

「え!? で、でも!」

「朝から俺たちの所へ来てたんだろ? 家族が心配してるはずだよ。何よりエミちゃんがね」

「……」

「エミちゃんは今日が家族との最後の日だと思ってるんだろ? 行ってあげな。あ、でも俺たちが動く事は言っちゃだめだよ? どこからか村民に漏れて邪魔されるかもしれないからね」

「は、はい……」

「成功、祈っててね」

 洋子が微笑んで語り掛ける。

「タツミさん、ヨウコさん……私の無茶な願いを聞いて下さり、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません。どうか、どうか妹の事……よろしくお願いします!」

「まかせて!」

「ああ、全力を尽くすよ」

 イーナは一礼の後、村へ向かった。と、その時、何かに気づき振り返って、

「か、火竜!」

上空を見上げながら彼女は小さく叫んだ。

 龍海、洋子も彼女の目線を追って空を見た。

 その先には竜が一頭、雄大に空を飛ぶ姿があった。

 ――あれが火竜か?

 龍海は双眼鏡で火竜を追った。

 火を飛ばす竜という事で勝手に赤色の身体を想像していたが、実物はミルクブラウンに近かった。

「イーナさんが言ってたのより、大きく見えるわね」

 洋子も同じく双眼鏡で確認していた。

 翼を広げた状態で飛ぶ火竜の姿は確かに巨大に見えた。しかし胴体だけならその大きさは近代戦車並み程度に感じる。

 側の大きさだけで物事が決まるわけではないが、LAMの本来の標的と比較して、「全く勝負にならない!」とは言い切れなさそう――と言うか是非とも通用してほしいところ。

 ともかく火竜は戻ってきた。これで今日、再び飛び立つ事が無ければエミの人身御供儀式が今夜実行されることが決定的になる。

 ――LAMが効くかどうか……最初の一発でその後が決まるな……

 三人が注目している事を知ってか知らずか、火竜は頂上付近でゆらりと一周しながら減速して、火口の中へ降りて行った。

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